6-23 Here Comes A New Stranger.

 『エリクサーがぶ飲み』。


 戦いは第二ラウンドへ。

 

 手の内の一つを明かした『冥獄之五柱メイゴクノゴバシラ・アルジュ・ルパ・ルディカ』の、多種多様な『影』を自在に操り、優雅に身を躍らせながら戦う姿は、さながら漆黒のリボンを操る踊り手であり。


 片や『六曜イニチアシヴ第三曜・地の座』ナリュースは、六芒星から噴き出すオーラを翼だかブースターだかの様に用い、直角的なターンや猛烈な加減速を駆使する……駄目だこれどうしても言いたい。

 どこぞのロボみたいな挙動マニューバで戦っている。


 再び刃を撃ち交わす双璧の戦いは、互いの一太刀ごとが一撃必殺になりうる、聖堂全体を巻き込んだ……まさに神魔の高みに達した者同士への戦闘へと変貌していた。



 そんで、オレたちとは言うと。


「何やってんだ? 早いとこそれを飲んでMPを回復しろって――」

 オレは、鮮やかなピンクのエリクサーとにらめっこをしているバステナを急かしていた。


「うううう……だって、見てよ。この色……」


 これまでの色んなエリクサーたちのトラウマが鮮やかに蘇ってきたらしいバステナは、本当に嫌そうな顔でげんなりしている。

 今度は一体どんなネタで苦しむのか――それは判らんでもないけど。うだうだ言っても事態は解決しないの!


「あーもう、貸せ! 毒見してやる」

「あっ」

 バステナから奪ったハートのラベルのピンクエリクサーを軽く口に含んでみる。

「…………」

「だ、大丈夫……?」

 バステナははらはらしながら結果を見守っていた。

 オレが今にも噴き出すんじゃないかと身構えている。

「……うん、問題ない。よし飲め」

 一瞬、苦しんだフリをしてからかおうかとも思ったが、それはもう流石にテンポが悪くなるしね? もう手遅れか。


「じゃ、じゃあ……」

 怪訝な顔をしてオレから小瓶を受け取ったバステナは、それでもまだちょっと迷うようにして、しかし結局、意を決してエリクサーをあおった――


 ――そして、咽せた。

「……ッ! けほっ! けふけふ!」

 噴き出しこそしなかったものの、バステナは小瓶がまるで今にも爆発するのではないかという様に、腕を伸ばして顔から遠ざける。


「けほっ……! な、なんだろ? 喉がひりひりする……!」

「ええ……?」

「ねえ、本当に大丈夫なのこれ!」

「いやいや、そんなはず……もう一度貸せ」

 オレはバステナから小瓶をひったくり、今度はよーく、匂いを確かめてみる。

「ああ……」

 判った。


 アルコール入りだコレ。道理で気付かなかった訳だ。

 オレ自身は酒にかなり強い方だから……アル中ではないぞ。

 

 そしてこれは、ほろ酔いエリクサーだった――そんな小ネタはいいんだよもう!!

 

「こんなもんガキでも飲める。ほら、さっさと回復してナリュースを援護するぞ!」

「そうだね……」

 本当にそうなんだよ、こうやって遊んでいる間にもナリュースは……うん、見てみ? ビームみたいな魔剣技を放ちつつ一生懸命戦ってるんだから。


 ほら一気! 一気!

「~~~っ!!」

 顔をしかめて一気に飲み干した、バステナの身体から青色の後光が!

「……ちゃんと回復したな。怪しい効果が出るのを楽しみにしてたんだが」

「ええっ!?」

「冗談だよ」


 バステナは、こんな時にまで……と言いたげな顔をしたが。いいんだよこんなんで。こんな時だからこそ、こんな風にするんだ。ずっとそうしてきたんだから。


「てな訳で、ここからは本当に、真剣に……マジでやろう。バステナ……行くぞ!」

「……うん!」げっぷ。


 この上なくみっともない返事で応えたバステナと共に、オレはアルジュ・ルパとの決戦に挑む――!



