第7話 お誘い

「今日のプレゼン、お疲れさま。さすが今井さんだね。」

「ありがとうございます。じゃあ、一つお願いしてもいいですか。」

「なに?」

「今週のどこかで、おごってもらえますか?」

「そうだな、たまには、みんなと一緒に飲むのもいいかもね。」

「そうじゃなくて、今回は2人で。いろいろと相談もしたいし。」

「男女だし、2人だけというのはまずいだろう。相談なら会社で聞くよ。」


 そうだ、僕も気をつけないと。今井さんは魅力的だし、自分に好意を抱いているのは間違いない。しかし、こういうことで脱落していった人をたくさん見てきたからな。


 最初は両思いで付き合っていても、そのうち関係が悪くなって、女性から、自分は最初から嫌で、上司だから断れなかったなんていうやつもいる。とんでもないやつだ。でも、だいたい、女性の方が正しいという結論になりがちだから、怖い世の中だと言える。


 そういえば、僕は、少し前まで結婚していた。今では、同僚でもまだ結婚していない人もたくさんいるが、20代後半ぐらいの頃には、今後、出世するためには家族を持っていないとダメだという先入観があったのが結婚の理由だ。


 その女性は、キレイな人で、顔がタイプだったのでつきあい始めたが、性格は可もなく不可もなくというか、心に響くところは1つもないという感じで、好きだと思ったことはなかった。


 そろそろ結婚という年齢のときに、たまたま付き合っていて、特に嫌いなところがなかったから、体裁のために、なりゆきで結婚したというのが本音だ。


 それが悪かったからだろうか、特に愛情とかなく、最初からいてもいなくてもいい人だったから、妻も、満たされなかったのかもしれない。


 とはいっても、自立している女性で、お互いに干渉せずに自由に生きていこうと言われ、結婚しても自由に生きていけるのかなと漠然と思っていた。


 結婚してすぐのときだった。妻から子供ができたと告げられ、妊娠中は、穏やかな日々を過ごしていたが、子供ができてから、妻のせいではないが自由はなくなった。


 夜10時過ぎに家に帰ると、妻から、今日1日の話しとかが始まる。でも、休日とか僕も家事はしているんだから、これ以上、家族のために時間は割けないと言って無視していたら、妻も話してこなくなった。


 そのうち、全て妻が仕切るようになり、僕が稼いでいるのにとは言わないが、どうして、何をするにも妻の許可が必要なのか、どうしてこんなに妻の顔色を見ながらビクビクしなければいけないのかと不愉快な日々を過ごしていたんだ。


 そして、10年も話しをしなかったら、そのうち自然に離婚となった。不倫とか暴力とかはなく、ただ会話をしなかっただけであり、子供も就職しているので、離婚後に妻が生きていけるだけのお金を渡したら、案外と楽に離婚はできた。


 それからは、深く付き合った女性というのはいない。


 時々、グルメ会というのに行って、大体1回5万円程度のお寿司とか焼肉とか楽しんでいたが、そこで意気投合して、2人で飲みに行く女性は数人いた。


 グルメ会というのは、1年先ぐらいまで席が埋まっている人気店をメンバーの1人が予約して、行きたい人いるかとSNSで募集し、集まった人たちで開催する会で、参加者の8割ぐらいは、はじめましてという飲み会だ。


 美味しい料理とお酒という同じ趣味で集まっているので、知らない人ばかりでも安心できるのか、女性1人という人もよく見かける。


 メンバーがそういう関係なので完全に割り勘制であり、5万円とかぽんと出せるという意味で、女性だとほぼ一人暮らしで、年齢も40代ぐらいの人が多い。


 そんな女性と、一夜を過ごすことは、その後が面倒なので少ないが、飲んだ後に、濃厚キスぐらいはすることはよくある。


 今井さんとも、そんなつかず離れずの関係で、なんとなく続けることができればいい。そっちの方が楽だから。

 

 でも、このルックス、スタイル、好みなんだよな。真顔だと冷たく見えるのに、笑うと顔いっぱいに笑顔になって、本当に楽しそう。そして華奢な体だけど、胸の谷間に目が吸い込まれてしまうといったスタイル。


 見てると、抱きしめて、キスをして、自分のものにしたいという気分になる。しかも、今井さんの方から誘ってくるのだから、放っておくのはもったいない。


「軽くなら問題ないじゃないですか。ビアバーとかで軽く。お酒を入れると話しやすいし。」


 今井さんも、社会人だし、そんなひどいことはできないタイプだと思う。一線を超えなければ大丈夫だろう。


 確かに、一般的には2人だけで飲んでいたということだけでレッドカードだろうが、これまで見てきた今井さんは、そんなことは問題にしないはず。まあ、大丈夫かな。


「まあ、そこまでいうなら。あとでセクハラとかで訴えないでね。」

「大丈夫ですよ。それなら、お店が決まったら連絡するので、会社のメールじゃまずいし、LINEの連絡先教えてください。」

「LINEか。どうすればいいのかな。」

「ここを押して、そう、バーコードを私に見せてください。私を友達登録してと。これで友達登録できました。また、連絡しますね。」

「よろしく。」


 翌日、六本木のイタリアンで飲もうと今井さんから連絡がきた。そして、今日は、飲みに行く日。仕事はもう少しで終わるし、遅れずにいけるな。


 今井さんは可愛いから、一緒に飲めるのは楽しみ。あの笑顔は魅力的だ。まずは、しっかりとした大人の男を見せて、その後、そうはいっても優しい人と思わせるという感じかな。


 話しは、まあ、その時の気分でなんとでもなるだろう。なんたって、今井さんが自分に興味があるんだから。自惚れすぎか? いや、大丈夫。


 さて、今日はリモートだから、私服で行くと言っておいた。六本木だから、私服といっても、少しおしゃれな服装がいいな。今井さんは、どんな服でくるのだろうか。


 30分ぐらいで着くだろうから、そろそろ出ようか。

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