第5話 五龍の中華圏  秋の農耕祭

 紀元前11世紀初頭殷王朝時代末期、黄河下流域南岸の治水現場。

 鄭氏吾は、黄龍観の学問所に出家した兄たちとの約束を果たそうと思っている。

 吾は、黄河南岸の『鄭邑船着場』補修工事現場で、できる範囲の力で工夫として働くことになった。⒈

 しかし吾は、仕事より『秋の農耕祭』の飾り付けの事で頭がいっぱいです。⒉

「去年の栗は美味しかったなぁ…今年も栗が豊作と聞いたし…」

「菊の鉢を、どうやって飾ろう?思兄上に聞いとけばよかった…」⒊

 現場でそんな事を考えていると…

「あっ!?」


 吾が現場で足場から転落し、工夫小屋に運ばれて来た。

 葵が吾の看護を行っている。


  「おでこにたんこぶが出来ただけね、大丈夫!ハイ濡れた布の湿布」      

「ありがとう葵」  

「わざと足場から落ちたの?アタシに会いたくて?」

  「そんな事ないよ!」

 吾の頬と福耳が、薄っすら赤くなった。

 葵は、吾の気持ちが素直なので、かわいいなぁと思った。


「ア~君が、配属されてこの工夫小屋にやって来た時に、早々にやったでしょ?」

「えっ?酔っ払いの工夫の事?」 

 夕方、仕事が終わり工夫たちは、食事をとり一日の疲れを酒で仕事の憂さを晴らしている。

 吾は、ひとり浮いている。

 ふと見ると、酔っぱらいの工夫が葵に絡んでいる。

「やめろよ!嫌がっているじゃないか!」

 吾は、かっこイイつもりだった。

 葵も吾を見つめている。

 

 しかし…

 「棟梁の娘さんに何をする!」

 工夫小屋の男たち全員で、その酔っぱらいを追い出した。

 吾は理解した、この現場の男たちを仕切ってのるは葵であることを。


 葵は、棟梁の娘であり、立派な現場頭なのです。

「ア~君は、小さい時から変わらないね~」

 葵が吾を、子ども扱いしている。吾は、少し不満だけれど…

「…ねえ葵、秋の農耕祭の黄龍観分観と霊廟の飾り付けを、

  手伝ってくれないかい?」

「そう言うコト…もちろん手伝うよ」

「ありがとう葵」


 さて、黄河北岸冀州魯邑では。魯氏智と畢氏満と月が牛の荷車を使い『菊の鉢』を魯邑中集めて回っています。

 智は、巻き毛を刈り上げて、丸い頭になったことを気にしています。

 「気になるの?」

 月が智に聞きました。

 「うん…心配しないで月」

 智にとって巻き毛は、兄と母の絆と思っています。それに兄から貰った木彫りも肌身離さず持っています。

 「ウチの邑の人たちは、菊が好きだね」

 と満が言った。

 いつの間にか荷車は、菊の鉢でいっぱいになっていました。3人は、荷車を借りた智の叔父の工房に菊の鉢を置き、また集めて回ろうと思っています。

 すると、叔父の工房の玄関に兄の英が立っていました。  

 「兄上!」

 智が跳ねるように、英に駆け寄った。兄弟2人は、抱き合い再会を喜びました。

 「兄上様お帰りなさい」 

 満と月が英に挨拶をしました。

 「あっ!ごめん荷車押すね」

 

 叔父創が玄関より顔を出しました。

 「秋の農耕祭の飾りつけが、3人だけだと大変だから英の帰って来てもらったよ」

 「そうなのですか兄上」

 秋の農耕祭で治水現場も5日間休みになった。   

 魯氏英と智、叔父創、満と月の5人は、黒龍魯邑分観と魯氏先祖代々の霊廟に菊の鉢を飾り付けます。


 ここは隴西地域にある葛邑。葛氏山桃と従者沢の2人は、ここ葛邑でも秋の農耕祭の準備が行われていた。

 山桃は、薬師を目指しています。また山桃は、「生薬療養所を設立する」夢を描いています。

 山桃の抱く夢に霊獣白龍は、仁愛の徳を認めた。白龍より、山桃は不老不死の身体を与えられた。

 

 山桃は、不老不死の身体を獲得しても、以前と変わらない日常を送っている。

 しかし山桃は『五感』に違和感を持つ様になっていた。⒋


 「ねえ沢、ちょっと話があるの」

 「ハイお嬢様」

「沢って山に入るとすごく五感が鋭敏でしょ?

 私も最近五感が敏感になったのかなぁ…」

 「俺たち狩猟の民は、獣と命のやり取りの戦いをするからそうなります」


 沢は狩で視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を後天的に鍛え上げてきた。身体能力と五感が連動し獣と命のやり取りの戦いを行う。⒌


  「たとえばあそこのキツネがいます」

 沢の指さす方向に、キツネが入り込んでいた。

  「あれ?あんな所にキツネ?どうやって」

  「キツネも五感を使って生き残ろうと必死です」  


 すると

  「こいつら…白龍の使いか?」

  「えっ?!」

 キツネの声が聞こえて驚く山桃。

  「あのキツネは俺たちを警戒している様です」  

  「お嬢様、五感は使う時まで仕舞っておいていた方がいいですよ」

  「それって…いざと言うと時に使える様に普段は休ませておくってコト?」

  「そういうことです。常時使うと疲れるだけです」

  「よい助言ありがとう沢」  


 ここ隴西地域葛邑でも菊の鉢を飾りつけ秋の農耕祭の準備が行われていた。


 旧暦9月9日には、中華圏各地で秋の収穫に感謝する農耕祭の祭典が開催されました。嵩山黄龍観では、黄河南岸の邑群の領主達や豫州の工匠、長距離交易商人など、黄龍観の献納信者が一堂に会していた。


