第9話 【番外編】とある兎の心内

 懐かしい匂いがする。

「ここはどこ?」

 匂いにつられて起き上がると、たくさんの木が生えている場所にいた。

「あ、たいようだ!」

 自分の横には大好きな太陽がいた。

 眉間にしわを寄せ、時折苦しそうになにか呟いている。

「だいじょうぶー?」

 心配と起きて欲しさで、顔を舐めたりスリスリしたり。

 おねぇちゃんがいつも、太陽を起こす時によくやっている事を真似してみる。


 起きてからの太陽はなんだか挙動不審で、こちらを全く見てくれない。

「さっきは なでてくれたのにぃ」

 届かないのは承知の上でジャンプしてみたが、なんと肩に乗れてしまった。

「すごい!すごい!ぼくかるい!」

 肩には乗れたがこちらには気がついていない様子。

 太陽がじっと見ているのは、空中に浮いた絵。

「あ ぼく わかった!」

 その絵を見ると、ここがどこで、自分が何なのか、そしてこれから何をするべきなのかがすーっと頭に浮かんできた。

「たいようといっしょに げーむをくりあする!」


「くろ」

「ちーがーうー」

「ぴぃ」

「なんでぼくのまねするの!」

「ぷーくん」

「ぷーか だけど なまえじゃないもん」

「ぷーちゃん?」

「ちゃん じゃない!」

「ちょこ」

「それ きらい」

「コーヒー」

「それも きらいー」

「エクスカリバー」

「なにそれぇ」

「アレキサンダー」

「だから なにそれぇ!」

「太郎」

「もぅぅ」

「花子」

「ちがうんだってぇ」

「信長」

「しってる!えらいひと!でも ぼくじゃないの!」

「うー」

「……」

「さー……」

「……」

「ぎー」

「おこるよ!」


「ごめんて。思いつかないんだよ。この世界の常識もさっぱりだしさ、君から何が良いのか教えて欲しいんだよ、頼むよ先輩〜」

「それー!やっと ぼくのなまえ おもいだしてくれた!」

「え、先輩?」

「そうだよ!」

「名前かなぁそれ。まぁ、良いなら良いか」

「えー たいようが つけてくれたのにぃ」

「よろしくね、先輩」

「まかせて!」


「ねぇ、先輩。本当に寝なくて大丈夫?」

「だいじょうぶ!」

「夜起きてくれてるんだし、今の内に寝たら良いよ」

「だいじょうぶっ!ぼく まえより なんでも できるよ」

「落ちないようにちゃんと抱えるよ?」

「だっこは ちょっと してほしいけど……」

 でも太陽はしっかり守らないと。

 どんな危険があるか分からないところでずっと横になってるし。そのまま寝ちゃうし。水遊びしたと思ったら、すっぽんぽんのまま、うろうろしちゃうし。

 今のところ怖いのはいないけど、でもでも。

「ぼくが まもるんだ!」


「あ ひとがいる」

「どうしたの……あ!あれ!人だよね!?」

「そうだけどー あぶないよぉ」

「あー、先輩的には人って敵なのかな」

「ちがう!ぼくじゃなくて たいよう!」

「よし、先輩は守ってみせるよ!とりあえずポケットに入っとこう」

「ぼくが まもるんだってばぁ」

「だ、大丈夫。つぶさないよう気をつけるから!」

「それは きをつけて ほしいけど」


「だいじょうぶかなぁ たいよう とうばつたいしょう ってやつなのにぃ」


「ねぇ、ポケットに何かいる?」

「いるよ!」

「あ、これは、危ないモンスターじゃなくて!友好種らしいんです!」

「あー!ひまりちゃんだ!」

 ぷはっと顔を出すと、太陽と同じくらい大好きな陽葵の姿が見えた。

「たいようを たすけてくれて ありがとう!」


「はぁぁぁぁ!!ブラックプーカ!?」

「そうなの ぼく ここでは ぶらっくぷーかなの」

「お供!?お供おぉぉぉ!?」

「そうだよ ぼく ここでは ともだち じゃなくて おとも なんだって」

 うーん、どうやら陽葵ちゃんも僕のことを覚えてないみたい。でも、僕の大好きな陽葵ちゃんのままだ!


