第48話 歪んだ愛がもたらす最凶


 俺が切ったエレナの首は床に転がるが━━。



「あらあら痛いじゃないフェル。お母さんに暴力なんて.......まさかそういうプレイが好きなの? 良いわよ.....貴方の要望ならいくらでも答えてあげる」



 魔神の首は煙のように消え、一瞬にして首が元の位置に生えた。



「ちっ......やっぱりか、簡単には殺せないようだな━━」


「そうよ? 唯一殺せる者はたった今無様に転がっているのだから。それにしても"Juno"女神なんて穢らわしい名前つけちゃって......お母さんショックだなぁ。せっかく貴方が突き落とされた後、勇者に偽の魂を吸わせて死の報告をしてあげたのに......」



 エレナは頭を抱えて左右に首を振る━━。



「へっ......俺に"Fell"堕ちるなんて碌でもないキラキラネームつけるバカ女よりマシだよ」


「そのジョークは面白くないわ。一体誰に似ちゃったのかしら」


「お前があの日殺したブレナンおじさんに似たんだよ」


「ああ......フェルを聖人にしようとしてあの男ね。もっと前に殺しておくべきだったわ」


「アンタ......そうやって今まで簡単に人間を殺してきたのか」


「私は勇者ほどニンゲンを殺してなんかいないわ。勇者が進んで人を実験と称して殺して魂を奪ってただけよ? まあ彼が魂や体液を奪えば強くなると私が錯覚させたのは間違い無いし、実際に奪って強くなっていたのはこの私だけど。あの男、勇者の加護を理解してなかったのね......加護の力は神聖なる人間にしか発揮できないのよ。だから彼は人のモノを奪い殺す度に弱くなっていった。そして勇者に魅了のスキルを与えたのもこの私━━」


「そういうことか......とんだ名悪女だよアンタは、そのうち世界史の教科書に載るぞ。しかしお前がスキルを与えていたとはな......」



 用意周到だなコイツ......。

 相手に力を誤解させて弱体化させつつ自分の力を補強してたわけか━━。



「ええ、勇者が村に来た時に堕落が加速するように魅了のスキルを奴に知らぬ間に与えたの。そしたらすぐ気が付いて早速村娘達をたぶらかしたわ。あんまり調子に乗られると困るからその後に制限は与えたけど......」




「制限......もしかして魅了状態に出来る人数か?」



「御名答......一度に2人までなのよアレは。ちょうどリーゼちゃんが魅了状態になった時にメンバーに居たモロンちゃんの魅了が解除されたの」



「つまりヤツは村を出た後常にパーティメンバー1人を魅了し続けて空いたストックで1人ずつ女を奪っていたが、そのサイクルから外れたモロンさんは解除されたのか。剣神に黒いオーラが見えなかったのは奴は最初から勇者をただ崇拝して妻になっていただけ━━」


「懐かしいわね脳筋女のサーシャ。まあそんなことどうでもいいわ......それよりいつから私が魔神だと思ったの? 私が唯一愛する愛しの息子からぜひ聴きたいわ」


「俺が捨てられたあの日、お前には黒いオーラが見えなかった......後に見たリーゼや他の人全員は例外無く纏っていたにも関わらずだ。当時は何も思わなかったがオーラを纏う連中に会う度疑問が生まれそれが確信に変わった、お前は何らかの策があって自ら勇者について行ったんだと。そして俺だけにそのオーラが見える謎......これは仮定だが、幼い頃にそのオーラの発生源と長く過ごした特殊な環境の所為なんじゃないかと思った。あとは7年もの間魔神を倒さずに遊び呆けた勇者パーティの行動だな......」


「そう......やっぱり息子には勝てないわね。偉くなった御褒美あげちゃう」


「何が息子だ、人の人生めちゃくちゃにしやがって。殺す前に一つ聞かせろ、何故魔神のお前が人間の俺を育てた?」



 ニコニコと笑っていたエレナは途端に氷のように目つきに変貌し、口を開いた━━。



「今から26年前......とある夫婦の間に子供が産まれた、その子は勇者の加護を受ける予定の子供。私がそれを知ったのはその10年後......その頃にはもうその子供の姿は無かった。でもね、その夫婦にはもう1人子供が産まれてたの。それが貴方よ......フェル」



「嘘だ......そんなの......!」



「嘘じゃないわ。貴方がさっきまで痛めつけてたのは貴方の実の兄......つまり兄弟殺しをしてたってわけね━━」


 

 俺はその事実に崩れ落ちる━━。


 あのクソ野郎が......? そんなバカな......!



