2
少しの抵抗を押し除けて目を開けると、殺風景な天井が見える。どこからか聞こえるのは、ひぐらしの鳴く声だろうか。
<死ななかったのか>
目だけを動かし、身体を横たえたベッドの脇に人影を見つけた。椅子に腰掛けたまま、うとうとしている銀髪には、あまりに見覚えがある。
<イルギネス>
ずっと傍にいてくれたのだろうか。いやその前に、自分はどのくらい眠っていたのだろう。
身体を起こそうとした途端、全身に痛みが走って、驃は呻いた。
「あっ……」息をついただけなのに、また身体が軋む。再びくぐもった声が漏れ、それでイルギネスが目を覚ました。
「驃っ!」
椅子から立ち上がり、彼は飛びつくように驃を覗き込む。「目が覚めたんだな。俺が分かるか?」
「うん」
口元を動かしただけで顔全体が引き
「……痛え」
なんとかそう伝えると、イルギネスが頷いた。「
生きていたんだとほっとしたのも束の間、全身を襲う大小様々な痛みに、らしくもなく気力が萎んでいくのが分かった。行かないでくれと止めたい衝動に駆られたが、口を動かせばまたあの痛みが走るかもと思うと、とてももう一度言葉を発する気にはならない。
「すぐ戻って来る」
イルギネスが去ってしまうと、驃は一人、息をついた。
身体が熱い。熱があるのかも知れない。それに、視界が狭い。
<目を、やられたのか>
大きな傷は、右肩と顔の左半分だろう。イルギネスの顔を見たあと、彼に抱き止められたところまでは覚えていた。傷の状況はわからないが、おびただしい出血量だったはずだ。
<あいつ、俺の血でだいぶ汚れただろうな>
でも、親友である彼だったからこそ、あんなふうに身体を預けられたのだ。あれだけ壮絶な状況の中、不思議と、ひどく安らかな気分で逝ける気がして、死の恐怖は感じなかった──死ななかったが。
どうやら気を失っていたのは、丸二日ほどだったらしい。とは言え目覚めても、まずは身体を起こすことすら往生する状態で、しばらくは点滴も外せそうになく、その夜までは排泄もままならなかった。他人にそんな世話をされるのが耐えられないという意地で、そこまでは自力で出来るよう漕ぎつけたものの、これまでになく体力を消耗しているせいか、さらに熱が上がり苦しむこととなった。
イルギネスはずっと傍にいたわけではなく、今回の討伐の報告や雑務を
それからすぐに治癒が施せる魔術師が呼ばれたが、ある程度時間が経っているのと、大量の出血のあとで、驃の生命源がいつもよりかなり低くなっていたこともあり、顔の裂傷は喋ったり食べたりが出来る程度に塞ぐのが限界で、顔面の筋肉を動かすたびに引き攣る痛みは、完全には取り除けなかった。右腕も、神経の損傷は免れたが、元のように動かせるまでに回復するには、相当の努力が必要であるという診断が下され、厳しい現実が具体化しただけだった。
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