第38話 予想外


 俺達が移動してきた時、手前には兵士たちが何人も倒れており立っていたのはほんの数人だった。

 そしてその先にはローブを着た魔物と木陰に隠れた勇者と女、弓を構えている女がチラッと見える。


 久しぶりに母さんとリーゼの後ろ姿を見たな......しかし相変わらず勇者様を溺愛しているようだ、まあその方が俺は有難いが━━。


 そんな事を考えていると倒れている兵士の1人が俺に対し不信感を抱いて文句を言う。



「公式サポーターだって? ふざけた事を......そっちの女ならまだ分かるがお前に至っては鎧すら着ていないではないか。ただの一般人に何ができるんだ!」


「俺はこの鎧女のマネージャーなんだよ。スケジュール管理が主な仕事だ」


「ジュノはいつからマネージャーになったのよ......」


「それよりアレを見ろよパトラ━━」



 俺は勇者の方に指差して小声でパトラに囁く。



「何? 敵の弱点でも発見した?」


「違う違う、勇者のパーティほぼ女だぞ。ほら俺の言った通り女を侍らせてやがる」


「ジュノって......本当はハーレムしたいの? そんなことよりこれからどうするの?」


「俺1人で倒すと後々面倒な事になるからな......2人で連携して倒そう。アイツは俺の見たところ不可視からの攻撃しかダメージが通らない、俺のステルスを付与して奴の意識の外側から攻撃して殺そう」


「オッケー、じゃあ行くよ!」



 俺達は神速と瞬間移動を駆使してマレフィクトの元へ一瞬で駆け寄ると勇者達パーティメンバー全員は俺達2人を凝視する━━。



「誰だアイツらは。なぜこんなところに突然......まさか?」


「いいえ、フェルではありません......姿が全く違います。女性の方も私は見たことありません」



 エレナは俺を外見の違いからフェルと認識していないので勇者に間違った情報を与えていた。

 そして俺がパトラに施したスキル《他人の空似ミスリード》が上手く働いているようでパトラも認識されずに済んだ。


「ジュノ......技を発動するから上手くそれに乗せて奴を斬り刻んで」


「オッケー、だがあくまでも今回はパトラが結果的に始末した事にする」




 創、掩蔽えんぺい━━。



 俺の力によって俺とパトラは気配ごと姿を消した。



「っ! 2人が消えた! 隠密魔法か?」


「いえ違います! それなら魔力を消費するのでその際に発する魔力を私は感じ取ることができます。しかし今のは何も感じませんでした。なので文字通り消えたとしか......」



 勇者とエレナは驚きを隠せないまま辺りを見回していた。



「闇魔法......《ズローヴァルーチ》」



 マレフィクトは両手をあげて黒い光を溜めて放つ準備をしている。

 先程よりも光の大きさが増大されており奴の奥義とも言えるような技だった━━。



「あんなのを喰らったらひとたまりもない! みんな逃げる準備を!」



 その大きさと光の禍々しさに鎧を無くした勇者は怖気付き、仲間を連れて射程外に避難しようとしていた。



「パトラ、今このタイミングが恐らく一番隙があるはずだ。これより小さいさっきの技も光を溜めて放っていたからな」


「分かってる、じゃあ行くよ! 神至地カムイタチ!」



 マレフィクトの背後から放った巨大な竜巻は俺の姿を完全に隠してくれていた。



「...!」


 マレフィクトは一瞬振り向くが竜巻に気を取られ、跳躍して後頭部に忍び込んだ俺の事を認識していない。



「根暗な四天王さんよ......来世はローブを脱いで視界良好にするんだな」



 創、大堕天使の業火アスモディフェルノ━━。



「ク゛ァ゛ッ !」

 


