終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫〜

第十四話 呪詛の危険性

　イリアを部屋のベッドに寝かせたルーカスは、シャノンとシェリルにその場を任せ、リシアの待つ談話室へとやって来た。

　談話室は他の部屋に比べ窓が多くあり、陽の光を取り入れ明るくなるよう設計された部屋だ。

　応接室として使う事もあるが、こちらは複数のテーブルと椅子、本棚などを備え付けており、歓談の場として使われる事が主だった。

　談話室を訪（おとず）れると、先に来ていたリシアが立った状態で本に目を通していた。

「座って待っていて良かったんだぞ」

「あ、お時間頂きありがとうございます」

　声を掛ければ、こちらに気付いたリシアが本を棚に戻し、深々とお辞儀した。

　ルーカスは近くの椅子へ足を運ぶと、リシアに座るよう促（うな）がす。

　彼女が着席するのを確認してから自身も腰を下ろし——本題に入る。

「それで、話と言うのは？」

「単刀直入に聞きますね。イリアさんは——教団の使徒。旋律（せんりつ）の戦姫（せんき）、レ（・）ー（・）シ（・）ュ（・）……ですよね？」

　リシアが口にしたイリアの素性は正解だ。

　〝レーシュ〟というのは、使徒としてのイリアの名前。

　どこで気付いたのか、あまりにも正確に言い当てるものだから、こちらが驚かされてしまう。

　ルーカスは「ふぅ」とため息をもらして肘（ひじ）を組むと、左手を額（ひたい）に当てた。

「……何故、そうだと思った？」

「あはは……傷（・）痕（・）とか、色々と見てしまったので。でもこれで納得がいきました」

　リシアが苦笑いを浮かべている。

「だとすると教団に頼るのは難しそうですね。神力を扱う高位神官なら、解呪出来るかも……と思ったのですが」

「駄目だ。教団に関われば、情報が漏（も）れ伝わるかもしれない。危険な橋は渡れない」

　ルーカスはきっぱりと否定した。

　リシアの言う神力（しんりょく）とは、マナとは異なる神秘的力の源（みなもと）だ。

　魂に宿る力と言われているが、全ての人に発現する力ではない。

　神力を必要とする魔術は〝神聖魔術（しんせいまじゅつ）〟と呼称（こしょう）される。

　マナと掛け合わせた術が多く、その効果は通常の魔術より遥（はる）かに強力だ。

　扱うには訓練が必要なのだが——訓練法は教団が独占しており、神力を使える者のほとんどが教団に所属している。

「ですよね。となると、現状ではイリアさんが自力で解呪する可能性に賭（か）けるしかありませんね」

「自力で解呪する手段があるのか？」

　ルーカスが訝（いぶか）しげな視線を送ると、リシアは「ええっとですね……」と、説明を始め——専門用語の羅列に小難しい話を聞かされた。

　真剣に耳を傾（かたむ）けていたのだが、如何（いかん）せん結論に至るまでの過程が長く、最後の方は完全に脱線していた。

　長蛇となる豆知識の披露に頭を抱（かか）えていると——それに気付いたリシアがハッとして口を噤（つぐ）み、こほんと咳払いをした。

「と、ともかくです！　難しい話（理屈）は一旦置いといて。長い目で見れば可能性はあります。イリアさんの持つ〝力〟が、呪詛（じゅそ）という害悪を放っておかないはずですから！」

　僥倖（ぎょうこう）だった。

　呪詛（じゅそ）と聞いた時はどうなるかと思ったが、解呪の可能性があるなら希望はある。

　しかし、喜びも束の間。

　表情を曇（くも）らせたリシアが「ですが、気を付けて下さい」と、前置きをした。

「無理に記憶を思い出そうとすると、最悪命を落とすかもしれません。先ほどの様に記憶を刺激し、大きく封が揺さぶられると、反発した力が刃となってイリアさんの命を危険に晒（さら）します。

　イリアさんに掛けられた呪詛（じゅそ）は、それほどまでに凶悪なものなのです」

「命を落とすとは……穏（おだ）やかじゃないな」

　だが——呪詛（じゅそ）の力で苦しむイリアの姿が尋常（じんじょう）ではなかったのも確かだ。

「過去にまつわる全ての情報を遮断（しゃだん）するのは難しいでしょうが、根幹に触れるのは自殺行為です。記憶に関する話題は出来るだけ避けてくださいね」

「……わかった」

「解呪については、私も何か出来る事がないか調べてみます」

　ルーカスは「頼む」と短く、だが力強い声でリシアに伝えた。

　残念ながらルーカスは魔術の造詣（ぞうけい）に詳しい方ではなく、まして治癒術となると専門外のため、この件において力になれる事はない。

　反してリシアは治癒術の専門家（エキスパート）。

　今は無理でも、何かしら解呪の糸口が掴めるかもしれない。

　彼女に一縷（いちる）の望みを託（たく）した。

（あんな風にイリアを苦しめる呪いから今すぐに解放してやりたい）

　逸（はや）る気持ちが胸を占（し）めるが、ぐっと堪（こら）える。

　解呪のためとは言え、迂闊（うかつ）に外部は頼れない。

　呪詛（じゅそ）についてはイリアが自（みずか）らの力で解呪に至るか、リシアが何かしらの方法を見つけるのを待つしかないだろう。

　——そうしてリシアとの話はひとまず終わり、ルーカスはイリアが眠る部屋へと舞い戻る。

　呪詛（じゅそ）の件もあり、シャノンとシェリルにイリアの背景を話すか迷ったが、結局伏せる事とした。

　彼女が何に巻き込まれたのか未（いま）だ鮮明ではないため、やはりこれ以上知る人間が増えるのは危険だと判断したのだ。

　二人には呪詛（じゅそ）の概要（がいよう）と危険性を伝え、彼女の過去について触れる事を禁忌（タブー）とした。