4話 いつか花柄ピンク
葬祭業という仕事柄、<テオス・サービス>は年中無休になっている。
トニーの場合、休日がシフト制になるこのほうが都合がよかった。土、日曜日が休みの友人などいないし、休暇を平日にとることで、用があっての外出も混んでいない中ですませることができた。
ソニを海に連れていく今回も、人の少ない平日になった。
ただ、仕事の合間の一日だけの休日で日帰りになる。慌ただしいが、休みがまとめて取れそうな別の機会にのばす気にはなれなかった。
次のオフも生きているとは限らない。そういう仕事をしている。
トニーが過ごす街は、年間を通して雨が少なく、冬の寒さもさほど厳しくはない。
それでもさすがに年末に向かうにつれて徐々に下がっていく気温に、冬本番の到来を感じた。
出かける日の朝、トニーは用意してきたコートをソニにわたした。
「リザヴェータに買ってきてもらった。とりあえず、今日はこれを着ておいて」
ソニが両手で受けとった。淡く明るい色調のグリーン、ショート丈のダッフルコートをまじまじと見る。
原色をつかったブルゾンをチョイスしそうなリザヴェータに釘をさし、機能性を必須条件にして選んでもらった。
「ティーンの女の子にあげるなら、もっと明るい色でとかブツブツいわれたけど、まだ身を隠す必要があるからね。そのうちまたソニの好きなデザインに買い直せばいい」
「これも明るいです。大丈夫ですか?」
「ソニの歳で都市迷彩を着るほうが目立つ」
「…………」
「このまえ、身バレを防ぐための帽子を買ったよね。あのときソニが、モスグリーンのキャップを選んだ理由を言ってみて」
買ったのはライトパープルのソフトなデザインのものだが、ソニは最初、ミリタリー調のワークキャップを選ぼうとしていた。
「地味がいい、思いました」
「けど、あたしはライトパープルに変えさせた。どうして?」
「……わかりません」
「地味にするのは正解なんだけど、おさえた色の外見をつくるだけじゃ、目立たないための正解の半分でしかない。
ソニの答えに欠けていたのは、まわりに溶け込むこと。ソニぐらいの年頃の女の子で、くすんだ色をすすんで選ぶ子は少ない。隠れながら戦うようなこと、してないからね。だからみんな好きなデザインで選んでる」
「…………」
「ひとの好みはいろいろだから、もちろんグレーや黒が好きな女の子もいる。でも、どこにでもいる女の子にカモフラージュする場合は、選ばれることが多いものが
ソニの表情が、目の前で救助ロープが切れたかのようになった。
「わたし、言われた仕事しか、できないですか? つかいもの、なりませんか?」
「そこまで深刻に考えなくていい」
トニーは苦笑いするでもなく、
「ソニは特殊な環境にいたせいで、ありふれた光景の基準がわからなくなっているんだと思う。この国にきてからも、あたしみたいな業種の大人ばかりに囲まれて、観察から学ぶ機会もなかったしね。
だから、これから見聞をひろめていけばいい。それぐらいの猶予はバイロンもくれる。
勉強しろって言われたでしょ? 単に教養を身につけろっていう話じゃない。いい判断をするための考え方の訓練をして、知見……たくさんのことを知って、その都度で適切な判断をだせるようになれっていってるの。というわけで──」
グリーンのコトーを指した。
「今日の外出には、おとなしくそれを着て。ピンクや花柄よりはマシでしょ? 丈もショートで動きやすさを確保してある」
「はい……」
おとなしくコートを着たソニが、ライトパープルのキャップをとってきた。
「今日はキャップはなくてもいいんじゃない? ファッションはよくわかんないけど、コートの色とあってなさそう。髪も染めて目立たなくしたことだし」
「大丈夫、ほんとですか……?」
洗面所へいき、背伸びして鏡をのぞき込んで確かめる。
落ち着かないのは、着慣れない色が恥ずかしいのかもしれない。普段は無彩色やブラウン系といった色ばかり着ている。
カラフルな色を、好きなデザインを、ためらいなく着られるようになったとき、ソニも自由を取り戻しているはずだ。
「顔、そのまま……大丈夫?」
鏡の前でまだ悩んでいた。
「帽子で髪と目元を隠すのがクセになったな。移動は車だし、そんな気にしなくて問題ないはずだけど」
トニーはクローゼットから使わなくなった黒のニット帽をだした。
「気になるならこれ使って。ライトパープルのキャップよりはあってるし、防寒にもなる」
ソニの表情がニット帽ひとつで、わかりやすく明るくなった。ライナスの毛布みたいだ。そんなくたびれたニット帽ではなく、新しいコートの方で喜んでほしいところだが。
トニーも厚手のジャケットに袖をとおした。この寒いなか、海風に吹かれにいくことになるとは。さらにマフラーをまきつけた。
ソニの望みなら仕方がない。
頭を温めると、身体全体が温まると聞いたことがある。
ソニは、ニット帽にふれた。
トニーがくれたニット帽があれば、きっと寒さなんか感じない。
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