第5話 再会
私は、凍りついた。実家に用事があり吉祥寺に行ったんだけど、帰る時、ふと、横の大きな公園に目をやると、高校、大学の時に、付き合っていた祐樹が、同年代の女性と、幼い子供をはさんで笑顔で歩いていた。
夏から少しづつ涼しくなってきて、爽やかな風が流れている。上を見上げると、雲1つない、気持ちがいい青空。池に青空が映り、池の水は真っ青。その池に沿って整備された道を歩く爽やかな家族という感じだった。
幼い子供は女の子で、お父さんに、ついてこれるかと問いかけ、笑いながら前に走り出した。祐樹は、危ないよと言って、その子を追いかけ、抱きかかえる。それを愛おしいという感じで、横の女性は男性の方を見て微笑んでいる。奥様なのだと思う。
どうみても、幸せそうな家族という感じ。
その姿をみて、過去に子供を堕ろしたときの記憶が鮮明に蘇ってきた。私に堕胎までさせて、自分だけ幸せになるなんて許せなかった。そう思うと、怒りがあふれ、しばらく、その場で動けなかった。
純粋だった私を汚した祐樹が、子供まで作って幸せな時間を過ごしているなんて、考えたこともなかった。私も子供を堕ろしていなければ、かわいい子供がいたはず。こんな不平等なんて、ありえない。
私は、この家族の後ろをついていき、住んでる所を突き止めた。公園から善福寺川を5分ぐらい歩いたところ。あの公園には、近くだから、よく遊びに来ているんだと思う。
この家族の家は、敷地は狭いけど、一軒家で、中流の幸せな若いご夫婦の家というイメージだった。ベランダには布団が干してあって、いかにも家族の生活という匂いが漂っている。
ここに住んでるのね。それも幸せそうに。決して許せない。このときの私の目はつり上がっていたんだと思う。
どうしようかしら。私は、自分の部屋に戻ったけど、憤りが抑えられなかった。私が妊娠したときに、本当に自分の子供かととぼけるような祐樹の顔を思い出していた。
あんなひどいことを私にして、幸せに暮らしているなんて。殺の文字が頭によぎり、その言葉は繰り返すようになって、消せなくなっていったの。
そして、数日後、レンタカーを借りて、山中の目立たないところで、その車からガソリンを抜き出し、2Lのペットボトルに入れている自分に気付いた。私は、何をやっているんだろう。でも、自分を抑えられなかった。
そして、深夜、音を立てずに、祐樹の家の、開いてる窓から、ガソリンを注ぎ込み、火をつけてやった。火は勢いよく燃え、あっという間に、その家は炎に包まれた。
家の窓からは炎が勢いよく吹き出し、地獄を見ているようで怖くなり、私は、その場から走り出していた。
今から思うと、人の悲鳴のような声は聞こえなかった。息ができずに、寝室ですぐに亡くなっていたのかもしれない。あの火の様子だと、逃げ出せたようにも見えなかった。
でも、私の脳裏には、3人が火に囲まれ、肺にまで火が入り、熱さで苦しんでいる姿が浮かんでいた。
翌日、ニュースでは、親子3人が火事で死亡したと報道があり、祐樹の名前がでていたの。
これで、おあいこよねと思う私と、ふと我に返り、復讐とはいえ、とんでもないことをしてしまったと思う私が共存していた。私は、いつも冷静なのに、どうして、今回は、ここまでのことをしてしまったんだろう。
奥様もお子さんも関係なく、悪いのは祐樹だけなのに。しかも、周りの家に延焼して、いろいろな人に損害を与えてしまった。
でも、今更、どうしようもない。監視カメラとかには映っていないと思うし、私が犯人だと示す証拠もないはず。警察とかきても、知らないと言い続けよう。
私は、自分のしたことをひた隠しにし、自分の罪を自分だけで背負って、なにもなかったように、これまでどおり笑顔で過ごすしかない。
火事は明らかに放火を示す状況だったので、警察は、殺人として捜査を始めた。ただ、被害者を恨むような人はみつからず、幸せな家族だったという情報しか集まらなかったので、犯人を絞り込めずに時間が過ぎていったらしい。
その中で、15年も前の大学時代に付き合っていた私も調べるかなんて意見もでたようだったけど、さすがに、そんな昔まではいきすぎだろうという批判もでて、捜査は迷走していった。
そして、無差別の放火事件だろうという声が捜査本部では強くなっていった。
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