君のことを守りたいから
花蓮
プロローグ
「
その日の天気は晴天だった。
学校を囲む木々が揺れる。小鳥たちが合唱をするように歌っている。
その日、学校内はパニックに陥っていた。人の遺体が見つかった。それは十六歳の少女で、自殺だった。屋上から飛び降りてその命に自ら終止符を打った。
屋上には少女と思われる上履きと、遺書が残されていた。遺書にはいじめを受けていたことが記されており、自殺を決意させた人物の名前も記されていた。
それが御剣星那。
その時期に大きなニュースがなかったマスコミは、大いに喜んだ。人が亡くなったことなど気にも止めない。お金のことしか考えていない、何も知らない大人たちが、ハイエナのように集まり、一人の少女を追いかけ回した。
因みに、いじめをこんなにも大々的に報道することは珍しい。
公にされてはいないが、高等学校でのいじめ認知件数は一万三千人超とされている。小・中・高及び特別支援学校の全てを合わせると、五十一万人超にもなる。前年度より減少したとのことだが、それでもまだまだいじめはなくならない。
今回、世間の注目を集めた理由は二つ。自殺者が出てしまった。そして、それが公に流されてしまったから。それに尽きる。
さて。
いじめによって自殺者が出た。その第一報が入ったその日、御剣星那はいつものようにいじめられていた。
いじめによる自殺。
全ての元凶とされる御剣星那は、クラスメイトに呼び出されていた。
そこは校舎裏で、マスコミの対応で手一杯の教師がその場所に来ることは無いことを、クラスメイトは分かっていた。だから校舎裏に呼び出した。そこをいじめの現場としてクラスメイトは選んだ。
殴る蹴るの暴行。それは制服によって隠れている部分に行われた。制服が汚れるが、クラスメイトはそこまで配慮しなかった。星那が教師に何も言わないことを、何度もいじめを行って知っているから。
星那は抵抗しなかった。抵抗したら追い討ちが来ることを理解していたから。
報道とはまるで違う光景。それに気付く大人はいない。予鈴が鳴ってもそれは止まらず。本鈴が鳴ってから、それはようやく止まる。
クラスメイトは満足したように足並み揃えて教室へ戻っていく。星那は制服に付いた埃を払った後、少し遅れて教室へ戻った。
その日は自殺者が出たからか、早い内に下校することになった。担任が慌てた様子で生徒たちに説明していたが、生徒たちからしたら早く帰れてラッキーくらいにしか思わない。ここで早く帰ることに対して嘆くのは、生徒たちの親だけだろう。
HRをしている最中、ボロボロの星那が後ろのドアから入ってきた。三十数名が一斉に星那のことを見る。それでも星那は何も言わずに、カバンだけ取って来た道を戻る。
その際、星那の表情は無だった。星那の姿を見てクラスメイトがクスクスと笑ったが、星那が反応を示すことはなく、そのまま教室を出ていった。
教師が星那を止めることはない。
その光景はもう、日常と化してしまっていたから。初めこそ止めていた教師も、星那の感情の読み取れない顔を見てからは、止めることを諦めた。
ピシ……ピシ……とクリスタルにヒビが入り始めていた。ちゃんとした理由が分からないままいじめられ、教師は味方になってくれず。クラスメイトは中務麗奈以外全員敵。頼れるのは家族だけだが、星那は家族は当てにならないと思っていた。きっと、事情を説明したとしても、助けてはくれないと。寧ろ、いじめられていることが恥ずかしいことだと、叱られるだろうと。分かっていたから、言わなかった。
表の門にはマスコミが蔓延っている。裏門から出よう。星那は憂鬱な気持ちを抱きながら、学校を後にした。
報道されてからそれほど時間が経っていないからか、幸いなことに家の前にマスコミはいなかった。
「…………」
無言のまま家の中に入る。鍵を閉めたことを確認し、二階にある自室に向かうため階段を上ると、そこには鬼のような形相をした父と母がいた。
――仕事は?