「勇者がジュノの......。そんなの信じられない......動揺させるために魔神がついた嘘よ!」


「女狐ちゃん、将来の夫に関する真実はキチンと受け止めなきゃ妻は務まらないわ。まぁ私は貴女みたいな可愛くないお嫁さんは認めないけど━━」



「そ......それじゃあ何故俺を育てたんだ......!」



「良い質問ね。その事実を知った時、私は短絡的に貴方の両親を殺した。そして勇者となる子を探そうと思ったけどすぐには見つからない......そこですぐ思い出だしたの、勇者の加護は『血の繋がった者と必ず引き合わせる』と。だから貴方を育てて勇者が来るのを待ち続けたわ......でも当時勇者がやってくる噂なんて全く無かった。恐らくまだ幼かったのもあるけど、彼はその頃から勇者の肩書きに溺れて噂されるような功績を残さなかったのね......。初対面も悪どい顔してたし」


「魔神のお前がそれ言うか? なら俺を育てたのはただの勇者レーダーとしてかよ......!」


「最初はね......でも貴方を手に抱いて育てていくうちに私にも愛情というものが芽生えたの。だって私が慣れない手で作ったミルクや離乳食を口いっぱい頬張ってニコニコの笑顔で美味しそうに食べてくれるのよ? 毎日一緒のベッド寝ていつも私のことをママ......ママって呼んで縋ってくる可愛い顔、そしてだんだん成長して魔神である私を支えるとまで言って幼い身体で仕事までこなして毎日泥まみれで帰ってくる貴方に愛が芽生えない訳ないじゃない。そんな貴方を将来人間と魔族の血が混ざった子を私に孕ませるためのつがいにしようか、それともこのまま平穏に過ごそうか迷ってたある日......遂に勇者があの村に来た。そこで本来の目的を達成するために私は勇者の元についていったの。あの時の別れの演技は悲しかったわ......泣きじゃくる貴方を見て私は本当に悩んだ......でも同時にその顔をもっと見たくもなった。ふふっ......」



「クソったれ! 歪みすぎて元に戻らないくらいイカれてやがる......! お前のその行動からこの復讐劇は始まったんだぞ! そもそもお前には魔物という子供がいるだろうが!」


「あれはただの私の分身......私が死ねば跡形も無く消えるわ。だから私の息子はフェルという名前の貴方だけ━━」


「ふざけんな! 俺の本当の両親殺した分際のくせに......! パトラ、お前はモロンさんを連れて一旦逃げろ」


「え!? でもジュノは!?」


「俺は無理だ、コイツは強い......。正直俺でも殺す方法が思いつかないんだ。だから足止めしてる間に逃げてくれ!」



 俺はエレナに戦闘態勢を取り間合いを取るがエレナは余裕の表情を見せる━━。



「ここからは誰一人逃さない......フェルは私とこれから永遠に甘い生活を過ごし、他の連中は皆殺し。まあ魂は貰ってあげるわ......精々私の中で生き続けるのね」


「ふざけんなよ年増女......お前に殺させやしない!」



 創......堕天使王ノ地獄炎ルーチェ・ラ・インフェルノ



 俺は闇よりも深く黒い無数の巨大な光を天から放つ━━。



 ス゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛ッ━━!



