第27話 ハクさんに任せなさい!
「――はい。ってことで皆さん、おはようございます。伊波です」
:おはようございます!
:おはー
:初見
:久しぶりの配信だー!!
:猫宮さんのインスタから来ました
:何でこんな朝早くから?
十二月二十四日。クリスマスイブ。
時刻は午前七時。
事前告知無しのゲリラ配信だが、通勤通学の時間と重なっているからか、想定よりもずっと視聴者が多い。ありがたいと思うのと同時に、このチャンネルの成長を感じる。
「ちょっと告知がありまして。実は――」
と、俺は今日開催される商店街のクリスマスイベントに参加する旨を説明した。
猫宮さんには告知は一切しないと言ったのだが、あれから他の商店街の面々と話を詰めていく中で、力を貸して欲しいと皆から頼まれたのだ。
頭を下げられては断るのも忍びなく、しかし、やはり迷惑がかかっては元も子もない。
ということで折衷案として、イベント当日に告知することで話がまとまった。
当日ならば、俺とハクさん目当てで来る人数もいくらか絞れる。
また、直前の告知でも来てくれるような熱心なファンなら、俺たちの顔に泥を塗るような振る舞いはしないだろう。……と、思いたい。
:伊波さんに会えるんですか!?
:もっと早く言ってよ!
:職場の近くだし行こうかな
:私も行きますー
:明日だったらハクさんに会えたのに……
「こっちの事情で告知が当日になってすみません。今回何事もなく上手くいったら、次はちゃんとしたオフ会をする……かもです。なので来てくれる方は、くれぐれも商店街の方に迷惑をかけないようにお願いします」
:はーい
:行くやつ、マジで気をつけろよ
:俺たちのオフ会のためにもいい子にしててくれー!
:差し入れとか持って行って大丈夫ですか?
:伊波さんと写真撮りたいです!
「生もの、手作りの食べ物、開封済みのもの等、そういったもの以外なら差し入れはOKです。写真や握手は混雑を避けるため、イベント終了の午後七時以降まで待ってください。詳しいことはこの配信の概要欄、あとSNSの方にも投稿したので確認してください」
……っと、大体こんなもんか。
久しぶりの配信だからか、ちょっと緊張するな。
:今気づいたけど、画質くっそよくない?
:ほんとだ! めっちゃ綺麗になってる!
:音質もすげーいいな
「気づきました? ありがたいことに、ハクさんが新しいカメラを買ってくれて。ずっとスマホで撮ってましたが、これからは綺麗な映像をお届けできそうです」
:てかハクさんは?
:ハクさんを出せー!
:朝だから寝てるんじゃね?
:普通に仕事とか学校行ってるんでしょ
「あぁ……ハクさん、ですか……」
:え?
:何その反応?
:ハクさんの身に何かあったんですか!?
「いや、たいしたことじゃないんですけどね。……ハクさん、今日のイベントが楽しみ過ぎて全然眠れなかったらしくて。一応今朝うちには来ましたが、コタツに入るなり寝ちゃいました」
:草
:草
:可愛いww
:安定のポンコツ美女で安心した
:子供かよw
二時間ほど前、ふらふらの状態でやって来た時は驚いた。
どうにか眠ろうと二十キロほど走って体力を使ったり、暴飲暴食して胃袋を満たしたりしたが、まったくの無駄だったらしい。
努力の方向がアホというか、ハクさんらしいというか。
「起きたら配信に出られるか聞いてみるので、それまで待っていてください。んじゃ、そろそろ――」
:寝顔見せてください!
:寝顔希望
:映してくれたら一万払う
:俺は三万
:五万出します!!
:十万払うのでハクさんの寝顔舐めさせてください!
最後のコメントが気持ち悪かったので、ピッとブロックしておいた。
「他の動画投稿者、配信者がどうかは知りませんが、俺は目障りなコメント打った人は結構平気でブロックするタイプなので。ハクさんが綺麗なのは同意しますけど、セクハラは程々に。彼女が見た時にどう思うか、ちゃんと考えてくださいね」
前回の配信でもそうだったが、ハクさんへのそういったコメントは妙に苛つく。
自分はあまり感情的なタイプではないと思っていたが、どうやら違うらしい。
:了解です!
