第5話 クロとシロ(5)

 それからハッとした表情になると、手をパンッと顔の前で合わせた。


「悪い。吟。今日の飲みは、なしにしてくれ」

「ああ、また今度にしよう」


 白谷は、優しく微笑んだ。


「すまん」

「いいさ。それより、早くしなよ」

「あ、そうだな」


 シロ先輩は私に向き直ると、いつもより少し早い口調で言った。


「クロ、この後メシでもどうだ? その……俺が奢ってやる。まぁ、あんま高い物は無理だけど」


 予想外の申し出に驚く。シロ先輩の隣に立つ白谷にチラリと視線を向けると、彼は爽やかな笑顔を向けてくれる。


「僕のことは気にしないで」


 そう言うと、白谷は手をひらりと振って一人社屋へと戻っていった。


「え? 先輩……いいんですか?」

「ああ。吟とはいつでも飲めるしな」

「……そうですか。じゃあ……」


 私はシロ先輩をまっすぐに見つめて告げる。


「先輩のおごりなら、行きます!」

「よしきた」


 シロ先輩は満足そうに笑うと、私の頭をクシャリと撫でた。


「俺、ちゃっちゃと仕事片付けてくるわ。クロは適当に店決めて、先に食べててくれ」


 シロ先輩はそう言ってきびすを返し、足早に社屋へ戻っていった。


 先輩を見送ったあと、私は近くのコンビニでリップクリームを買い、たまにシロ先輩とランチに行く店へ向かった。


 店内に入り、窓際の席に腰掛ける。テーブルには既にメニューが置かれており、メイン料理に合わせて、スープとサラダ、ドリンクがセットで頼める。私は店員さんを呼び止めて、ドリアを注文した。それから、鞄からスマホを取り出し、メッセージを送信する。


“いつもの店にいます”


 すぐに既読がついた。


“了解”


 短いメッセージとともに、シロクマがピースサインをしているスタンプが届く。私はクスリと笑って、画面をオフにした。


***


「お待たせしました」


 頼んでいた料理が運ばれてきた。いただきます、と手を合わせて、まずは温かいスープを一口飲む。そして、スプーンを手に取り、ドリアを口に運んだその時だった。カランと音を立てて、店の扉が開かれた。


 私は反射的にそちらへ目を向けた。入ってきたのは、肩で息をするシロ先輩だった。私は小さく手をあげる。


「すまん! 遅くなった!」


 私を見つけたシロ先輩が、そう言いながら駆け寄ってきた。


「大丈夫ですよ。料理も今きたところですし」


 私が答えると、シロ先輩は安堵したように笑った。


「そっか。あ〜、腹減った」


 シロ先輩は私の向かいにどかりと座ると、メニューも見ずにオムライスの大盛りを注文した。

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