春と風水師はきまぐれってね [ダークファンタジー]

 春と風水師は気まぐれってね。誰が言ったか知らないけど実に的を射ている。


 俺の親父は偉大な風水師だったらしいが俺にとっては女好きのどーしょもないとんだクズ野郎だった。


 お袋は十年前に出て行ったきり、風水しか能のない男に育てられた俺は、必然と知らない間に風水師になっていた。


 そんな親父も一週間前、脳卒中だか何だかでぽっくり逝ってしまった。

 途方に暮れた俺が遺品の整理をしていると、親父から俺に宛てた手紙が一通出てきた。

 そこにはこう書かれていた。


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もしも俺に何かあったら、お前は自由に生きていい。家業を継がなくともいい。

ただ一つだけ、隣町の三峯という人から連絡があっても決して取り合わないこと。

会いに来て欲しい言われても行ってはならない。これだけはどうか約束してくれ。

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 何やら勿体ぶって書かれていたが、要は親父が手を出して面倒なことになっている女か何かだろう、と俺は予想を立てた。


 面倒ごとはごめんだ。

 何があってもこの三峯という人には関わらないようにしようと俺は心に誓った。


 …誓ったはずだった。


 それなのに、俺は今、三峯邸の立派な門の前に立っている。


 数日前、三峯小百合という人から、上品な筆跡で、父の訃報を先日知ってショックを受けている、との手紙を受け取った。

 彼女は親父の常連客のようで、まだ状況が改善されていないのに、親父が突然来なくなってしまって困っているとのことだった。


 親父の女じゃなくて客かよ…。


 これを無視するというのは、どんなものか…と俺の良心が痛んでしまったわけだ。


 三峯家は見ての通りの豪邸だった。

 こいつは太客かもしれない。面倒な案件なのかもしれないが俺だって商売をせねばならんのだよ親父…。


 客間に通されるとしばらく待たされた。

 俺はここに入って来るまで、ざっと玄関や廊下の雰囲気などを観察していた。


 親父が助言したらしいアイテムがいくつか正しい場所に置かれていたが、妙な雰囲気の家だった。


 どこか気が淀んでいるような。不穏な気配が感じられた。


 それから、客間の床間に “さるぼぼ” がいくつか置いてあるのが少々気になった。

 “さるぼぼ” は確か飛騨地方のお守りだ。


 少し経って上品な女性が客間に入ってきた。その人が俺に手紙をよこした小百合さんだった。親父に風水を教わっていたそうだ。


 小百合さんは親父の死について俺にあれこれ聞いてきた。とても悲しんでいるようだった。


 親父の葬儀は本人の意向により行われず周囲への連絡も止められてしたことを俺は彼女に告げて、何も言えなかったことを詫びた。


 小百合さんは「いいんですよ、あの人らしい」と寂しそうに言った。

そしてこう話を切り出した。


「それより、今日は見てもらいたいものがあるのです。あなたも風水師なのですよね?」


 何でも、小百合さんの娘さんの具合が悪く、どんな医者でも原因が解らず俺の親父に見てもらっていたのだそうだ。


 娘さんの名は春子さんと言った。

 春子さんの部屋に通されると、気が酷く淀んでいるのか、胸が重苦しくなった。


「それでは何卒…」


 そう言い残して小百合さんは俺を娘の部屋に残して行ってしまった。

 娘の部屋にこんな初対面の男を残して立ち去るなど少々非常識に思ったが、それよりもここの気の淀みが気がかりだった。


 俺はまず、部屋の中央に布団を敷いて眠っている春子さんの様子を確認した。

 目を閉じていてもわかるほどに大変な美人だった。俺よりも少し年下くらいか…。


 それにしても顔色が悪い。まるで死人のようだった。


 俺は南側の窓のカーテンを開け、部屋に日光を入れた。

 そしてギョッとした。


 北東の床の上にびっしりと “さるぼぼ” が並べられていたのだ。

 どれも真っ赤なやつだ。魔除けのつもりか…?