 放った衝撃で辺りの地面は抉れ砂煙が立ち込め、まるで巨大な隕石でも落ちたような跡が覗く━━。



「ちょっと痛いじゃない.......お母さんにそんな事しちゃメッ! だよ?」



 エレナは無傷のまま地面が抉られた爆心地に平然と立っていた。




「クソ......ダメかよ! これでも効かないなんて......こうなったら!」



 創......身光拳・極しんこうけん・きわみ



 俺は全身に光を纏わせて瞬間移動しエレナの顔面に向かって殴りかかる━━。



 パシッ......。



「そういうのはDVっていうのよ? 確かに強い子は好きだけど履き違えちゃダーメっ」



 俺の拳は一瞬にして受け止められ簡単に振り払われた━━。



「クソッたれ......! バケモンかよコイツ......!」



 創......泡沫の風・三重層━━。



 エレナを三重に膜を重ねた巨大な泡に包み込み宙に浮かばせる。



「ふーん......子供の頃よくシャボン玉遊びをやってあげたわね。もう一度お母さんとしたいの? 一緒に入る?」


「ふざけんなクソアマ、加齢臭が充満して仕方ねえだろ」


「素直じゃないなぁ。小っちゃい頃は私の事大好きだったくせに......」



 俺はリーゼにしたように空間を急速に縮めていく。

 エレナはその力に耐えられず四つん這いになるが余裕の表情だった━━。



「必死になってて可愛い。子供のシャボン玉如きすぐに割ってあげるわ」



 エレナは縮まってる体勢から腕を限界まで伸ばし鋭い爪を使って簡単に膜を引き裂いた。



「ふぅ......お母さんはいつでも強いものよ? でもフェルの方は......強くなったと思えばこんなものなの? なら今度は私の番」



 零......薨去こうきょの大鎌━━。



 エレナが空間から生み出したのは俺の"創"と真逆の手法で生み出した真っ黒な大鎌だった━━。



「嘘だろ......」



「"零"は貴方の専売特許じゃないのよ? 創に関しては知らないけどフェルはまだ位が足りてないわね。それじゃチャンバラごっこを始めましょう」



 エレナは一瞬にして俺の首筋に刃を当てる━━。



「くっ......速いっ!」


「貴方が遅すぎるのよフェル......!」



 エレナが文字通り神速で鎌を振り抜く━━。




 キンッ━━!




「危ねぇ......死ぬかと思った......」



 俺は寸前のところで空間からバリアを創り出し攻撃をなんとか防いだ。



「何言ってるの、私は殺さないわよ? でもチャンバラにバリアってズルくないかな......? 審判がいたらペナルティ食らってる」


「ふざけんな......俺は素手なんだ。こっちは冷や汗で風邪引きそうなんだよ」


 当てが外れたなルキ......コイツ神より絶対強いぞ......!

 もしかするとルキより強いかも分からない、恐らく一撃喰らったら俺でも治せない力を持ってる......それを証明するようにさっきから震えが止まらねぇ━━。



「そんな怯えた目で見ないでよフェル、貴方にもう策が無いのは知っている。そして私から何も守れない事も......だって貴方は私に守られる存在だもの」



 パチンッ......!



 エレナが指を鳴らすと先程まで気絶していたはずのリーゼが立ち上がりこちらを向いた━━。



「フェル......助けて......!」



「何をする気だ...!」



「この女は愛しのフェルをたぶらかした上に傷つけた。罪な女よねぇ......だから死んでもらう」


「ふざけんな......リーゼは俺とパトラが裁くんだ! お前なんかに殺されてたまるか!」


「いいじゃない、お母さんが代わりに手を汚してあげるんだから。さあ自分で首を捻って地獄に行ってよ薄汚いリーゼちゃん」



 リーゼの腕からはドス黒いオーラが放たれ自分の顔を手で押さえつけた。



「やめろぉぉぉっ!」



 俺は瞬間移動移動してリーゼの動きを止めようとする━━。



「フェル......ごめんなさい......」







 




 零━━!

 








 パシッ......!



「フェル......!」



「ふざけんな......俺が.......俺が復讐するんだよこの女は......!」


 

 リーゼの黒いオーラは消え、寸前のところで自害を阻止することが出来た。



「まさか間に合うとはね......やっぱり私の技は相殺されちゃうかぁ。でも隙アリだよフェル━━」



 エレナは瞬間移動し、パトラの元へ立ちパトラを見つめる。



「パトラちゃん......私の指示に従いなさい。《真の魅了ウェールスチャーム》」



 パトラの口にドス黒いオーラが入り込む━━。



「うっ......! うおぇ......うぇぇっ......!」



「やめろぉぉぉっ!」



「ふふふ。コレで貴女はお人形......仕方ないからこのまま3人で暮らそっか」



 天啓発動...守護女神の刻印━━。



「は......?」



 異様な気配を感じたエレナはパトラから少し離れると、パトラは胸から真っ白い輝きを放ち黒いオーラを掻き消した━━。




「何......コレ......」


「まさか......あの時の刻印か!? 恐らく邪悪なものを刻印によって排除したんだ!」



 俺の言葉にエレナは先程には無かった怒りの表情を込み上げていた。



「なんと穢らわしいものを......この女狐め! お前はこの場で確実に殺す......零ノ奥義 《獄閻刃ごくえんじん》!」



 真っ黒な大鎌がパトラに向けて一瞬にして斬りつけられる━━。




 ズバァッ......!




「っ......!」













「い......ってえなぁ......」




「そんな......ジュノ......!」


「フェル......どうして......!」



 俺はギリギリのところでパトラに向けられた一太刀を身体で受け止めた瞬間に血飛沫が辺りに散った━━。



 零━━。


 零━━。


 零━━。


 零━━。


 

 やっぱり......傷口が塞がらないか......。



 創━━。


 創━━。


 創━━。


 創━━。



 ダメだ......血が止まらねぇ......。



「ジュノ......しっかりしてジュノ! モロンさん回復魔法を!」


「分かってる! 絶対助けるから!」



「パトラ......。俺は......いい......逃げろ......」




 血だらけの腕でパトラを抱きしめ、俺は力無く地面に倒れ意識を失った━━。

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