 豫州黄河南岸邑群鄭邑の、黄龍鄭邑分観や鄭氏先祖代々の霊廟で、吾と葵が飾り付けた菊の鉢が華やかに飾れて、邑のみんなが秋の農耕祭を楽しんでいる。


 「お兄様、ゆっくり食べなさいよ」

  吾のすぐ下の妹,詩(うた)が言います。

 「あ~君は、栗が好きなのね」

 葵は、吾が栗を口いっぱいにして食べているのを見て、微笑んでいる。

 「この甘さがいい!」

 鄭邑みんなが、黄龍鄭邑分観や鄭氏霊廟に集まり唄い踊って楽しんでいる。


 秋の農耕祭の唄 

 私たちは9月9日に秋の収穫に感謝する

 私たちは感謝と願いを込めて歌う

 菊酒を飲んで乾杯する

 秋の味覚と菊の香りを楽しむ

 秋の味覚と菊の香り

 美味しい料理に舌鼓を打つ


 北方の恒山黒龍観では、黄河北岸の邑群の領主や工匠たちが黒龍観の献納信者として集まりました。

 同様に、冀州魯邑でも黒龍魯邑分観と魯氏先祖代々の霊廟に華やかに菊の鉢が飾られ、英と智、畢氏満と月,邑のみんなが唄い踊りを楽しんでいました。

 冀州魯邑では、黒龍魯邑分観と魯氏先祖代々の霊廟に華やかに菊の鉢が飾られていた。

 魯氏英と智、畢氏満と月は、唄い踊り農耕祭を楽しみます。

 

 そして西岳華山白龍観でも、秋の農耕祭が開催されています。黄河上流域と渭河流域領主達。また隴西生薬工房煎工匠葛氏現当主、雍州青銅器、鉄器鋳物工房工匠将氏の現当主。そして,梁州の長距離交易商人の豪商たちの白龍観献納信者が一同に会している。


 雍州の西方に隴西地域にある葛邑。白龍隴西分館と葛氏先祖代々霊廟でも、山桃と沢が飾り付けた菊の鉢が華やかに飾れて、邑のみんなが秋の農耕祭を楽しみます。

 

 「お前が沢か?」

 「誰だ?」

 「お兄様…父上と一緒に崋山へ…」

 「山桃の兄葛氏長男実(さね)だった。

 「父上から沢の話を聞いた、崋山へ行くのは止めにした」


 沢は、山桃の実兄に緊張した。

 「初めまして沢と言います、だんな様と妹様には大変お世話になっています」

 沢は、山桃の兄の実に、深々頭を下げた。

 「お前が私の妹を娶るめとのか?」

 「お兄様!いきなり…恥ずかしぃです…」

 「とんでもないことです!義兄様!」

 「飲め!一緒に飲もう沢!」

 実は『黄酒(ほあんちゅう)』と『酒醸(ちゅにゃん)』を差し出した。⒍⒎

「ハイ!飲みます!」

  「沢ダメ、若いのに酒醸にしなさい…」

 

 中華圏を守護する五岳五龍観の一般信者と献納信者が秋の農耕祭で集まっていた。

 葛邑の人々は,白龍葛邑分観や葛氏霊廟に集まり、唄い踊りを楽しんでいました。


 東方の『東岳泰山 青州青龍観』や南方の『南岳衡山 荊州赤龍観』でも、信者が集まり、唄い踊りを楽しむ秋の農耕祭が行われていました。⒏⒐


 中華圏を守護する五岳五龍観の一般信者と献納信者が、秋の農耕祭で一堂に会していました。

 昼すぎ、抜けるような秋の青空が突如曇り始めた。中岳嵩山黄龍観、北岳恒山黒龍観、西岳華山白龍観、東岳泰山青龍観そして南岳衡山赤龍観の上空に雲が覆い始めた。


 その雲の中心に黄龍、白龍、青龍、赤龍が顔を出した。五岳上空に龍たちが出現。

 

 しかし黒龍は光が苦手です。黄龍、白龍、青龍、赤龍がわざわざ雲を発生させ、黒龍に配慮して曇りにしたのに、姿を現わさない?

 どういうこと?黄龍、白龍、青龍、赤龍が心配している。

 

 北方を見ると、北岳恒山の上空で雲を発生させていたのは『玄武』です。⒑

「黒龍はどうした!」

 怒った黄龍が玄武を叱る。

「少々お待ちくださいませ!」

 

 玄武は、黒龍観の黒龍廟に急いで戻りました。そして玄武は、黒龍の木像に呼びかけた。

「黒龍様、皆さまお待ちかねです、早くお告げを行ってくさい!」

「お~玄武ではないか…お告げ?お~忘れておったわ」

「黒龍様、しっかりしてください!」

 ようやく黒龍が北岳恒山の上空に出現。


 黄龍が黒龍、白龍、青龍、赤龍に呼び掛ける。

 「五龍の力を合わせて地上に降り立とう」


 黄龍、黒龍、白龍、青龍、赤龍が降臨。


 黄龍が、黄金色に輝く光球の中にトグロを巻いて、ゆっくりと中岳嵩山黄龍観の直上に降臨。


  「お兄様あれは…」

  「大丈夫!詩、黄龍様だよ」

  「黄龍様?神々しい…」

  「吾、葵、我の言葉を聞くがよい」

 黄龍が吾と葵に『念話(テレパシー)』で話しかけた。⒒

  「葵、黄龍様の言葉を聞こう」

  「そうね。何を話されるのかな」


 第6話 五龍の中華圏 黄龍と黒龍の中原 つづく



 本文の『』は引用

 文末の数字は解説と引用

 第5話解説と引用を参照

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