それを聞くことすら億劫に感じた星那は、無言のまま両親のことを見る。
邪魔だな、と思った星那は、両親の横を通ろうとした。
けれど、それは父によって止められた。
突然星那のことを殴ったと思ったら、次に来たのは罵詈雑言。罵倒と叱責の言葉が星那に降り注ぐ。
きっと、ニュースを見たのだろう。自分の娘が犯罪人として流されている。そのことに対しての行動だということを、星那は嫌でも理解した。
けれど、ここで普通の親と違うのは、娘がしたとされるその行為が間違っていると伝えるために、手を上げたのではなく、自分たちの世間体を気にして娘を殴ったことだ。
報道されていることは、全くのデタラメだというのに。
――ああ、いつものやつか。
星那の心は壊れていた。
そのため、両親から殴られても、罵詈雑言を浴びせられても、ただ黙っていた。
「よくノコノコと帰って来れたわね!」
「クラスメイトを自殺に追い込んだだと……? お前は一体、学校へ何しに行っていたんだ! 会社で俺がどれだけ恥かいたか分かるか!? お前は本当に穀潰しだな!」
「…………」
「――あんたは本当に自分の意思がないのね。一体誰に似たのかしら」
「何か言ったらどうなんだ……!」
星那の髪の毛を父親が掴む。
けれど、星那が父親を見る目は変わらない。
「――どうして私が、日本語を話せるだけの猿と会話しないといけないの?」
「なっ……! ふざけ……!」
髪を掴む父親の手を払い除ける。
「ふざけてるのはどっちだよ。本当のことも知らないくせに、赤の他人が流した情報を鵜呑みにして子供を殴って叱責して。そんな人と誰が会話したいと思うんだよ。ふざけるなはこっちの台詞なんですけど」
気付けば強い口調で言い返していた。今までそんなことなかった。全て無駄だと思い、言い返すことも、口を開くことすら億劫で、ただ黙って受け入れてきた。それなのに、今回ばかりはダメだった。星那の心は、本当の意味で限界だった。
星那はくしゃりと顔を歪ませると、そのまま自室へ駆け込んだ。バタン、と扉を閉め、鍵を掛けた。誰も入って来れないように。
ドンドン、と扉を叩く音と両親の発狂する声が、扉越しに聞こえたが、星那は聞こえないふりをして耳にイヤホンを挿した。
制服から私服に着替えた星那は、ベッドに横になって音楽を聴きながらXを開く。世の中暇人しかいないのか。例の事件がトレンド入りしていた。創作アカウントのはずなのに、例の事件のことばかり皆呟いていた。星那のフォロワーも事件について呟いていて、嫌でもそれを視界に入れてしまう。
『こいつ、本当にクソじゃん』
『いじめとかほんと最低』
『こいつもいじめられて自殺して○ねばいいのに』
本当に創作アカウントかと思ってしまうほど、語彙力皆無のお猿さんたちが悪口を言っていた。
「鍵垢で呟けばいいのに。こんな低レベルな言葉しか出てこない人の小説なんて、たかが知れてるよな」
星那は淡々と悪口を吐いたアカウントをブロックしていく。何人かブロックしていた時、一つのツイートが星那の目に止まる。
『本当にこの人がいじめをしていたのかな』
「えっ……」
星那の指が思わず止まる。
『本当にこの人がいじめをしていたのか。もしそうならこの人がどうしていじめをしたのか。この人と被害者の間にトラブルはなかったのか。そういうことを警察が調べた後に、報道される情報を見てから意見を言うなら言った方がいいと思う』
そのツイートに賛同する意見もあれば、批判する意見も見受けられた。
けれど、それをツイートした人は、特に気にしていないようだった。そして最後にこう書かれている。
『どう捉えるかはその人次第ですが、だからってそこで悪口を書いて罵って、やってることは加害者と変わらない。顔は見えなくても、自分の価値を自分で下げている自覚をした方がいいかと』
『――以上です。この事件について私が書くことはもうないでしょう。それでは』
それ以降は全く違うツイートをしていた。批判的なコメントがリプライされていたが、その人は返事をしなかった。本当の意味で、書くことをやめた。
星那はそのツイートを見て、小さく呟く。
「何かトラブルはなかったのか……か。そんなこと……私が知りたいよ」
星那は涙を流した。星那がそれを一番知りたかった。
何故なら星那と中務麗奈は――
親友だったから。
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