 竜巻の中から真っ黒な炎......というより巨大な黒いビームが竜巻を突き破るように放たれマレフィクトを一瞬で灰にし俺は地上へ着地した。



「す、すごい......竜巻を囮にして大技を放つなんて。あの子何者?」


「何故......剣神の技を......まさか!」



 マレフィクトが殺される一部始終を見ていたリーゼは驚愕し、モロンはパトラが剣神の技を放っていた事に疑問を感じていた。



「なぁ......竜巻で俺のカツラ取れてない?」


「はい!? それカツラだったの!?」


「冗談だよ、それよりよくやった。あの剣神の竜巻よりも全然デカくてびっくりしたよ......体千切れるかと思った」


「そのまま股間も千切れれば良かったのに。そしたら女の子に悪さなんて出来ないから」


「おー怖っ」


「なんてね、ありがとう」


「あなた達......何者かは存じ上げないけど本当に助かったわ」


 俺たちの話に割って入った母さんエレナの姿に俺は思わず固まる。

 俺を捨てたあの日の容姿から全く歳を取っていないのだ。

 恐らく何かの魔法だと思うが、眉唾抜きで全ての男を虜にするような顔とスタイルだな......気持ち悪い━━。


 そして俺を殺そうとした時と同じ冷たい目・・・・がそれをさらに引き立てているような気がする。



「いえ、国王から頼まれた仕事なので礼には及びません」


「謙虚なのですね......その見惚れるような整った顔立ちと恐れる者がいないようなその瞳、きっとご御両親は立派に貴方を育てたのですね。それにそちらの女性の剣技も素晴らしかった、まるで亡くなったサーシャのようでした......」



 皮肉か? お前に育てられたんだよ途中まではな。

 それにサーシャの剣神を付与したんだから当然だろ━━。



「俺に両親はいないので......。我々は失礼します、行こうパトラ」


「あ......うん」


「あっ、ちょっと......!」



 これ以上コイツの顔を見ているとここでミートボールにしかねない......。



「待ってくれ! 君たちは何者だ......助けてくれた礼をさせてくれないか?」



 来た......! 全く久しぶりだな、少し歳をとって顔つきが変わったが外面の良さとその裏に秘めたクソっぷりは変わってなくて安心したよ。



「お礼? そんなの良いから兵の手当てをしてやって下さいよ勇者サマ」


「え? ああそうだな......ところでそちらの女性は? とても美しい......君たちは夫婦か?」


「え......? いや......えっと......」


「ええ俺たちは新婚の夫婦です。毎日毎晩ベッドの上で互いの愛を確かめ合ってますよ」


「は!?」


 パトラは俺の発言に驚き俺を凝視する。

 そして勇者もまたその発言に口元がニヤリとしていたのを俺は見逃さなかった━━。



「そうか、僕もこの2人を愛しているから気持ちはわかるよ。それと悪いんだが今回は全員で倒したと国王には伝えても良いか?」


 何もしてないくせに自分の手柄にするコイツやべぇな......まあ俺には良い手柄なんてどうでも良い。

 今のうちに調子づいてもらえれば絶望への落差が激しくなるしな━━。



「構いません、その代わりそこにいるモロンって人に話があるんですけど一緒に来てもらって良いですか?」


「えっ......僕?」


「ジュノ......どう言うこと? コイツは......」


「それは後で説明する。少し気になってね......」



 突然の指名にパトラは不審がり、モロンはしどろもどろしていたが勇者は邪魔者がいなくなって清々するかのような顔をした。



「ああ、全然構わないよ。モロンは今の戦いの責任をとって今日限りでパーティはクビだしね。ただしモロン、余計な事は話すなよ?」



 勇者が不敵な笑みを浮かべてモロンに目配せする━━。



「わ......分かった」


「では行きましょう」



 モロンはビクビクしながら俺達と一緒に転移魔法で転移された勇者一行の施設に帰り、広間のテーブルに腰を掛けた。



「それで......僕に何か用があるんですよね......」


「聞きたいことがあります。その前に名前を......俺はジュノ、答えなかったら速攻でこの隣にいるパトラがあなたを殺すので正直に答えてください」



 パトラは目の前の仇に殺意を向けながら柄を持ち、いつでも抜刀出来るように準備をしていた。



「な、何でも答えます......」


「よし......ではあなたはとある村で人体実験をしていたのは間違いありませんか?」


「はい......間違いありません......っ......」



 今にも泣きそうな表情でモロンは頷き、パトラはその答えに悪鬼のような表情を向けていた。



「ジュノ......聞きたいことは聞けた。殺して良い?」


「待て、まだ聞くことはある。モロンさん本当のことを話してくれ、その実験を主導していたのはあなたですか?」


「......はい......僕が主導でやりました......」


「貴様ぁっ!」


「落ち着けパトラ! ではそれが本当か今からこの指を使って確かめます」



 俺はモロンの頭に指を突っ込んで記憶を確かめようと手を伸ばす━━。



「待ってください......! だめです......今この施設は盗聴されている。全て勇者に筒抜けです......」


「盗聴ね、それってこれのことか?」



 俺はいくつかの割れた魔石をテーブルに置いた。



「なぜそれを......!」


「俺は他人にトイレの音を聞かれたくない主義でね。ここに到着した時に全部壊しといた」


「だからあの時部屋中の壺やらタンスを物色してたのね!?」


「そういうこと、無意味にお家芸やってたわけじゃないよ。さあこれで安心です、本当のことを話してください」


「わかりました。あの村での出来事や勇兵団の干からびた遺体の件を主導していたのはエレナ様.......そしてリーゼ様です」



 あの2人か......信じたくなかったけど予感はしてたよ......。



「本当か? 貴様はあの2人に罪をなすりつけてるだけじゃないのか?」


「本当なんです! もし何かあった時に全て僕のせいになるように勇者から勇兵団の者達には僕の名前が使われていたんです! 僕にはあんな事できない......それに......」


