演劇少女は、新妻(ジュンヌ・マリエ)の人生を紡ぐ
渡里あずま
花嫁から見た結婚式
昔のヨーロッパには、古代ローマ文化の影響を受けたロマネスク様式の教会と、ロマネスク様式の要素を発展、洗練させた軽やかで明るいゴシック様式の教会がある。
今、彼女がいる教会は後者のゴシック様式だ。天井の高さと光を追求し、色鮮やかなステンドグラスの入った窓が特徴である。天井の高さは、天国に近づきたいという信仰心から求められたらしい。
(ロマネスク建築は修道院の為に、そしてゴシック建築は市民のために存在する……なるほど。あのステンドグラスに描かれた絵で、文字の読めない市民でも聖書の内容が解るって訳ね)
実物を見るのは初めてだったので、調べた以上の教会の美しさに彼女はうっとりした。
うっとりしてしまうのは、彼女が今着ているドレスのせいでもある。
ドレスというとまずスカートが膨らんだのをイメージするが、彼女が着ているのは
それだけ言うとシンプルと思われるかもしれないが、実際は広い袖をアクセサリーのようにつけているのでなかなかに華やかである。
(教会もドレスも、間違ってなかったわ……)
この時代の結婚式は、花嫁も含めて女性はこういうドレスを着て、まず教会の入口で式を執り行う。その後、教会の中でミサが行われるのだ。
この時代をモデルにした物語で公演を行うと決まった時、自分が台本を読んで最初にイメージしたのは、現代のチャペルと開かれた正門だった。けれど物語は架空の世界だが、イメージされる中世ヨーロッパの場合は正門は閉じていて、教会の横などに別に入口があったらしい。
そんな訳で、ラスト、エピローグのナレーションの時には入口が見える、少し横向きになった教会の前に立つ二人を提案した。教会の大道具を作るのは自分たち裏方なのであっさり意見は通った。
そして今、自分はその時イメージした以上のドレスを身につけ、調べた知識通りに教会の横から中へと入った。更に、大道具では窓の絵としてしか作れなかったステンドグラスの光を浴びている。
(ああ、この感動を演劇部の皆に伝えたい!)
内心、握り拳で感動中の彼女だったが、すぐに「無理か」と己の考えを打ち消した。
現在、自分がいる教会と、かつて、自分がいた日本の高校は遠い。
自分の隣にいる新郎も、二人の結婚式に来てくれた面々も、日本人とはまるで違う色彩や顔立ちをしているが――外国、ではない。もっともっと、遠い。あと、仮にこの教会に来られたとしても皆は困惑するだけだろう。
……何故なら今の彼女は、中身こそ『彼女自身』で間違いないが、見た目がまるで違う。
今の彼女は、エレーヌという二十歳の女性で――何よりここは、彼女が大道具を担当していた『雨過ぎて空晴れる』という戯曲の世界なのだ。
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