―――――――――――――――――



 ――が、アルジュ・ルパ・ルディカはやっぱりクッソつよい。


 多少のダメージを与えようがすぐに回復されるし、エリクサーを飲む度に、何が何やら判らない強化バフもどんどんと重なっていくようですらあった。


「――称えよ魔を、掲げよ志を! 国詠くにうたい魔象の群曲モンストロケストラ!!」

「――スウィフトストリームッ!」

「――華法・槿花一日きんかいちじつ!」


 三者三様の魔・剣・技が入り乱れ、それぞれがルディカの『龍影』を砕き、断ち、滅していくが、その弾幕を完全に突破することは叶わず、ルディカ本体へはなかなか届かずにいた。

 

 いや、やはり着実に、ダメージは与えているんだ。それなのに――

『三人掛かりでそれか? 折角の余興、もっと楽しませてくれよ!!』

 ロングコートで踊るルディカはそう笑いながら。

 ――くぴくぴくぴっ! 可愛らしい音を立ててエリクサーを飲み干し、小瓶を投げ捨てる。


『――銀刃・龍 影 鏡スペイクロム!!』


 その度にルディカから伸びる影は増大し、強力に……もはや分離して、独立して戦ってすらいた。覚えてるか? いつだかのルパ・ウムブラのこと。アレが二体、三体と同時に現れているようなもんだ。


 それだけならまだ対処のしようもある。オレたちだってあの時から随分と成長したんだからな。しかし、最も厄介なのは、ルディカ本体が背負う『本体』の影。

 背後に浮かんだ龍の形をした真っ黒な塊から、想像できる限りの武器の類を模した帯状の攻撃が絶え間なく撃ち出されて来る――。

 

 正直言って、攻撃を捌くだけで精一杯のオレとバステナはおろか、金色の加護のもと、互角に戦っていたナリュースも、その圧倒的な物量に、次第に押され始めていた。


 お前が勝てなきゃ誰が勝てるっていうんだ。このオレとバステナが援護に専念してやってんだから、もうちょっと頑張れよ――! 



 と、その時。


「――とうとう見つけたぞ、アルジュ・ルパ!!」


 どっかから声がした。


「!?」

 混戦の最中、全員が全員で驚いて、その声の主を探す。


「あそこ、誰か居る!」

 バステナが指差した先の、天井の梁に立つ、見覚えのある姿が……あ、カズカだ。

 驚いてやれなくてすまない。色々ありすぎてもうすっかり麻痺してるわ。


 聖堂を見下ろすそのさまは、以前の高貴っぷりはどこへやら、薄汚れたボロボロの旅装をはためかせて、凛々しく光弓を番えてはいるものの、その顔は無精髭だらけでみっともない。


 そういやこいつもアルジュ・ルパを追うっつってたな。ホントに来やがった。

 またどえらいタイミングで、妙なとこから現れたな……あとその恰好さ、どこでどんな旅をしてきたの?


 色々と言いたいことはあるが、向こうは真剣そのもの。


「――喰らえ、聖地の仇!! 報復の矢雨アヴェンジャーレイン!!」


 矢を放つ所作と共に、その周囲からものっすごい量と速度の光矢を撃ち降ろす。

 やるならやるで、声なんて掛けずに不意打ちを喰らわせれば良かったのでは?

 まあそれもハイランド・エルフの掟か何かなんだな。それなら仕方ない。


 虚空から降り注ぐ光雨の矢幕やまくは、あまりの発射レートの高さに、ヴヴヴヴヴヴヴ! と唸るほどだった。

 あ。ぼく、その音好き。男は皆大好きな音だこれ。


『――誰だよてめえは!!』

 ルディカの咆哮はもっともだと思う。お前本人は会ってないし。


 ルディカは『龍影』を上空に広げて防ごうとするが、旅の間に様々な出逢いと別れを経て成長だか何だかしたらしいカズカの光弓はかなりの威力。

 天上から浴びせられた光の砲火は、その『龍影』をガリガリと砕き、削り取っていく――おお、効いてる、効いてるぞ!