「それに、何だ?」


「僕はリーゼ様が仲間になるまで勇者の魅了に掛かっていました、そして僕は喜びながらアイツのモノを......。それとこれを見てください......」


 モロンは服を脱ぎサラシを解いて俺たちに上半身を見せた。

 その肌には無数のアザがあり、誰かに痛めつけられていたのは明白だった。

 そしてサラシを取った事によって曝け出された乳房にも......。


「モロンは女の子だったんだ......。それにしても酷い......これ全部勇者が?」



 パトラの言葉にモロンは涙を浮かべて頷く━━。



「僕に魅了の効果が解けた時からずっとなんです。夜は無理やり犯されて昼は叩きつけられて......こんな生活もう嫌......! 何で僕は大賢者のスキルに選ばれてしまったんだろう......ひぐっ......うぅっ......グスッ......うあぁぁぁ......!」



 モロンはダムが決壊したように抑えていたものが溢れ出し嗚咽を交えながら涙を流していた。



「勇者は愛する人が居る人を狙って奪っていくんです。それを何年も見てきました......魅了の時は何も感じる事は出来なかったけど解けた時から罪悪感と勇者との情事を思い出して彼の顔をまともに見れなかった、それで勇者は気がついたんでしょう。魅了が解けた僕には暴力で従わせるしかないと......」


「 酷い......今からクソ勇者の所へ行って首を切り刻んでやる!」



 パトラは怒り狂い今にも惨殺しそうな勢いで玄関を出ようとする



「待て! 今殺すのは早計だ!」


「なんで! 勇者はあんなに弱いんだからすぐ殺せるじゃん! 私はアイツを絶対許さない!」


「気持ちはわかる! しかしあんな雑魚でも魔神を倒すとされている唯一の存在だ! それに奴が死んだら......魅了に掛けられたままの状態で発動者が死ぬと後追いで死ぬ効果になっているんだよ......」


「だから何!? もしあの2人が掛けられていたなら全員殺せて一石二鳥じゃん!」


「そうだが! 俺はすぐに殺せない......!」


「何で!? いつものジュノなら簡単に殺せるじゃない!」


「あの2人はな......俺の......俺の母さんと、婚約を誓った幼馴染なんだ......!」


「それ......どういう意味......」


「そのままの意味だ......今まで黙っていてすまない......」


「そんな......今まで私に嘘をついてたって事......?」



 パトラの哀しそうな目に俺は頭を下げて視線を背けることしかできなかった。

 

 そんな中モロンが口を開く━━。



「でもそれっておかしいですよね......あの2人はジュノさんを認識してませんでしたよ?」


「それは少し話が長くなる......端的に言うと俺は一年前にリーゼに殺された。その時に別の空間に飛ばされ身体と名前を変えてつい最近その空間から帰ってきたんだ。そしてもっと言うと唯一の肉親であるエレナには7年前に殺されかけ、捨てられた経緯もある━━」


「そんな......ジュノは愛していた2人から酷い目に合わされて、現在は魅了のスキルで2人が人質同然にされている可能性があるってこと?」


「ああ、だが俺はパトラが母と幼馴染を殺すのには全く反対しない。ただもし魅了に掛けられたままだった場合、今勇者を殺して後追いで簡単・・に死なれる事だけは絶対阻止したい。それと魅了関係無しに2人には確実にこれまでやってきたケジメを取らせる。だから今だけは俺を信じて欲しい......」


「そんな過去を聞かされて信じない訳ないでしょ? バカ......もっと早く言ってよ......」


「ごめん......俺は暗い話が苦手でね」


「ダメ、許さない......今日は一緒のベッドで寝て。私と手を繋いで寝るの」


「何だその罰......変なの」


「あの......僕はどうすれば良いですか? 僕さっきパーティクビになっちゃったし......」


「モロンさんも私たちと一緒に行動しようよ。勇者に恨みがあるのは皆同じだし」


「ああ、とりあえずこのイカ臭い部屋を出て王都へ帰ろう」



 俺たちは転移魔法で王都へと帰った━━。

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