第21話 黄龍と共に永遠の時を生きる

 紀元前11世紀中頃、殷王朝時代

 豊邑は周軍によって陥落した。こうして西伯姫昌は西方に敵対勢力が無くなり中華圏西方の王者となった。

 西伯姫昌は、周国の本拠を周原より『豊邑に移し首都(豊京ほうけい)』とした。⒈


 しかし西伯姫昌は、殷虚に侵攻する決断を行わなかった。

 黄河北岸街道耆国軍と黄河南岸街道冀州封丘軍は駐留したままです。

 このため中原の諸侯、領主の間には「西伯姫昌決起待望論」が流布されていく。


 ここは黄河北岸邑郡冀州魯邑の領主魯氏の館。

 魯氏基、領主の弟、魯氏たくみ、英が話合っている。

「西伯殿はいつ決起すると思う?」

 と領主基が弟創に尋ねた。

 「分かりません…」

 と創が難しい顔で言った。

 「英、今度はそなたが出陣し魯邑軍の指揮を執るのだ」

 「ハイ、父上!」

 英は、緊張と期待に満ち凛とした表情になりました。

 魯邑の領主は、黄河北岸街道耆国軍の指揮官である丹と親交を深め友好を築こうとしている。


 ここは黄河南岸邑郡、豫洲鄭邑の領主鄭氏の館。

 領主鄭氏開、長男唯、次男弐が話合っています。

 「唯、お前が鄭邑軍の指揮を執れ!」

 「私ですか?父上?」

 「兄上、大丈夫です私が副官としてついています!」

 と弐が兄を気遣う気持ちで言った。

 「弐、頼むよ!」 

 それを見ていた領主鄭氏開は、不甲斐ない後継ぎの唯にイラ立った。

 「唯!下のきょうだいを見習え!」

 と大声で怒鳴った。

 讃、思、吾は、黄龍観の出家修行者として中原の治山治水事業に従事し黄龍の使命を実行している。

 長女詩は、今年黄龍観の学問所に出家している。そして末っ子の鹿も2年後に学問所に出家することになっている。

 領主鄭氏開は、40歳を越えようとしている。彼は、西伯決起を見届け、鄭邑の行く末を次世代に継承しようとしている。


 さて、その年の中華圏の雨季は長雨となり雨は強弱を繰り返し降り続いた。

 五黄と葵は、黄河南岸に造成した堤防、遊水池、畑作灌漑用水の点検で雨の中ずぶ濡れになりながら黄河南岸街道を走り回っている。


 「地主さんたちや農民の皆さんを避難させる判断をする方がいいかな?」

 「一旦分観に戻ろう、ア~君」


  五黄と葵は、黄龍鄭邑分観に戻ると分観主地黄が部屋を『火炕かこう

 を暖かくして葛湯を火に掛けて待っていてくれた。⒉

 五黄と葵は、雨でずぶ濡れです。2人は、火炕で暖を取り葛湯を飲んで温まった。


 黄龍観の天文台の気象記録係の導師によれば、しばらく雨は降り続くだろう  との事だった。

 黄龍鄭邑分観主地黄は、黄龍斟群しんぐん分観に地主と農民を避難させることを決断する。五黄と葵は、分観主地黄から渡された笠と蓑を着て再び黄河南岸街道に向かった。


 すると街道を西向かって来る集団があった。

 「地主さんたちだ!」

 五黄と葵は顔を見合わせる。

 黄龍観の信者の地主たちは、農民を引き連れ避難して来た。

 五黄と葵は、黄龍観の信者の地主たちと共に黄河下流域とその支流の堤防、遊水池、畑作灌漑用水路を施工造成し来たのです。

 地主たちは五黄と葵に

 「川の水位計が避難の位置まで達したので自主的に避難して来ました」

 と地主が言った。

 「五黄様と葵様の指示のおかげです、ありがとうございます」

 と地主たちと農民たちはそう言った。

 五黄と葵は、その言葉でこれまで苦労が報われた気がした。

 「皆さん早く避難してください私たち避難の呼び掛けを続けます」

 「五黄様と葵様、気を付けて下さい」

 「ありがとう」


 雨は次の日も降りつづいた。

 五黄と葵は、ふと黄河を見て戦慄する。

 濁流が黄河の堤防の法面のりめんを越えているのを見た。

 濁流が黄河の堤防を越え、黄河南岸街道に溢れている。

 五黄は動揺し

 「私たちが遊水池の設計に失敗したのです!黄龍様これが天、地、海神と

  の水循環の約束ですか?責めを負うのは私たちです!」

 雨音と濁流で五黄の声が聞こえない…

 「いつもは私の声を黄龍様は聞いて下さるのに…」

 「黄龍様!聞こえないのですか…」

 「黄龍様…中原を…私のきょうだいたちを守って下さい…」


 しかし濁流は、黄河の堤防を破壊し始め容赦無く五黄と葵に襲い掛かった。

 「逃げろ!葵!」

 「あー君!」五黄は葵をかばう。

 しかし、濁流にのまれる五黄と葵。

 次の瞬間、滝の様な大雨は降り止んだ。


 「大丈夫だ、五黄、葵、我が見守っていると言っただろ」

 と2人は黄龍の声を聞いた。

 黄龍が目映い金色に輝く光球と共に降臨。そして黄龍は、濁流よって決壊した黄河の堤防を霊力で堰き止め五黄と葵を救い上げた。

 光球の中に五黄と葵の姿があった。


 「黄龍様…ありがとうございます…雨を止めてください黄龍様」

 「五黄よ!天、地、海神との水循環の約束はそなたの願いだけでは変わらない」

 「…はい…」。

 「五黄、葵そなたたちに不老不死の身体を与える我と共に永遠の時を生きよ!」

 五黄と葵は、不老不死の身体を黄龍によって獲得した。

 そして2人は、黄龍の使者になった。

   

