#25 撮れ高としては微妙だったけど、勝負には勝った

 二人から話を聞いたところ、意外な事実が判明する。


 結論としては、俺の動きは速過ぎて、芳恵さんの能力で強化されたカメラにも写らなかったとのこと。芳恵さんから見ても、俺が駆け出す瞬間と、キラービーの巣の前で立ち止まったところ、そして戻って来た瞬間しか視認出来なかったと言う。当然、そんな状態で、花子さんに俺の動きが見えたはずもない。どういう訳か、俺は芳恵さん以上の速さで移動していたようだ。


「……そんなことある?」


 俺としても意味がわからない。怪異化という時点で信じられないことなのに、元の怪異の能力以上の力を引き出すなど、いったい誰が考えよう。


「でも実際起こってるじゃない」

「それはそうだけどさ……」


 コメント欄を見ても、やはり見えていた人はいない。芳恵さんに見えなかったのだから当然と言えば当然である。


『何が起きた!?』

『いつの間にかTAKA氏がハチミツ持ってるんだが?』

『TAKA氏人間辞め過ぎ問題w』

『不正はなかった』

『不正と言うか、これ立証しようがなくね?』

『勝てばよかろうなのだ!』


 先ほどのドキドキ感はどこへやら。俺も花子さんも、すっかりそんな場合ではなくなってしまった。いったい、俺の中の何が、怪異の能力に作用しているのか。考えたところで答えが出る訳ではないのだが、つい考え込んでしまう。


「……とりあえず、勝負とやらを済ませちまうのがいいんじゃないかい?」


 芳恵さんの冷静な一言。確かに、今は考え込むよりも優先すべきことがある。こうしてハチミツを手に入れたのだから、一刻も早くダンジョンの最深部を目指さなくては。


 今、この勝負を吹っ掛けてきた連中はどこにいるのだろうか。実際にズルをして、既にハチミツを持っていたのだとすると、彼等はダンジョン最深部を目指すだけ。あまりのんびりしていては、何のかんのと言いがかりをつけられて、こちらの負けになってしまいかねない。


 そういう訳で、花子さんにハチミツの詰まった蜂の巣の一部を持ってもらい、その花子さんを、俺が再びお姫様抱っこで抱える。最深部までの道のりも芳恵さんが知っているとのことなので、後はダンジョンの最奥まで併走するだけだ。


「あんまり揺らさないでよ?」


 花子さんがポツリと漏らした。確かに、この状態で全力疾走しようと思ったら、意識していても揺れてしまうというのはわかる。あまり花子さんに負担をかける訳には行かないし、ここは慎重に、かつ急いで行くことにしよう。


「……見せ付けてくれるね~」


 やれやれと言った様子の芳恵さんには、俺達がそういう関係でないことを後で説明するとして、今はとにかく勝負優先。俺は芳恵さんにダンジョンの案内を頼んだ。


「まぁ、いいさ。こっちだよ。ついておいで」


 芳江さんの後に続き、花子さんを抱えながらダンジョン内を疾走する。普通ならマッピングしながらじっくりと探索するところだが、今は速度優先。とにかく相手よりも速くゴールすること。それだけを考えよう。


 全5階層のダンジョンを一気に駆け上がり、ものの数分で最上階に辿り着いた。見渡してみるが、そこには対戦相手の姿はない。どうやら先に到着したのはこちらだったようだ。


「……どうしよう。待ってた方がいいよな」


 花子さんをその場に下ろして、俺は頭をかく。勝負を受けた以上は、勝敗が決するまでその場にいる必要があるはず。とりあえず、このまま待つことにしよう。


「それにしても、ターボのおばあちゃんの能力のおかげで余裕だったわね」


 腕を組みながらふんぞり返っている花子さん。今回花子さんは何もしていないのに、さも活躍したかのような口振りだ。それを指摘すると怒りを買いそうなので、当然黙っている訳なのだが。


 そのまま待つこと10分。なかなか現れない対戦者に花子さんの機嫌が段々悪くなって行った。出来れば彼女の怒りが爆発する前に到着して欲しいものである。


 更に10分。まだ彼等は現れない。花子さんは腕組をしつつ、片足のつま先をタンタンと鳴らしている。いつまで怒りを制御出来るか。それが問題になってきた。


 追加で10分。ようやく相手方が姿を現す。最初は余裕綽々の様子だったが、こちらが既に到着しているのを見て、慌てて駆け寄って来た。


「何でお前らが先に着いてるんだよ!」


 男が吠える。が、花子さんは溜まったストレスを発散するように、より大きな声で叫んだ。


「遅いってのよ! そんなんでよく勝負なんて吹っ掛けて来たわね!」


 その声量に驚いたのか、男が若干引け腰になる。が、すぐに胸糞悪い笑みを浮かべた。どうやら、こちらの不正を疑っている様子だ。


「随分早い到着じゃないか? ちゃんとキラービーのハチミツは採って来たんだろうな?」

「ああ、これ? はい。取れたて新鮮の本物よ。確認してみる?」


 花子さんは、持っていたキラービーの巣の一部をそのまま男に押し付ける。入れ物に移していない巣そのもの。まさか偽物と疑われたりはしまい。


「……確かに本物のようだが、本当に道中で取ってきたのか? それにしては到着が早過ぎるようだが?」

「こっちには頼もしい仲間がいるもの。あんた達とは文字通り格が違うのよ」


 そう言って、花子さんが俺に目配せをした。どうやら、こちらの手の内を見せようと言うことらしい。


 そういうことならと、俺は高速化の能力を発動する。この階層の入り口付近に生えていた花を一輪摘んで戻り、相手方の女性の胸ポケットに差し込んでやった。


「え?」


 流石に女性は驚いている。無理もない。つい先程まで、俺と彼女の距離は離れていたのに、突然目の前に現れたのだから。


「何をしたんですか?」

「ちょっとこの階層の入り口までひとっ走りして、花を摘んでから戻って、その花をあなたのポケットに差し込んだんですよ」


 女性の問いに、俺は素直に答える。


「何をバカな! この階層の入り口まで、ざっと20メートルはあるんだぞ! それをこの一瞬で――」

「それが出来るから、あなた達よりも早くここに到着してたんですよ」


 俺は再度、階層の入り口まで走って見せた。今度は戻らずに、その場から大声で彼等に語りかける。


「どうですか~! これで信じてもらえましたか~?」


 唖然とする男性一行いっこう。それを確認してから、俺は元の位置まで戻ってくる。


「まぁ、早い話が超能力のようなものです。俺には他の人にはない能力があって、それを使って、キラービーのハチミツを手に入れて、かつ、あなた達よりも先にこのダンジョンの踏破した。それだけです」


 俺は怪異化の詳細を、包み隠さずに彼等に話した。もちろん全てを信じてもらえるとは思っていない。それでも、目も前で起こったことを否定することは不可能。例えカメラに写らなくとも、彼等は目にしたのだ。俺の姿が一瞬消え、そしてまた現れたのを。


「この2人、人間じゃないの?」


 女性が花子さんと芳恵さんを指して言う。


「はい。こっちがトイレの花子さんで、こっちがターボばあちゃんですね」


 俺が紹介すると、花子さんは得意気に、芳恵さんはやれやれと言った感じで、それぞれ「ふん」と鼻を鳴らした。

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