5-6 大襲撃

 思った通り、連中の『倉庫』の中は、異国から持ち込まれた様々な『お宝』の宝庫だった。


 ざっと見る限りでも古びた動物の毛皮、布にくるまれた妙な形の武具、魔物を象った石像、東方のからくり人形とやらまで……更に、倉庫の中にウン十も積まれている木箱にも多種多様なアイテムが収められている。


 ああ……最高だ。最高だぜ……!最の高だ。他人の大っっ事な所有物を勝手に漁り回すこの感覚。このひと時こそが冒険者をやっていて一番の至福、快感だとオレは思っている……!!


「――それにしても手当たり次第、全部開けてっちゃダメでしょ!!どーすんのバレたらっ……ルディカちゃんも!!」 


 恍惚に震えているオレを見咎めたバステナから、ついに突っ込みが入った。ルディカの方と言えば木箱に頭から突っこんで、漁り散らかした物をぽいぽい、次から次へと放り出している。


 そうビクつくなって、言い訳ならオレがいくらでもしてやる。


 ほうら、あっちにはエリクサーや何やらの棚もあるぞ?


「え、ホント?」バステナの声が上ずった。

 ちょろい。



――――――――――――――――


 倉庫の一角の長大なエリクサー・セラー。

 案の定、連中は違法に仕入れたエリクサーをどっさりと溜め込んでいた。

 但し、その保管方法は多分におざなりで、霊薬瓶もすっかり埃を被っており、オレの目から見ても『使い物』になるような物は殆ど無いかのように見えた。


「ああ……くそ。プロの仕事じゃねえな。先代の頭目はきちんと徹底していたのに、勿体ねえ」

 溜息を吐くだけで埃が舞った。

「見ろよこれ。ブーストコンプレッサーだ。魔法の周波帯を正確に一定にする補助薬。これを使えば余計な詠唱無しに特定の魔法をすぐ発動できるようになる。一般人でもな。別名魔術師殺し。ただ副作用もあって……バステナ?」


「…………」

 急に静かになったバステナは、その中の一つ、真っ黒でどろどろな液体で満ちる瓶を手に取って立ち尽くし、見つめていた。


「これ……ダークフェアリーの血かも」

 その年代は古く、ラベルと薬瓶の形状からして、少なくとも三百年より前に製造されたものだろう。

 

 オレは言葉に詰まる。

 そう。あの連中は、こういうブツをこそを扱って商売をする。


「私のひいひいひいおばあちゃんだったりして」

 バステナは冗談ぽく苦笑ってみせたが、オレは軽口を返す気にはなれなかった。


「それに、この棚に並んでいるのって……全部……」

 ダークフェアリーだけじゃない。ありとあらゆる種族の……『材料』で造られたものが長々とした棚にずらりと並んでいる。


 今でこそ霊薬学は発展し、論理も倫理も確立されつつあるが、昔の連中は手当たり次第、およそ想像に絶するものであればあるこそ、挙って、見境無しに、錬金術の材料として用いてきた。


 この棚はさながら、過ちの縮図。人間の無知と罪の年表だ。


 利用できるものは何であれ利用する――オレが言えたことじゃないが、それでも最低限の敬意と節度ってもんはある。


「どんな効果があるのかな……レオドラス、飲んでみる?」

「…………」

 バステナが悪戯じみた笑みで、黒液の瓶を差し出してくるが、オレは受け取らない……受け取れない?そうだな。凄い効果を発揮するものなのかもしれない。だがお前の前でそんなものは使えないよ。それが例え、最強の力か何かを得るものだとしてもだ。

 

「……いいや。遠慮しておく」

「即答出来ない程度には迷っちゃうんだね。そこはきっぱりと断ってほしかったなぁ……」


 バステナがまた不思議な表情で苦笑した。

 何かを問いたげな。何かを言いたそうな。

 でも言葉が見つからない自分に呆れているような。そんな困ったような笑顔だ。


 その笑顔の正体は、心から信じようとしても信じきれないオレに対して伝えたい、と思っても、それを伝えるにまではやはり信頼しきれない苛立ち――なんだと思う。判り辛いか?オレも上手く言えないよこんなもん。

 

 ……気まずい。


 そして。

 にわかに騒がしくなったのは、その直後だった。

 

―――――――――――――――――


「――なっ、なんだぁ!?こいつら、急にっ……」

「やべえぞ!全員一旦下がれ!」

 

 あちらこちらの倉庫に散らばっていた三下共が怒声を上げ、そして何かが崩れる、大きな物音――。


「――っ!!」


 今回はもういちいち戸惑って時間を無駄にしたりはしない。つい先日同じことがあったばかりだからな。


 そしてその直感は正しかった。


 顔を見合わせ、即座に駆け出し。「バステナ、早く来い!」「ちょ、ちょっと待ってよ!」倉庫の外へ飛び出したオレたちが目にしたのは――。


 ……一言で説明しきるのは難しい。取り敢えずざっくり要約すると。


『人間、動物を象った、いわゆる『人形』と呼べる範疇の、大きさも種類もてんでばらばらの人形の大群が、各々に武器らしい武器を持って、チンピラどもとあちこちで戦っている、メルヘンと言えばメルヘンな光景』だった。