  「ア~君、壊れた堤防、遊水池、畑作灌漑用水はまた造り直そうよ」

  「遊水池もっと大きく造成しょう」 

 2人は、黄龍の治山治水お告げの使命を実行します。


 それからしばらくしてから。

 五黄と葵は、不思議な事が起きた。

 白龍観の桃白、沢、江氏汰、湧の呼びかける声が耳元で聞こえるのです。

 それに黒龍観の智徳、満堂、水月の呼びかける声が耳元で聞こえるのです。

 五黄と葵は、気のせいかと思った。けれど五黄と葵の間でも呼び掛けができる事に気が付いた。戸惑う五黄と葵。


 しかし葵は、好奇心で桃白と水月に話し掛けてみた。

すると葵は、女子トークに花を咲かせキャッ、キャッと楽しそうだ。

 五黄は、楽しそうな葵の様子を見て、学問所でも葵が女子だけで

はしゃいでいていたことを懐かしく思い出す。

 五黄は、智徳と桃白の呼び掛けに答えた。


「智徳?この感覚は何?」

「五黄、これは念話です」

「念話?これは智徳の術かい?」

「五黄様聞こえますか?桃白ですこれは術ではありません。五黄様と葵さんは

 不老不死の身体を獲得し五感が鋭敏になったのです、念話はその能力の1つです」


 驚く五黄と葵。けれど五黄と葵は学問所の同期のみんなと連絡とれ合えるだけで安心した。

 

 「桃白です五黄様、みんな龍様から

  “我と共の永遠の時を生きるのだ”という呪文を聞いています」

 「智徳です五黄、実際不老不死の身体かどうか分からないしね、

  黒龍様は適当だから…」

 「五黄様、沢です。五感は使う時まで仕舞っておいていた方がいいですよ」

 「五黄です沢、それって…いざと言うと時に使える様に普段は休ませてお

  くってことかい?」

 「そういうことです五黄様」

 「ありがとう沢!やってみるよ!」

   

 黄龍様、白龍様、黒龍様はみんなを見守ってくれている。けれど龍様は、みんなを見ていて危なっかしいから不老不死の身体を与えたと解釈している。五黄も葵もみんなの解釈に納得した。


 学問所の同期みんなは、五龍のお告げである治山治水の使命が思うように進まなくて四苦八苦している。

 誰かが五龍様のお告げは「修行です」と言ったのでみんなで笑い合えた。

 五黄と葵は、久しぶりに学問所の同期のみんなとテレパシーで話し合えた。

 五黄と葵は、まるで学問所で勉強していた頃に戻った気がしたのです。

 いつでもあの頃に戻ることができる、 何ものにも代えがたい仲間がいることに

 五黄と葵は安心したのです。


 さてここは中華圏西方周国の主都豊京、その年の夏は暑くて雨が多くなった。

 高齢の姫昌は、酷暑と長雨で体調を崩してしまいました。薬師の診たてよれば、冬を文王は越せないかも知れないとの残酷な告知を受けた家族。

 妃の太姒、発、丹そして子どもたちが駆け付けて姫昌を見守ります。

 

姫昌は妃の太姒に

「苦労をかけてすまない…これまで ありがとう…」

発、丹そしてきょうだいたちに

「よい子たち、発の言葉は余の言葉と思い立てるのだ…」

 従者沁が呼ばれ  

 「これまで尽くしてくれてありがとう。沁よ、妃に仕えてやってくれ。      

  殉死ルじゅんしはだめだぞ…」

 と言い残し姫昌は亡くなった。


 巨星墜つ、中華圏西方の王者、西伯姫昌が死んだのです。

 姫昌は、中原の交易品の生産地中原の諸侯領主を従え中華圏の交易の主導権を執った。そして西伯姫昌は、中華圏西方の諸民族を従え中華圏西方の王者となった。

 しかし姫昌は、殷虚に侵攻する決断を行わなかった。周国と中華圏の行く末を次世代の発に託された。


 発は、姫昌の廟を建立した。そして発は、周国の太子武王となる。呂尚は、武王を補佐した。⒊

 丹は、黄河北岸街道耆国駐留軍の指揮官とした。また召公奭しょうこうせき息子の『姞克きつかつ』は、黄河南岸街道冀州封丘駐留軍を指揮官とした。⒋

 こうして西伯姫昌の周国と中華圏の政治を武王が引き継いだ。


 紀元前11世紀中頃、西


 第22話 武王起つ殷虚侵攻 牧野の戦い つづく


 本文の『』は引用

 文末の数字は解説と引用

 第21話解説と引用を参照

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