【番外編】Your song*
【番外編】10代最後の夏の日に
2003年8月---
「---盆休み中に海でBBQ?もうクラゲが出て泳げなくね?--水着見れねぇじゃん。」
リサからの提案に、投げやりな態度でジンが唾を飛ばす。
「だからさ、18日がナオの誕生日なんだって。ほら、ナオさ、アレじゃん?」
斜め前に座るリサが私へと視線を送る。意図している事が分からず、私は隣に居るヒデに救いを求めるように肘でつついた。
(ヒデ、俺、この子、グイグイ来てなんか苦手かも。)
(--言うな。俺もだ。)
(っつか、何の話?)
(分からん。)
それは、スタジオの練習帰りだった。
人付き合いの上手いジンのケータイにリサから連絡を受け、スタジオ近くのカフェに来ていた。
私がベースとして加入する前から、リサは「Sixx」を応援してくれている常連だったらしく、ジンとリサは気心知れた仲になっていた。
「--盆か。海、幽霊出なけりゃいいな。」
ポツリとヒロシが言う。ヒロシはたまに口を開いたと思ったら、割と場を凍らせることもある。それを本人も楽しんでいるフシがあった。
「で、何故に今日はお前一人なん?---リョウちゃん居ないならマジでテンション下がるわ。」
当時、ジンはリサの友人のリョウコにゾッコンだった。
元々、高校時代からの友人同士のリサとリョウコが二人でライブを観に来ていたらしい。そして、そこに大学で知り合って意気投合したナオが加わっていた。
「ちょっと、トキ君、ヒデ君、聞いてる?!」
急に噛みつかれたかのように、二人してビクッと身体を震わせた。
「--は、はい、何でしょう?」
完全に女っ気が無くなっていた私たち二人。
(ヒデが硬派過ぎて--と言うより女の子のノリが得意じゃなかった事がそもそもの要因なのだが。)
リサに圧倒され半ば強引にBBQの予定を押さえられた。
まぁ、大学生らしく青春するのも悪くは無い。
その時はそう思っていた。
その日の帰り、電車に乗り込むと私に遅れてリサも同じ電車に乗ってきた。
「隣、座っていい?」
リサは私を見つけるなり私の返事を待たずして隣の席に腰掛ける。
「あのさ、トキ君。トキ君は彼女いるの?」
「はぁ?何?藪から棒に--。」
「---ナオ。気付かない?絶対トキ君の事、気になってるって。」
「--いやいや、無いだろ。そんな俺たち話す方じゃないし。」
「だーかーらーだっつの!ナオって、割と人懐っこい性格なのに、トキ君の前じゃ澄ました猫状態じゃん。あの子、恋愛ビギナーだからトキ君がリードしてよ。」
「借りて来た猫、な。」
興奮気味に息を巻くリサとは対称に、私は声を落としていた。
周りの乗客にもその声は響いていたと思うと、居心地が悪かったということもある。
「っつっても、俺もそんな恋愛上手くないし。--それに--」
敢えて声を落としているにお構い無し。女の子の恋バナ好きには舌を巻く。
「それに?なに?彼女いる訳?」
「いや、彼女は今は居ないけどさ--。」
「あ、まさか--元カノのことを未だに好きとか?!」
痛いところをついてくる。
「いや、もう向こうも彼氏居るだろうし--それは無いけど--。今はバンドとバイトで満たされてると言うか--。」
「勿体ないねぇ--。20歳の健全な男子ならもっとがっつかなきゃ!でね、BBQの時、私たちは敢えてナオとトキ君を二人きりにするよ?分かってる?」
何を根拠に言ってんだか。
「いや、向こうがその気がなけりゃ、俺が単に痛いヤツなだけじゃん。いいよ、めんどくさい。」
実際、この時はかなり恋愛に対し消極的になっていた。
めんどくさいと理由をつけて逃げる事も多かった気がする。
「かぁー。そうですか、そうですか。アンタさ、いつか後悔するよ?あんないい子、そうそう居ないよ?」
それは分かってる--そう言いかけたが、リサが降りる駅に到着したため、その言葉は虚無の中を漂い消えてしまっていた。
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ナオとの出会いは5月頃だったと記憶している。ライブの打ち上げで来ていた3人のうちの1人。そんな印象だった。
次のライブにも来てくれていて、それほど多くは無い観客席の中、決まって下手側(ベース側)の最前列に居てくれていた。
パフォーマンス中の煽りに対しても、小さな身体で必死に応えてくれている。
モッシュが起きても必死に柵に掴まり耐えている姿を見た時は、流石に危ないから後ろに行った方がいいと伝えたこともあった。
だがその時、彼女は笑いながら言っていた。
「それは勿体ないよ!息遣いから音圧まであそこに居ないと分かんないもん。」と。
ただ単純に音楽が死ぬほど好きなんだろうと思っていたのだが、今になって思うと彼女はその時から私の事を見ていてくれていたのだと思う。
