猫のようなホームレス少女と話す日々
時津彼方
ホームレス少女に話しかけられた一日目
僕が声をかけられたのは、ある朝の道だった。
「……おはよう。うん、そこの君。おはよう。今日もどこか行くの? え? いや、いつもこの道通ってるなって思って。暑いのに大変だね」
落ち着いた声の少女が話しかけてきた。歳は二十歳前後だろうか。
「え? 私? まあここでのんびりしてるだけだけど。こうやって色んな人が通って行くのを眺めてる。別に暇してるわけじゃないよ。こうしてるだけで、十分楽しいし」
「ほら、あそこ。最近あの黒猫全然動かないんだよ。何日か前の夜に結構鳴いてたから、もしかしたら、ね」
「あと、あそこ。あの人ようやく半袖にしたんだね。昨日まで長袖着てたんだよ?こんなに暑いのに考えられないよね。ていうか、もうお盆も過ぎて、暑さも収まってくるのにね。すぐ長袖に戻りそう。ふふっ」
「まあまあ座りなよ。ここ、空いてるよ」
僕は彼女の右に座った。
「ま、私もそんなに長い時間ここにいるわけじゃないけどね。ここコンクリートだし。座布団でも買おうかなー」
「君も大丈夫? って、無理って言われてももう少し付き合ってもらうけど。ホームレスの私にとって、人と話す機会なんてめったにないんだから」
「……え? うん、ホームレスだよ、私。家ないの。ほら、ここに色々入ったカバンが」
彼女が薄汚れたボストンバッグを後ろから取り出す。
「うーん……私結構ミニマリストなんだけど、さすがに生活するにはカバンが小さすぎるんだよね。座布団入るかなー」
かかわってはいけない人かもしれない。そう思って立ち上がろうとする僕を、焦ることで呼び止める。
「えっ、ちょっと待ってよ。もう少しだけ話さない? 悪いようにはしないからさー」
「それに、君も私に気づいてたんでしょ? たまに自転車に乗って、私のこと、チラって見てるくせに。本当に私が怪しい人物だったら、もうそこで君のこと襲ってるよ?」
いざという時には通報すればいいか。僕が浮かせた腰を再び下ろすと、彼女は安心した様子でカバンを降ろした。
「分かればよろしい。ねえ、今スマホで通報しようか悩んだでしょ。ふふっ、わかるよそれぐらい。私がどれだけ色んな人を見てきたと思ってるの? まあ、誇ることじゃないかもだけどね」
「私も、好きでこんな生活送ってるわけじゃないよ。でも、よく考えてみてよ。ここがもし、アルプスの高原だったら、私はのどかな自然を眺めて、原っぱで寝てた。これって全然不自然じゃないよね? この街が都会過ぎるからいけないんだよ。だからホームレス扱いされて、社会に溶け込んでないって言われる」
彼女は真剣な雰囲気をまとって僕の顔を見た。
「だから、別に私は不審者じゃないよ」
僕はポケットに突っ込んでいた手を出す。
「……うん。それでいいの。っていうか、君時間大丈夫なの?」
腕時計に目を移す。乗るはずだった電車はとっくに最寄り駅を去っていた。
「ごめんね、私が呼び止めちゃったから。向こうの人には、ホームレスに絡まれたからって言っといてよ」
「……え? そうしたら通報されるだろ、って? なんだ物分かり良いじゃーん。じゃあもう警察に通報されたことにしといてよ。そうしたら向こうの人も深掘りしないでしょ?」
「うん。別に実際に通報されたわけじゃないし、嘘つくぐらいなら、ね」
「じゃあ、またね。またこうやって話せたら、私も嬉しいから」
手を振る彼女に一瞥し、僕は駅に向けて歩き出した。
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