:ニコニコしながらバチクソに切れてんじゃん
:一応料理チャンネルなんだし汚いのはダメだよな
:ええ彼氏や
:さすカレ
:他のやつらに寝顔は見せねえぜってことかー
:もう付き合ってること隠さなくなったね
「だ、だから付き合ってないので……――はぁ、もう。この話はやめときます」
何の気なしに人気カップルYouTuberランキングを覗いたら、ちょっと前までは3位だったのに2位になっていた。
俺が何を言っても無駄。むしろ火に油を注ぐだけ。
金輪際、ここにツッコむのはよそう。毎回反応するから皆が言っているだけ、って可能性もあるし。
「それで、何でこんな朝早くから配信してるかっていうと、今日販売するお菓子の最後の試作をしようと思いまして。誤解のないよう言っておきますが、販売分は商店街のパン屋さんのキッチンをお借りして作るので安心してください」
うちのキッチンは配信に映る都合上、毎日掃除を欠かさずそこらの飲食店よりも綺麗だと自負しているが、それだけでは食品の製造・販売はできない。保健所の審査をクリアした、専用のキッチンが必要となる。
ということで、既に菓子製造許可のあるキッチンをお借りすることになった。
実は密かに、パン屋の仕事場を使わせてもらえることにテンションが上がっていたりする。中々入れるものじゃないしな。
:唐揚げは?
:唐揚げも作りましょうよ!
:クリスマスといったらツリーと唐揚げですよ
:伊波さんの唐揚げ食べたいなー
:唐揚げあるなら行きます
つい最近、俺の唐揚げのレシピ紹介動画は100万回再生を突破した。
それもあってか、コメント欄を埋め尽くす唐揚げコール。朝っぱらから元気だなと、俺は小さく嘆息する。
「生肉を扱うのは大変ですし、フライヤーの用意も手間がかかるので、唐揚げはまた別の機会に。……ただ、今日限定で精肉店さんが俺のレシピで唐揚げを作って出してくれることになっています。肉のプロが作るので、俺がやるより絶対美味しいですからぜひ食べてください」
以前おうち焼肉をした際にも利用した、あの強面店主が営む精肉店。
伊波の代わりに唐揚げ作ってよ! とハクさんの失礼この上ない一言によって、すんなりと提供が決まった。……美人パワー、恐るべし。商店街の中で、あの人が一番ハクさんに甘いんじゃないかな。
「ふわぁ~……おはよー……」
「あれ、ハクさん? もう起きて大丈夫なんですか?」
:きちゃあああああああ!!
:久しぶりのハクさんだー!
:インスタの写真見ました! すっごい好きです!
:ノーメイクでこの顔面……?
:寝起きの顔、可愛すぎんか
:エプロン姿かわえー!!
:ハクさんが可愛いから、今日も終電まで働けそうです……
眠たい目をこすりながらキッチンにやって来た、いつもの白いワイシャツの上にエプロン姿のハクさん。するとコメント欄は歓喜に沸き、投げ銭が飛び交う。……相変わらず、凄まじい人気だな。
「うぅん……だって私、伊波のお手伝いのために来たわけだし……ふわぁ~……むぅう……」
もう一つ大きな欠伸をして、右へふらふら。
壁に頭をゴツン。そのままスヤスヤ。
マジで大丈夫なのか……。
:可愛い
:可愛い
:マジで尊い
:尊い……
:生まれてきてよかった
:ありがとう……ありがとう……
:ハクさんが可愛いので、今日電車に飛び込む予定だったけどやめます
よくわからないが、誰かの命を救ったらしい。
「今コーヒーを淹れるので、一旦それ飲んで待っててください。仕事ができたら呼びますから」
「えぇー? で、でもでもぉ……」
「大丈夫です、すぐに呼びますから。ハクさんには仕上げをしてもらいます。とても重要な仕事ですよ。これはハクさんにしか任せられません」
「ほ、ほんと? へぇー……わ、私がいなきゃ、伊波困っちゃう?」
「超困ります。ハクさんだけが頼りです」
「へ、へへっ……しっかたないなぁー! その仕事、ハクさんに任せなさい!」
渾身のドヤ顔で、ぽんと胸を叩くハクさん。
そして彼女を称賛するリスナーたち。
ちょろいなぁ、この殺し屋。
いやまあ、今回の仕上げにハクさんの力が必要なのは事実だけどさ。
「んで、何作るんだっけ?」
キッチンの隅の椅子に座り、俺が淹れたコーヒーに大量の砂糖を投入しながら、ハクさんは首を傾げた。
「クリスマスのお菓子と言ったら、ブッシュドノエル、シュトレン、パネットーネと色々ありますが――今回作るのは、ジンジャークッキーです」
――――――――――――――――――
あとがき
食品販売の諸々のルールについて私なりに調べたつもりですが、自治体・イベントによって違ったり、単純に間違っていたりするかもです。あくまでフィクションとしてとらえ、本気にはしないでください。
また、明日より更新時間を6:10から20:10にずらします。
面白かったら、レビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。
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