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BBQ当日、リョウコ以外は駅に集合し、ジンが親父さんから借りて来たというワンボックスカーに乗り合わせて現地まで向かっていた。
リョウコは先に別件の用事があるということで、直接現地に向かうということであった。
BBQハウスに到着すると、既にリョウコは到着しており大学生らしき二人組にナンパされていた。
それを目撃したジンが逆上し、中途半端に車を停めると駆け出していった--ことは覚えている。
結局実らなかったが、彼にとっても良い思い出になったのでは、と今になって思うところである。
「あのさ」
ポツリとヒデが零す。
「うん。どした?」
「俺たち場違い感凄くねぇか?」
盆とは言え、まだ夏真っ盛り。しかもビーチでBBQ。
ヒデはヒロシと並び気恥しそうにしていた。
片やボーリングシャツに細身のパンツに(夏なのに)ドクターマーチン、ソフトモヒカン(ヒデスタイル)。
片やラグラン七分シャツにワーカーパンツにレッドウィング、オールバック(ヒロシスタイル)。
二人してTPOを
「--トキ、お前抜け駆けか?」
ヒロシの目が笑っていない。
「流石、元チャラ男。」
ヒデ--そう思っていたのか。
「いや、海っつったら--ハーパン、サンダルは常識と言うか--。」
「あ、何で--お前らいつもの格好なん?」
そこには水着に貧相なタンクトップ姿のジンがいた。
「ジン--くっそガリガリだし---。」
結局、(主にジンが)期待していた女の子たちの水着姿は拝めなかったのだが、メインのBBQは楽しめていた。
完全に口裏を合わせたように、あからさまに私とナオをくっつけようとするリサ達の策略が見え隠れしていた。
真夏に比べ、日が沈む時間が早くなった気がする。日が沈みはじめ、デッキ周辺に吊り下げられたランタンが周囲を灯す。
「トキ君、あのさ--。」
肉を焼いていると、珍しくナオが話しかけてきた。
「うん?肉、いる?」
「あ、いや。じゃなくて--。トキ君、食べてる?代わろうか?」
「あ、いや俺は大丈夫。肉より最後の焼きソバの方が目当てだし。--座ってていいよ。」
ナオは何か言いたげに一番近い椅子に腰掛けていた。
「ん。」
私はナオの皿に肉を盛る。
「こんなにたくさん--太らす気?」
「いや、誕生日--だろ?だからサービス。」
遠目にニヤつきこちらを見ているリサ達が見える。
--んだよ。俺に期待すんなっつの。
「あのさ--。」
「あのね--。」
被った。
「あ。トキ君、先にどうぞ。」
「あ、いや。大した事じゃないんだ。誕生日が近いって聞いたから--いつ?」
「あ、うん。18日--。」
「え、明明後日?--日曜日か。その日でも良かったんじゃ?BBQ。」
「??これ、私の誕生会では無いと思うよ?」
しまった--。
そう言うことか---。
リサとジンが何かしら話していた。ナオの誕生日が近いから--サプライズとか何とか。
この時に全て理解した。
話を逸らすため、私はナオが言いかけた事を問いかけた。
「あ、で。ナオは?何か言いかけたよな?」
「あ、うん。トキ君はその--。好きな食べ物は?」
きっと気まずかったんだろう。何か話さなきゃと無理やり出したような質問だった。
固めに焼けた焼きソバを平らげ、少し離れた場所にあるビーチチェアに腰掛ける。
タバコを吸いながら、ぼうっとしていたらしい。
遠目に見える、花火を打ち上げはしゃいでいる若者グループ。
雲ひとつない漆黒の空に広がる星々の粒。
真っ暗な先から聞こえる波の音。
2、3本タバコを吸い、気付くと持っていた缶ビールが空になっていた。
ふと時計を見ると22時前---。
割と時間が経っていたと気付く。
確かこの店は23時までだったか--。
そんなことを考えていた。
「---ハッピー・バースデー・トゥー・ユー-♪」
誰が発端かは分からない。
突然始まったバースデーソング。
蝋燭の火を消し、半泣きの笑顔。
そこに居た誰もが彼女を祝う。
ふと、考えていた。
--俺、あんなに笑ったかな。最近。
--そういえば、もう大丈夫かもしれない。
ジンに背を押され、ナオに向かう。
周りの人の声に導かれ空を見上げると、放射線状の流れ星。
もう、誰かと心を通じ合わせても赦されるのだろうか。
もう、前に進んでも赦されるのだろうか。
もう、他の誰かを好きになっても赦されるのだろうか。
赦される?誰に---?
空を見上げていた目線をふと隣に見遣る。ナオは私と目が合うと微笑みながら「ありがとう」と囁いた。
----!!!!!
何か自分の中で芽生える感覚。
初めての感覚だった。
潮風が混じり、横切る風。
波の穏やかな音。
遠くに見える花火の光。
真っ暗闇に広がる流れ星。
そして、隣で微笑みかけてくれる女の子。
頭の中で湧き続けるインスピレーション。
形なく、薄らと、
あの日、確かに恋をしていた。
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