覚えといてよかった
行ってしまった。……リアを置いて、馬車が走り去ってしまった。
……マジでリアを置いて行くのかよ。
「家、入らないの?」
また絶対に逃げられないじゃないか、と絶望していると、俺の服を引っ張りながらリアがそう聞いてきた。
「あー、腹減ったから、どっか食べに行こうと思ってな」
「……私、作るよ?」
「……いや、店に食べに行こう。金はあるし」
リアに料理を作らせるなんて、絶対ありえない。
だってこいつ、めちゃくちゃ料理が下手って設定だったんだよ。……覚えといてよかった。もしその設定を知らなかったら、どうせリアが近くにいる限り逃げられないんだし、楽でいいか。とか思って、リアに料理を任せてたかもしれない。
「分かった」
良かった。素直に頷いてくれて。
「また今度、作るね」
「…………機会があったらな」
そう言うと同時に、俺は心に誓った。
絶対に機会を作らないようにしようと。
「うん」
すると、俺のそんな内心を知らずに、リアは軽く微笑みながら、頷いてきた。
……やめてくれ。なんか、ちょっと罪悪感を感じてくるから。……と言うか、嬉しそうってことは、料理、自信あるのかよ。
そう思いながらも、俺は何も言わずに、店がいっぱい並んでいる方向に向かって歩き出した。
昨日、酒を買った時に色々な飲食店が視界に入ってきてて、記憶に残ってるから、迷うことは無い。……正直、あんまりもう昨日の酒関連のことは思い出したくないけどな。
「そういえば、リアも食うのか?」
少し歩いたところで、俺と手を繋ぎながら隣にいるリアにそう聞いた。
……一応言っておくが、俺から手を繋いだ訳では無い。気がついたら、本当に気がついたら、リアに手を恋人繋ぎ……指と指を絡めるようにして、手を繋がれていたんだ。
リアと手を繋がれていると気がついた時、本当にびっくりした。マジで気がついてなかったから。……俺の手に触ってるのに、どうやったら本人に気が付かせずに手を触るなんてことできるんだよ。……もう訳が分からん。……Sランク冒険者なんてそんなもん、と言われたらそれまでなんだがな。
「私も、食べてない」
「……そういえば、そうか」
またあんまり思い出したくないことを思い出してしまった。
リアと昨日ベッドで一夜を明かしてしまって、アリーシャとヘレナにその事を隠す事で必死で、朝ごはん、食べてないんだったな。
「魚と肉、どっちがいい」
「……魚がいい」
「じゃあそこの店に入ろう」
俺は肉でも魚でもどっちでも良かったから、リアのご機嫌を少しでも取るために、そう聞いた。
そして、リアの言葉を聞いた瞬間、俺はちょうど目の前にあった魚が主食の店を指さして、そう言った。
残念なことに世界観的に、刺身は無い。
いや、海の近くの街とかだとあるのかもしれないけど、少なくともこの店には無かった。……まぁ、焼き魚も美味しいし、別にいいけど。
そう思いながら、俺はリアと手を繋ぎながら、店に入った。
……手に視線を感じるけど、多分、俺が自意識過剰なだけなんだろう。……別に、誰かと手を繋いでいることくらい、恥ずかしいことじゃないんだ。
だから、堂々としていよう。……離して欲しいとは思うがな? ……離してくれ、なんて言えないけど。……本当に、昨日、リアの話をちゃんと聞いていれば、こんなことにはなってなかったのにな。
いや、今更後悔しても仕方ないか。
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