「それ、見たいんだけど」

「先輩、出て来ても大丈夫だよ」

「わぁい!ぽけっとのなか あついんだぁ あれ?」

「はは、まじでブラックプーカだな」

 んー?誰だろう?

 陽葵ちゃんの好きそうなイケメンさん。

 見覚えはないんだけど、なんか好き!すごく好きな気がする!

「先輩って変な名前つけられたなぁ」

「へんじゃないよ!いいなまえだって ひなたちゃんも いってくれたもん」

 名前を変と言われるのは駄目だけど、撫でるのはたくさんしていいよ!

「ぎるどちょうさん なでなで きもちぃ〜」


「要するに、魔族やら魔獣と同じ扱いで討伐対象ってことだな、お前は」

「ほらー!だから あぶないって いったの!」

「じゃぁ、なんで今平然と受け入れてくれてるんですか」

「ひまりちゃん だから!」

「だーかーら、感謝しろっつってんだろ。先輩様に」

「え!ぼく ちゃんと まもれてた?」

 結局、太陽は止められなかったけど、相手が陽葵ちゃんで良かった。でも、僕も役に立ってたなら嬉しいなぁ!


「危なかったら太陽を置いて逃げるか盾にするんだよ」

「だいじょうぶ!ぼくが まもる!」


「まもるって いったのにぃ」

 ずっと太陽の肩の上で応援してたけど、おっきな怖いのが二人もわーって襲ってきて、思わず逃げ出しちゃった……。

 太陽怒ってるかなぁ、大丈夫かなぁ……。

「でも こわいよぉ」

 イノシシの時は、太陽だけが攻撃されてて、力になりたくて棒をかじったり、お願いされた場所を見つけたりしたけど……。

 さっきの怖いのと目があって、あ、攻撃されちゃうって……。

「たいよぉ たいよぉ」


 岩陰に隠れて、震えが止まるのをじっと待つ。

 遠くで戦う音が聞こえなくなって、それでも怖いのが無くならなくて、気がつくとまた戦う音が聞こえてくる。

「ぼすと たたかってるのかなぁ」

 太陽をよろしくね。メソメソしていたら、■■ちゃんの声が聞こえた気がした。

 そうだ。僕は太陽とこのゲームをクリアするために、ここにいるんだ。

 ■■ちゃんに、よろしくって頼まれたんだ。

 涙を飲み込んで、ぐっと体に力を入れて岩陰から飛び出した。

「たいよう!?」

 太陽の苦しそうな声が聞こえる。ピンチなんじゃ……!

「いま、いま!いくから!」

 怖いのは嫌だけど、太陽がいなくなるのも、陽葵ちゃんと■■ちゃんが悲しむのも嫌だ!

 僕だって、今の僕なら、戦えるはずなんだ。

 一心に走っていると、段々と地面が遠く、体が重くなっていく。

 今にも太陽が潰されそうなのを目にして、もっともっとと足に力を入れる。

 体は一層重くなる。

「うわああああああ」

 何かを踏んづけたけど、止まれない……!

 ドシーンッ

「いたたた……」

 頭を思いっきりぶつけちゃったけど、大きくなってたから大丈夫。でも痛い。

「グアアアアアアアアアアアアアア!!」

 すっごい低い叫び声が響いて、そのあとバンッて音がして、太陽が血まみれになっていた。

「たいよう!たいよう!」

 体の大きさを戻しながら駆け寄ると、太陽は地面で寝てしまっていた。

「たいよう にげちゃって ごめんなさい」

 血まみれだから、舐めるときっと怒られちゃう。側をうろうろしながら、血溜まりのない場所に腰を下ろす。

「ぼく もうにげない」

 今までは、特訓する太陽を応援しているだけだったけど、今度からは僕だって特訓するんだ。


 地上に戻って、陽葵ちゃんが迎えに来てくれていた。

「ひまりちゃん!たいようね すごかったの!」

 太陽と陽葵ちゃんの笑顔が嬉しくて、太陽がすごかったことを伝える。

 ちゃんと、伝わってると良いなぁ!


 お家に帰って、お腹は空いてたんだけど、それよりもすっごく眠くて。

 気がつくと、太陽の枕元で一緒に眠ってたんだ。

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