第3話 出産
「だいぶ日が経ったけど、東京はまだ荒れ放題のようだ。そりゃ、東京に住んでいた人の大部分が亡くなったし、地方の人は地元でこれからも暮らしたいし。この日本を東京中心に復興するということ自体無理だよな。まずは、生き残っている地域をベースに、昔のように暮らせるようにしないと。」
「でも嫌な噂を聞いたわよ。今回の災害で助かった地域の地元住民ではない観光客が、そこで生活できずに、地元住民を襲って食べ物を盗んだりしているらしいのよ。そして、略奪や暴力をする集団になっているって。」
「それ、僕も聞いた。この地域でも、その対策として、自警団を作るって。」
「怖い。ある村では、男性はみんな殺されて、女性たちは、性のはけ口にされて遊ばれたあとに、数人は奴隷にされて、それ以外は殺されたんだってよ。そして、食べ物はすべて車に載せて奪うんだって。」
「なみさん、それは怖いわ。」
「何もないといいね。」
この時、妊娠していてお腹も大きくなっていた。こんなところに暴力集団とかが来て、子供を守れないなんてことがあっては困るし。
不幸にも、その噂は本当で、4人が暮らすこの地域にもやってきた。
暴力集団は、何台もの車で砂埃を立ててやってきたんだって。ガソリンなんて普通は手に入らないから、いろいろな村でガソリンも強奪してきたのだと思う。
男性たちは、警官から奪ったのかしら、ピストルを持ち、昼からお酒を飲んでる様子で、大声で怒鳴りながら迫ってきた。
遠目ではわかりにくいけど、美人らしい女性が15人ぐらいかしら、手とか足を縛られてトラックの荷台に抑えつけられていた。まさに、狩った獲物のように。
ただ、性のはけ口にし、妊娠したら、次の村でまた調達し、殺すのかもしれない。限られた食料のもと、そんなに多くの人を養えない。
30人ぐらいの略奪集団が、にやにやしながら迫ってきたけど、これは思いがけずに、すぐに終わったの。
自警団の一人が、鹿狩りとかで使っていた猟銃を撃ったら、略奪集団のボスの頭にあたった。目の前で、頭が粉々に吹っ飛ぶ様子を見た集団は、冷静さを取り戻し、怖くなって逃げ出したと聞いた。
それ以来、このエリアは、略奪集団の間で、触れてはいけない所として噂が広まり、避けられるようになったんだって。また、これが各地域にも伝わり、それぞれが自警団を組織するようになって、略奪集団は自然消滅し、それぞれが、各地域の生産活動に溶け込んでいったらしい。
やっぱり、日本人は、本質的に悪いことができない人種なんだと思う。
「もう一緒に暮らして1年も経ったけど、一緒にいられるのが、みうでよかった。いつでも明るく積極的だしね。」
「私は、これまでの人生で今が一番幸せかもしれない。昔は、美味しい料理とか、お酒とかはいっぱいあったけど、毎日、仕事に追われていたし。同僚の女性から、いろいろな嫌がらせを受けたこともあった。でも、今は生きることに専念するしかないから、そんなことを気にする暇もない。最近は、近所の方々ともだいぶ仲良くなったの。歳の差はあるけど、いい夫婦ねって言われたわよ。嬉しいな。」
実は、そんなこと全く考えていないんだけど、一応、時々は、聡さんに感謝の言葉を伝えておかないと私に関心がなくなりそうだし。
でも、私が妊娠してから、つわりとか辛くて、少し聡さんに相談をしたけど、あんまり聞いてくれなかった。そんな関係とは思っていたけど、二人の子供なんだから、ちょっとは父親らしいことをしてよ。本当に辛いんだから。
相談というと、なみさんが話しをいっぱい聞いてくれて、相談にものってくれた。女どうしで気持ちもわかってくれたんだと思う。
相談にのってくれない聡さんのことも、とんでもない男だと言って、聡さんに注意もしていたの。思っていたより優しいんじゃない。まあ、聡さんは、何も変わらなかったけど。
私は、子供のことばかり考える時間が増えて、聡さんも、あまりかまってくれなくて、妊娠を通じて、なんとなく聡さんとは疎遠になっていった気がする。普通は、逆に関係が深まるなんて話しも聞くのに。
また、時間とともに、聡さんの嫌なところが気になるようになった。たとえば、食事が終わって、聡さんは食器を洗うんだけど、周りがビチョビチョになるとか、読んだ本は床に置きっぱなしとか。
どうしてか、聡さんの嫌なことばかりが目に付いて、イライラする。聡さんに、私にはない自分の時間がいっぱいあることに腹が立つのかもしれない。
近所付き合いも大変で、気苦労が多くて、こんなことがあったと夕飯の時に話したら、全く聞いていないし。あなたと一緒に暮らすためにやってるんだから、一緒に考えてくれてもいいじゃない。
その数ヶ月後に、私は臨月を迎えていた。お昼からお腹の張りが何回もあり、痛みもでてきたので夕方に助産婦の方を家に呼んだ。それから陣痛で辛い時間が続いたけど、なかなか産まれなかったの。そして、やっと産まれたのは、次の日の朝になっていた。
「お母さん、最初のお産で、半日もかかって大変でしたね。かわいい、男の子ですよ。」
「本当にかわいい。お父さんを呼んでもらえます。」
「わかりました。」
聡さんは、いつもと変わらない平然とした顔で現れた。まあ、3回目だからかもしれない。
「おめでとう。やっと僕たちの子供が生まれたね。これからが楽しみだ。」
「抱いてあげて。お父さんよ。」
「男の子だね。こんな時に生まれてきて大変だけど、一緒に頑張ろう。」
聡さんの顔をみると、なんか実感がわかない様子だった。というよりも、これから夜泣きとか、自由も減って、面倒だと考えているみたいな顔をしている。あなたの子なのに。
たしかに、子供が欲しいと言ったのは私で、聡さんはやめようと言っていたわよ。でも、聡さんも同意のもとで産まれたんじゃない。
女性は妊娠してから母親になり、男性は子供を見てから父親になるとは聞いたことがあるけど、子供は3人目でしょう。しっかりしてよ。
どうしてか、イライラする。私って、こんなに感情の起伏が激しかったのかしら。
聡さんは、私のことをみて、最近は、そこら辺の農家のおばさんになったなと見ている気がした。私だって、好きで農作業をしているわけじゃない。聡さんと暮らすためなんだから。
お産は、本当に大変だった。おめでとうも悪くはないけど、大変だったねとか言えないのかしら。楽しみとか、なんか他人事で、何を考えているんだか。この人を見るのが、なんか嫌になってきた。
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