 だがそれも束の間、別角度から伸びた龍影の槍帯が、天井へと撃ち上げられ――。


 カズカは辛うじて避けた。天上に大穴が空いた。


 

 ――ざっ!


 勝手にこう呼んで良いと思うが、しなくてもいいのに空中で華麗な一回転を決めたカズカがやたら気取った『ハイランド・エルフ着地』で降り立った。

 上手い具合に、オレ、バステナ、ナリュースの中央に。


「――レオドラス。バステナ。久しぶりだな」

 おう。元気してた?


「……どなた?」

 ナリュースはちんぷんかんぷんという顔をしている。


「私は……最早何者でもない。高潔なるハイランド・エルフの一族から追放された、一人の男……ストレンジャー・エルフとでも呼んでくれ」

「はあ……はい」

 お前それ今思いついただろ。オレには判るぞ。ナリュースも困ってんじゃねえか。


 まあいい。この際だ。増援は助かる。


『くくく……雑魚がどれだけ加わろうとも無駄だ。わらわの腹が膨れるだけよ』

 ルディカがまた笑っている。悪役っていっつも楽しそうでいいよね……。


「来るぞ。皆、集中しろ……!」

 カズカが、また光弓を番えて、ルディカへ突き付ける。


「判ってんだよ。途中から現れてリーダーぶってんじゃねえ」

 オレは普段通りの口応えをして、剣を振り抜き。


「同感です。援護が増えるのは構いませんが、足手纏いにはならないように」

 ナリュースの背の、六芒星が揺らぎ。


「……うぅううぅ……っ!」

 バステナは新たなピンクエリクサーを飲み干し、唸っていた。

 そんなキツいか? それ……お前、酒には弱いんだな。今初めて知ったよ。


 ともかく、図らずもこれで四対一。パーティとまでは言わないが、間違いなく、数的優位は増した。


 仕切り直しだ。ルディカ、覚悟しろよ。目に物見せてやるからな――!


 

――――――――――――――――――――――――

 


 ――しかし。



「――ええいっ……そこのストレンジャー・エルフ!! やたらめったら撃たないでください、すっごく邪魔です!」

「貴様こそ! 火力に任せて考え無しに斬りかかるなッ! 次に射線を塞いだら、ヤツ諸共もろとも撃ち抜くぞ!!」

「どうぞ? ちょっと鬱陶しいですけど、そんなもんで私の防御は破れませんもん」

「何だと小娘!……くっ、しかし追放されたとて、私もやはり高潔を旨にするハイランド・エルフの血族。お前の様な子供へ射かけるなど……」

「子供じゃないです!!」


 初対面同士の共闘なんて、実際はこんなもんである。

 ナリュースとナズカの口論は、まさにのオレたちそのもの。

 うーん懐かしい気分だ。

 お互いの戦い方に充分な理解がないまま、一緒に戦っても息が合わない……っつうか、余計に混乱するだけだってことを痛感しちゃうね。


「レオドラス! 本当に誰なんですかこのストレ……薄汚い馬鹿エルフは!! 君たちの知り合いなんですよね?!」

「ばッ……!? 愚弄するか! このチビ女! なんだその滑稽な色眼鏡は!!」


 それにしてもうるせえよ!! 戦いながらよくもそんなに喋れるな。

 仲良く戦え――


「――喧嘩してる場合じゃないでしょ! こんな時にまでどうしてみんな仲良くできないの!! バカなの!?」


 先にブチギレたのはバステナだった。ちょっと……いやかなり目が据わってる。

 うん、だいぶ酔ってるね?

 ……あのピンクのエリクサー、何本

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