かごめかごめ~その死の真実~

十六夜 水明

その崖に

「もうすぐ、会えますね」

 進行方向の下の方から塩の匂いが風と共に流れ込んでくるその崖で、自らの膨らんだ腹の下の方を撫でる女は、そんな言葉をそっと口にした。

 前方には、黒に青が少し混じったような海原が広がり、水平線付近のうっすらとした雲々に日の光が映り明るくなっていることから、今が黎明の時分であることを教えてくれる。

 女は、艶の無い黒髪を団子に纏め、継ぎはぎだらけの着物を身に付けていた。


 これまで、色々あった。

 〖あの方〗と出会って、仕えて、

 〖あの方〗の子を授かって。

 逃げるようにして、屋敷を去って。

 〖あの方〗の迷惑になら無いように、都に住む誰もが知らない寂れた村に身を置いた。

それだけではない。

 村で伴侶をもって、暴力に耐えて、耐えて、耐えて────。

 涙を我慢して────。

 何度、〖あの方〗の元に戻りたいと、〖あの方〗に会いたいと思ったのだろう。

『もう、楽になりたい。』

 一体、何回1人で暗闇の中で叫んだのだろうか。

 そして、その度に

『〖あの方〗の子供がお腹にいるんだ。頑張らなくては。』

 と、気持ちを奮い起たせたことか。

 この子が生まれたら、また、別の村に行こう。

 皆が良くしてくれる、良い村に。

 そして、幸せに暮らすんだ。


 そう思いながら女は微笑み、また、子が宿る自身の腹を慈しむ様に撫でた。


─────ッドン


 急に、誰かに背中を押された。

女は、驚き、戸惑い、体制を崩した。


 そして、眼下にある真っ黒な海に落ちていく。

「───ぇ?」


 〖誰〗に、、、、

 〖誰〗に、押されたのだろうか。

 あぁ、あの男だろう。

 毎日のように、暴力を振りかざし、私を強制的に従えたあの言葉ばかりの夫。


 そんな、雑な推測をした女は崖の上に居る、女を突き落とした人間を見て驚愕の表情を浮かべた。

 そこには、上等な布で織ったと思われる衣を纏い烏帽子を被った男が立っていたのだ。


「〖貴方様〗……だっ…たの……ですか……?」


 そう。

 それは、かつて女が都で仕えていた男-女が授かった子の父親であった。


「う……そ…?」

 女の顔は、絶望の色で染まっていた。


『許さない。私を落とした〖貴方様〗を……〖貴方様〗の孫のそのまた孫まで呪い続ける。』


 地を這うような怒りに狂った声で呪術の言を吐き、女は般若とも思える表情を顔に張り付けたまま、真っ黒な闇のような海に落ちていった。



〖後ろの正面〗………

 それは、貴方様だったのですね。

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