【短編】うたかたうつせみ
Imbécile アンベシル
第1話 ジュブナイル
───────DAY 1。12:54。
とある暑い夏の日。Tシャツの襟をパタパタ動かして風を作りながら、蝉の鳴き声に囲まれブロック塀で挟まれた道を早足で歩く。
ウエストポーチの中にしまった財布、奥の方から小銭が擦れ合う音。サンダル越しに感じる砂利の感触。
昨夜から胸がワクワクに包まれている。何故なら今日は、中学最後の、地元の夏祭り。ここで思い出を作らずしていつ作るというんだ。
特に波風立てることもなく、転機が訪れることもなく、安定した日々。帰宅部。成績も普通の範疇をキープ。
気の合うインドア派の友人何人かと小さく笑い合って毎日を過ごす。それで十分だ。ずっとそう信じてきた。
でも、俺以外はそうじゃなかった。大企業への就職や上京を視野に入れたヤツが多くて、いかに自分が平凡な人間かを思い知った。
若干の疎外感みたいなものはある。それでもすぐ関係を解消するほど俺は白状じゃない。切っても切れない大切な友達だと。
額の汗をぬぐいながら、待ち合わせ場所に急ぐ。場所は山にある神社の麓。目的はその神社が開催している夏祭りだ。
陽炎、猛暑をくぐり、浴衣姿の人々がまばらに行き交う電柱の下。見慣れた顔をした連中が三人談笑していた。
どうやら少し遅れたらしい。昨日もオンライン繋いでゲームしてたからなぁ。
「おっす~、ごめんごめん!待った?」
「カップルかよ!今来たとこーじゃねーぞ?」
「腹減ったわー。行こうぜ出店~。」
「
「え~決めてないわ...とりあえずなんか、皆でシェアできるやつの方がよくない?」
「まー確かに。最初ぐるっと店見よう。」
揃った俺達は横並びになり、昨日のゲームの話やら他愛ないおしゃべりをしながら歩く。自然と話題が高校のことに移行していくにつれて、発言の少なくなる俺はその列の後ろへ。
下校中もこうだ。だからもう慣れてる。けど、まだ惰性で高校を選んでる俺がおかしいのかもしれないな。
いや、絶対おかしい。けど俺は怠惰だ。娯楽を楽しみつつやることはしっかりやってるこいつらとは雲泥の差。
過ぎる青春。今しかないと説得されてもいまいち響かないし、後先を約束する若さがそれを邪魔する自覚もある。希死念慮すらある。
朗らかなざわめきが耳に届かなくなる。出店の放つ美味しそうな匂い、金属製の調理器具がぶつかり合う軽快な音も。
伝えようかな。打ち明けて、考えすぎだと。いつもみたいにバッサリ流してもらって、切り替えさせてもらおうかな。
ああ、よく考えればこのメンツで一番気弱でメンタルが脆いのは俺だった。いつも物事に億劫なクセに変なところにこだわって────
「お~い、蛍~?」
「食わねーの?」
ぼんやりと落としていた、灰色のアスファルトだけが映し出される視界に割り込む、鮮やかなストライプ模様をした紙のカップ。
中には穏やかに湯気を立てるフライドポテトがたくさん差さっていた。もう買ってたのか。ぶらぶらついていくばかりで気づかなかった。
軽く笑ってからうち一本を抜き取り、口に運ぶ。やや堅い表面を歯が突き破る感触。作り置きか。ちょっと冷めてる。
どんどん複雑化する心情。自分でさえこの性格は面倒くさいと理解してるけど、他人に解決を押し付けるのはもっと面倒なヤツだ。
ぽつぽつ会話に加わりながら、立ち並ぶ出店を回り食べ物を様々購入して食べ歩く。
チキンステーキ。フランクフルト。焼きそば。りんご飴。心の蟠りを忘れようと努めても、結局のところ外界を拒んできた俺達は共通する進路という事柄しか話すことがなく、それが持ち上がる度憂鬱になる。
とはいえいい加減空腹が目立つ。俺達は神社へ上がっていくための広い階段、その端にまとまって座り、買ったものを食べ始めた。
全員が好き好きに頬張り、会話が途切れたタイミング。安っぽい財布を手に階段を駆け下りていく小学生の会話が耳に飛び込んできた。
「えー行こうって幽霊屋敷!」
