それでも愛してます。変わってしまった私の先輩を、狂った世界の真ん中で

ジュン・ガリアーノ

悪法『傘を差さなければ射殺』

2000年代初頭から現れてきた潮流は、今その流れを極めようとしていた。

その流れとは何か?


それは……


『常に綺麗でなければいけない』という流れだ。


この流れが行き着いた先に、まさにキチガイともいえる法律が制定された。


それはなんと……


『雨の日は傘を差さなければいけない』という法律だ!

通称『雨天時傘不所持根絶法うてんじかさふしょじこんぜつほう


まるで、何かの必殺技か男塾名物かと勘違いしてしまいそうな名前の法律だが、この法律は恐ろしい。


これに違反した者は、その場で即現行犯逮捕。

その後は強制的に傘を買わされ、雨の中で傘をさしている所を刑務官が目視で確認出来次第釈放。


ただし、掴まった段階でデータベースに登録される為、2回目は即実刑。

そして……3回目はセンサーに反応次第、即射殺だ!



一体、なぜここまでになってしまったのか?


それは……もっとちゃんと理由を伝えたいのだが、こうしてる間にも今まさに射殺されそうになってるヤツがいる。


ソイツにちょっと近よってみよう……




―『傘は、差しませんし、いりません』―



「や、やめてくれ!今日はたまたま傘を忘れただけで、そう、あの電車に忘れちゃって!」


男は汗か雨か分からない位に顔をぐっちょり濡らしながら、銃を突きつけてくる刑事に両手のひらを向けながら必死に弁明をしている。


しかし、その男を見つめる刑事の瞳は、雨を凍らしてしまうような冷徹さに満ちている。


「雨の日に傘を差していない者は、見つけ次第3度目で射殺。例外は……無い」

「分かった、買うから!今すぐ買うから!だから見逃してくれ。頼む!!」


男が土下座しながら刑事に必死に赦しを乞うと、刑事はその男の背中に静かに声をかける。


「顔を、上げて」


すると男は土下座したままバッと顔を上げたが、その瞬間、こめかみにひんやりとした冷たい感触が伝わってきた。


「ひいっ!!」


男は恐怖に顔をひきつらせた。

額から伝わってくるそのひんやりとした物が、自分に突きつけられた銃口だと分かったからだ。

そして、その男が次を考える間もなく刑事は告げる。


「もう遅い。雨の日に傘を差さずに濡れた時点で、終わりなんだよ」

「そ、そんな……!!」

「アディオス《さよなら》」


ドンッッッッッ!!!


その瞬間、男の頭は吹き飛ばされ、その周辺に数多の血しぶきと共に脳梁が飛び散った。


その光景を目の当たりにした通行人達は、それに一瞬ビクッとはするものの、すぐに平然と歩き出す。

皆、傘をさしたままで。


むしろ、嬉しそうにほくそ笑む者達も多い。


「このご時世に傘差さないとか、マジで有り得ないわ」

「雨に濡れたら結果みんなに迷惑かかるのに、それが分からないんだから死んで当然」

「雨の日に傘差さないとか、マジで反社だわ。よかったーーー死んでくれて」


そんな思惑を持つ多数の人達が通り過ぎていく中、射殺した刑事はゆっくりとスマホを取り出し、本部に淡々と連絡を入れる。


「お疲れ様です。八神です。今『雨天時傘不所持根絶法』に基づき、3度目の違反者を1名射殺致しました。これからデータを送らせて頂きます」

「うむ、よくやった八神くん。今月これで9人目だ。キミは我が署の誇りだ。これで警視総監からも、またお褒めの言葉を頂けるだろう」


違反者の射殺は国家としても重要な取り組みになっている為、1人につき多額の報奨金はもちろんの事、この法令による射殺した人数の数で所轄の評価も大きく変わる。

それは、出世を目指すキャリア達にとって何より重要な事の1つである為、八神の電話先の署長は嬉しさに顔も声もほころばせているが、当の八神は冷徹な表情を崩さない。


「それはよかったです。ただ、自分は違反者を見つけ次第射殺する。それが自分の仕事ですから。後処理班、至急お願い致します。では」


八神は署長にそう告げると、サッと電話を切った。

そして、脳梁が吹っ飛ばされた男の死体を少しの間ジッと見つめるとスッと踵を返し、まるで何事も無かったかのようにその場を後にした。


ちなみに電話を切った後、署長達は八神について話していた。


「署長、今のはもしかして八神さんからですか?」

「ああ、そうだよ。また八神くんがやってくれた!今月で9人目を見事に射殺だ!」


署長が若手の署員にそれを告げると、その場でドッと歓声が上がる。


「凄い!さすが八神さんね。顔もやる事もイケメンだわ♪」

「く~~~~ぅ、八神さん、たまんねぇぜ!」

「八神さんのお陰で、また世界が綺麗になっちまいましたね!」


みんなの喜ぶ姿を見て署長も満面の笑みを零しているし、その場の誰もが八神を尊敬し褒めたたえている。


ただ1人を除いては……

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