 後に『クラス3非有機魔属事象イベント【人形血祭】』と分類、名付けられることになる、新たな戦いの開演だ。


――――――――――――――――


『アハハハ!ウフフフ!!キャハハハハハハハ!!』


 けたたましい笑い声をあげて、ナイフを構えた可愛らしい人形が猛然と駆け寄ってきて、凄まじい勢いで飛び迫って来る。


「かっ……紅王の懐刀カーディナダー!」

 パニクったバステナが放った黒い線状の魔法が、人形を胴体から真っ二つにする。


『キャハハハハ………アハハ…………』

 血……のように見える漆黒の瘴気を、切断面や目からも鼻からも口からも噴き出して地面に落ちた人形の笑い声が、やがて止んだ。


『キャハハハハハハハ』『キャハハハハハハハ』『アハハハハハハ』

 そしてその時にはもう、次の三体が狂おしい程に笑いながら、今度はトンカチやカッターだのを持って疾走してきていた。何だこいつら!?と疑問を浮かべる暇すらない。


 ただ、一体一体の力はそれほどでもない。チンピラ連中の雑な剣技や槍術、へなちょこな低級魔法でも普通に撃退できる程度のようだ。

 しかしその数はやたらと多く、倉庫という倉庫から、ありとあらゆる『人形』がまるで蜂の巣を突いたように湧き出てきている。


「スウィフトスラッシュ—―」

 ――人形を一体叩き斬ってやったが。しまった。まずい。これは……ごめん今は話してる暇がない。あとで触れる。


 第二波。

『ゴォォォォォォン……!!』

 足元に大量のぬいぐるみを従えて、身長4mはある戦士の銅像のペアが歩み出てきた時には、流石に笑っちゃったね。どういう世界観だ。


「レオドラスッ!!これはてめェらの仕業……じゃねェようだな、畜生!!」

 チンピラ連中は倉庫の切れ間の平地に、すげえ雑な陣形を組んで人形の群れを迎え撃っており、その中心では例の『ボス』が指揮を執りつつ、自身も魔法を使って戦っていた。


 んで、オレらの所為を疑ったようだが、うん。違う。オレらも襲われてるもん。

 

「スウィフトスラッシュ……ああっ」すかーっ。

「レオドラス。何してんの、さっきから外してばっかり……」

 

 それな!レプリムに借りた剣が『重い』んだよ!物理的な重量という意味だけじゃない。まだ馴染んでないんだ。剣に魔法を宿すにも取り回すにも、何もかもがワンテンポ遅い。そしてこの人形どもはそれなりに素早い。だから――


「このペースじゃまた飲み切れなくなっちゃうってば!もう、しっかりしてよ!!」

 魔法で応戦しているバステナは既にエリクサーを数本消費している。


 くそ、戦闘でバステナに怒られる日が来るとは思わなかった。

 でもね!?オレだって頑張ってんの!


「畜生、言うことを、聞けッ……!!」ぶーん。


 それも大変だけども。

「そういやルディカは何処へ行った!?」

「大丈夫っ、あそこでぬいぐるみと戦ってる!」

 バステナの目線の先を追う。


 ルディカも何がどうなってるのか、とだいぶ困惑した表情でぬいぐるみの群れの中を駆け抜け、飛び跳ね、踊るようにして追い払っていた。シーフらしく二刀流の短剣で。


 ぬいぐるみと追いかけっこをしている八歳の女の子……聞こえはいいが、追い回しているぬいぐるみどもが様々な凶器を持って、目から耳から血のような黒い流体を垂れ流しにしているのはホラーっぽい。まあ無事っぽいのでヨシ!


 オレたちの方にも依然として、断続的に人形どもが迫ってきているが、ひとまず状況を整理する余裕はありそうだ。よし、するぞ。

 


 この倉庫に収められたのは禁制品、潜在的に何らかの魔術を秘めた呪物ばかり。それらが何らかの原因で『起きた』。そもそも人形というものがある種の器足り得るもの。そこに異国からの危険な呪物の数々が組み合わさって――そんなところだろう。問題は何故「今」なのか。

 

 チンピラ共が倉庫の『封印』を解いたのが切っ掛けか?それとも――


「――やっぱりさ、私たちが『ヒャッホオオオオオ!!』原因なんじゃない……!?」

 バステナが、やたらと興奮して飛び掛かってきた童話の主人公を模した人形を撃墜する。


 確かにな。二度も続けばその可能性も高いんだけど。

 何かこう、大事なことを見落としてる気がしてならないんだよ……っ!

 

「……あっ」

 懸命に事態を理解しようとするオレの思索が、一旦、完璧に吹き飛んでしまった。

 

「サムライだ!!おい見ろバステナ、ありゃサムライだぞ!!」

 東方の戦士、サムライの鎧――具足だっけ?が、ひとりでに動いて戦っている!


 すげえ。超カッコイイ。

「なんで嬉しそうにしてんの!?」

 だってお前、サムライだぞ。


 ただ、それはこのイベントの影響力が更に強まっていることを意味していた。

 純粋な『人形』に留まらず『人の似姿をとる者』……それどころか『人っぽい何か』にまで変容は及び始めている――なんか空まで赤黒く濁ってきてる気もするし。


 くそっ、この剣がここまでなけりゃあ、こんな連中、一息で撫で斬りにしてやるのに……!試し振りはしたさそりゃあ。でも実戦には実戦の立ち回りってもんがある。


 ――あのサムライのカタナ、ほしいな。バステナちゃん、ちょっとあいつをさくっとやっつけてくんない?


 ボクあれ使ってみたい。魔法カタナを試したい。ダメ?それどころじゃない?

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