 ただ、この部屋の気の淀みは外から来るもではなくて、内から来るもののように思った。


 原因となるものが何かないかさぐっていると、春子さんがむくりと起き上がった。


 起きて見知らぬ男が部屋にいたら恐怖だと思い、俺は慌てて自己紹介をしようとしたその時、春子さんがおもむろに着ていた服を脱ぎ始めた。


 咄嗟にその動きを止めようとしたのだが、ものすごい力で逆に腕を取られて、俺は春子さんに押し倒されてしまった。


 春子さんは正気とは思えない表情で俺を見下ろすと、がぶりと俺の肩に噛み付いてきた。


 俺は悲鳴をあげそうになりながらも必死にこらえ、春子さんの顎を掴んで、俺の肩からその歯を引き剥がした。

 幸い肉は持っていかれずに済んだ。


 春子さんは飢えた獣のような顔をして、今度は激しく口づけをしてきた。

 彼女の舌が入ってくると、どこかで嗅いだような香りがした。


 …またたび…。


 それで俺は現状の打開策を思いついた。


 無茶苦茶にキスをされながら、おれは腕を伸ばして彼女の腰のあたりを優しくトントンしてみた。


 すると急に春子さんは大人しくなり、俺の足元で丸くなって眠ってしまった。


 俺はしばらく、彼女が眠ったと判断できるまでトントンを続けてから、そっと彼女を布団に戻した。


 そして部屋の扉を開けて廊下に出ると、小百合さんがそこに立っているのを見つけた。


「これは一体どういうことです?」


「何のことでしょう?」


 小百合さんがしらばっくれるつもりの様子なので俺は単刀直入に聞くことにした。


「あなた方は女郎猫ですね?何が目的です?」


 これを聞くと小百合さんはふふふと笑った。とても、上品な笑い声だった。


「よく分かりましたね。さすが風水師さんです。いかにも我々は女郎猫です」


 小百合さんは目を見開き、シャーッと威嚇の声を出した。

 それは猫そのものだった。


「それで俺にどうしろと?」


「子を作ってくだされ」


 そう小百合さんが言ったと同時に、後ろから何者かに飛びつかれ、俺は前のめりになった。

 春子さんだった。


 そうだ。思い出した。確か女郎猫と陰陽師の間に子が生まれると、その子は猫神になれるとか?


 俺の家系が陰陽師だとどこからか聞いたのか。


「親父は何て言ってたんだ?」


 俺は春子さんを何とか抑えて再び腰トントンをしながら言った。


「他をあたれの一点張りでした。どんなに春子を仕掛けても見向きもせずに縁談に恵まれる風水の話ばかりでした。春子のどこがいけなかったのでしょう…」


 やれやれ…と俺は頭をかいた。


「そりゃあ小百合さん、春子さんは親父には若すぎですよ…小百合さんの方がよかったんじゃ?」


 それを聞くと、小百合さんは意外にも真っ赤になって「わたくしはもう生殖能力はありませんから…」と言った。


 何だかわからないが、小百合さんは陰陽師と結ばれる機会を逃したんだろう。

 親父ともっと早く出会っていれば話は違っていたのかもしれない。

 …そしたら俺はこの世にはいなかったかもしれないが…。


 話を聞いているうちに、親父がなぜ俺を三峯家と遠ざけたかったのか何となくわかってきた。


 親父は俺のことをよく理解していると言えるが、理解していないとも言える。


 遺言でダメと言われたことをクソ真面目に守る俺でもないだろう。


 …まあ、これは親父が風水を駆使して引き寄せた運なのかもしれない。


「小百合さん…こんな手荒なことをしないでも素直に話してくれたらよかったのに」


「それでは貴方もお父様と同じようにされたのでは?」


「…いいや」


 俺は腰トントンで落ち着いて膝の上で丸くなっている春子さんを見下ろしながら言った。

 俺はもうこの子を他の陰陽師だか風水師だかに譲る気は全くなかった。

 この子は俺のものだ。神の子だろうが何だろう作ってやろうじゃないか。


「春子さんは連れて行きますよ」


 俺はサラッと言った。それを聞いて小百合さんは再びシャーッと威嚇の声をあげた。


「この家の気は淀みすぎです。おそらくあなたの執念が原因でしょう。浄化には何年もかかる。少なくともその間は春子さんをそばに置かない方がいい」


 小百合さんは拍子抜けしたような表情をした。


「じゃ、また来ますよ」


 俺はそう言うと春子さんに服を着せ抱え上げた。

 小百合さんは抜け殻のようになってその場にへたり込んで「おまかせします…」とただ言った。


 俺は人目を憚らず春子さんを背負って帰った。


 …さて、このじゃじゃ馬をどう手懐けるか…。

 俺の陰陽師魂が目を覚ますのであった。


※風水の知識ゼロで書いてます。あしからず…。

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