第3話 集一(4)
集一は、結架との運命的な過去の挿話を、いまは語らずにおいた。イタリアで全員が再会を果たしたら。想い出を語れるかもしれない。そう、希望を抱くことにして。
空の上で過ごした一二時間は、そうした過去の出来事を次々と思い出させる。そして結架への想いは募っていくばかりだった。
彼は通りがかった客室乗務員に催眠剤を頼んだ。興奮し、目が冴えて眠れないが、体力を温存するには休まなくてはならない。弱るわけにはいかないのだ、すくなくとも肉体的には。
そうして眠りに沈んだ彼は、ミラーノに着陸するころ、目をさました。ミラーノは午後二時。集一の身体は朝だ。彼は半分だけ残しておいた催眠剤が、また必要になる気がした。
ロビーに到着してすぐ、親友の家に電話をする。
「
応答するなり挨拶も前置きも名乗ることさえ省いた彼を、しかし親友は咎めなかった。
「集一くん」
「どうですか」
「ロザネッラさんは会っていない。でも、結架くんらしき女性を、いくつかの教会のひとたちが見ている」
「すぐに行きます」
「いや、待ってくれ。結架くんがここにいたのは二週間前までだ。それから、誰も彼女を見ていない。彼女が泊まっていたホテルも判った。確認したよ。二週間前、長期滞在をキャンセルしている。どうも同行者がいたらしい。父親のような男性が彼女の荷物を持って、連れて行ったと」
「父親のような男性?」
ありえないことだ。
彼女の父親は、かなり昔に亡くなっている。母親と一緒に。
「わかっている。それから、君の父上から、ここに封書が届いているんだ。開けてもいいか?」
「お願いします。きっと結架のクレジットカード利用明細の写しです」
そのとおりだった。
「ストレーザ? 集一くん、ちょうど二週間前にストレーザの衣料品店で購入の記録がある。ヴェローナから移動して、すぐに利用したんだな。ここを滞在地に決めたんだろうか。しかし、ストレーザって……?」
すると、電話口で短いやりとりがあった。目を閉じて待つと、程なくして女性の英語が聞こえてくる。
「シューイチ。ストレーザはピエモンテ州のマッジョーレ湖畔の街よ。モッタローネ山の麓。ミラーノからも近いわ。直接、行くべきだと思う。空港からバスの路線もあったと思うけど、鉄道のほうが早いわ。それとも車で行く?」
さすがロザネッラは詳しい。話しぶりも的確で頼もしい。
「いや、車を借りる時間が惜しい。それに鞍木さんと合流したときに二台あるのも不便だろうから、国鉄で行くよ。ありがとう」
「わかったわ。そう伝える。ただ、シューイチ。ユイカと一緒にいるらしい男性なんだけど。目撃者の話だと、二人は聞いたことのない言語で会話していたそうよ。かなり、親しそうだったとも。心当たりはあるの?」
瞬間、頭の中に、ある人物の名前が閃いた。だが、彼だとしたら、なぜ都美子は何も知らないと言ったのか。都美子にも、彼は話していないのだろうか。そして、それは、もうひとりの友人も同様なのだろうか。自分でも驚くほど冷静に、凄まじい速度で情報が整理されていく。深く息を吸った。
「シニョーラ・ロザネッラ。もう一度、鞍木さんに替わってほしいんだけど」
「え、ええ」
集一は、短い時間に対策をまとめた。
「集一くん?」
「はい」
鞍木は聞こえてきた集一の声に厳酷な響きが生じていたことに驚いた。
「鞍木さん。ストレーザに向かってください。僕も国鉄で向かいます。ただ、いまは結架が いないかもしれない。だから、着いても車から離れず、動かないでください。できれば結架が立ち入りそうな場所は避けてくださいますか」
「わかった。わかったが、君、なにか分かったのか」
「結架をストレーザに呼びよせます」
集一は明瞭かつ端的に告げ、返事も待たずに電話を切った。そして、すぐに また受話器を取る。
手帳を取り出し、懐かしい人物の電話番号を探す。
彼は呼吸を整えると、番号を打ちこんだ。
「……おひさしぶりです、ミスター・カッラッチ」
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