「だからムリだって!」
「いーじゃん近いし!裏山だよ?」
「絶対ムリ!」
このまま駄弁りながら完食し、やることがなくなろうとしていた全員の目線は小競り合いを繰り広げる小学生の方に向いていた。
頬袋を作りつつも目を見合わせる。どうやら予定は決まったらしい。
「...え、マジ行くの?」
「いや行くっしょ。どうせこれ食ったらあと蛍ん家でモンハンやるしかないじゃん。」
「そうだけどさぁ....」
結局数ターンの押し問答の後、腹ごしらえを済ませた俺達はその幽霊屋敷とやらに向かうことになってしまった。
「裏山」という言葉だけを頼りに、今まで立ち入ったことすらなかった、見たこともなかった石畳の簡素な階段を上っていく。
場所で言えばさっきの神社のちょうど裏手くらいまで来ただろうか。進む小道にまたがるトンネルが見えてきた。
なにやら雰囲気が出てきた。少し肩を強張らせながら奥へ進もうとした、その瞬間。
俺以外の全員が小さな悲鳴を上げ、後退りした。幽霊かなにかを見てしまったといった様子もなく、二の腕や短パンから露出した脛を手のひらでさすっている。
「えっ...え?どうした?」
「うわヤバいかもここ...!」
「えっわかる...超ゾクッてしたわ今!」
「てか蛍ちゃんなんともないのか?」
「うん...別になにも。」
「あ、もしかしたらアレ...」
思わず口をついて出た。心当たりはあった。俺には昔から、いわゆる霊感のようなものがあって、それはこの場の皆や家族も知っている。
5歳くらいの時、親戚の集まりがばあちゃんの家であった。
俺は夕食の時間になって縁側のところに知らない誰かが座っていると騒いで、泊まりどころじゃなくなったのを憶えてる。
ばあちゃんは「御先祖様が来てくれたんよ」と笑っていたけど、きっとアレは違うモノだ。全身が真っ黒で、輪郭すら空間に溶けて見えない有り様。
俺が見たのは後ろ姿だけだったから顔は判別できなく、なんというか、なにか理由があってやってきたというよりはそこに「居座ってる」印象を受けた。
未練があったような。強い気持ちを滲み出させていたような。子供があんなの見たらそりゃ泣くよなってくらいに、怖かった。
「...俺の、霊感...?」
後に退けず、つい口に出してしまった。それを聞くやいなや詳細を知っている皆は口々に、俺に屋敷の探索を押し付けようとする。
「ヤだって!みんなだって寒気...みたいなやつさっき感じたんでしょ!?だったら俺も行きたくねぇよ!」
冗談交じりに背中を押してくるが、皆が感じたらしい寒気に関しては顔がマジだった。だから俺が本気で嫌がればじりじり引き下がる。
元々ノリだけでここまでやってきた。なにかヤバいことが起きればすぐに戻ると話もついていたから、今日はひとまずなかったことにしようと踵を返す。
古びたトンネルを前に、背を向けようとしたその時。湿った冷たい空気が足下を漂う。
『見つけて』
確かに、掠れた女性の声が耳に入った。驚き振り返る俺とは裏腹に皆は恐ろしげに、恐怖を振り切ろうと馬鹿話をしながら歩いていく。
気づかれたらまためんどくさいことになる。平静を装いながら歩みに追い付き、刻一刻と強まる確信に足を取られそうになりながら元来た道を引き返していく。
同時に、俺は決心していた。明日、俺だけで。俺一人だけで屋敷に行こうと。夏休みだし特に予定もない、旅行に行くわけでもないから家にいなければいけない理由もない。
霊感。昔から忌避というか、良くないイメージを持ち続けていた俺の特性。
その印象が、今の言葉でひっくり返った。よく考えればこの世に未練を残した幽霊がいたとしても、必ずしも恨みだったり妬みだったりするわけじゃないと思う。
いつか観た映画で言ってた。「力には責任が伴う」って。明らかに俺だけに投げ掛けられた言葉が、なにかを託したようだったから。
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