第2話 普通の恋愛

 バーカウンターで、私たちの会話は続いていた。


「みうも、もう一度、恋愛して結婚してみたら。まだ若いんだし、子供だって欲しいでしょう。」

「まだ離婚して2年だし、そんな気になれないかな。」

「みうは、キレイで、これまでも何回も素敵な男性から声をかけられてきたじゃない。前の人が悪かっただけだって。普通の恋愛をすれば、考え方が変わるわよ。あ、電話だ、少し外すね。」


 私はバーカウンターに1人残されて、普通の恋愛ってなにか考えていた。今どき、いろいろなライフスタイルがあって、女性どうしで暮らしている人もいるし。


 女性は、男性に頼らないと生きていけないというのも偏見。私は、どちらかというと1人でいるのが好き。だって、相手に合わせるのって面倒じゃない。


 友達と飲めば、その時は楽しく過ごせる。だけど、スケジュール調整は面倒だし、急な用事が入ったりすると、遅れて迷惑かけたくないとか考えて、あたふたしちゃう。そんな気持ちになるんだったら、会わない方が楽かもしれない。


 そんな私だから、待ち合わせ場所に行く途中も、早く家に帰りたいななんて思いながら来るのよね。人に合わせずに、思ったらふと出かけたり、1人でその日の気分で旅行にいったり、今、食べたいと思うお料理を食べたりする方が気楽でいいでしょう。


 そういえば、焼肉とかも1人が楽で、この前、19時まではハイボール29円という、お得で1人で入れる焼肉チエーン店を見つけちゃった。近いうちに行こう。


 最近は、フレンチだって、Uberとかで頼んで、自分の部屋で他人の話しに邪魔されず、1人でじっくり味だけを楽しめる。本当にいい世の中になったわ。


 もしかしたら、贅沢しなければ、食事代なんて1日500円もかからないんじゃないかな。それで楽しめるんだから、こんないいことはない。


 やっぱり、1人が好きなのは、人の話しに合わせたり、面白くないのに笑顔を作るとか、疲れちゃうからだろうな。


 そういえば、ある女優さんが言っていたけど、人の温もりなんか欲しいと思ったことはなく、電車で横に座っているおじさんの肩が触れるぐらいで十分だって。それって分かるな。人がいなくて寂しいと思わないもの。


 最近はリモート勤務が普及して、とっても嬉しい。同じ部屋にずっといて年だけとっていくのもどうかとは思うけど、人に合わせる時間は減って、メークもしなくて楽だし、仕事が終わったら、すぐに乾杯って飲み始められる。


 ただ、こんな怠惰な生活ばかりしていると太るので、毎朝、5Kmぐらい朝日を浴びて走るのが日課になったかな。


 満員電車に乗ってるより、朝日を浴び、新鮮な空気を吸いながら、小川の横の遊歩道を走っているほうが、どれだけ健康にいいかわからない。


 走り始めて期間も経ったから、走りながら、今日の会議では何を話そうかと考えていて、仕事の効率も上がる。新鮮な空気で脳も活性化して、いいことばかりだと思う。


 春になると新緑が爽やかで、いろいろな花が咲き始めて、セミが鳴き、紅葉で落ち葉が増え、雪化粧の街って、このごろは四季を楽しむ時間が増えた。


 でも、そういえば、この前、窓を開けたら、鳥が鳴いていて、すっぴん、すっぴんと聞こえて、少し反省はしたけど。こんな生活、ずっと続けたいな。


 梨沙が戻ってきたと思ったら、彼女は、いつの間にかカウンターに座っている男性に胸の前で小さく手を振っていた。


「入口のそばに座っている男性2人組って、かっこよくない。服装も、身につけている時計とか靴とかも高級で、エリートって感じ。さっきさぁ、後ろを通るときに、一緒に飲まないかって誘われたんだけど、行こうよ。みうも、もっと同年代の人とのチャンスを掴まないと。」

「気が乗らないなあ。でも、梨沙が行きたいなら、行ってもいいけど。」

「じゃあ、行くわよ。」


 朝日が窓から差し込んで目が覚めた。ここはどこだろう。いつもとは違うカーテンの柄、照明器具、私の部屋ではない。


 寝返ると、横には男性が寝てる。そうだ、昨晩、飲み明かして、この男性と一緒に道元坂のホテルに泊まったんだ。もちろん、生理痛軽減のために低用量ピルを飲んでるから子供はできないはず。


 時々は、ストレス解消というか、欲求不満解消でこんなこともある。でも、それだけで、男性のぬくもりが欲しいわけじゃない。この男性、付き合うレベルじゃないし、昨晩の様子だと、セフレとしても不足かな。


「あ、起きたんだ。昨晩は楽しかったね。もし、良かったらだけど、僕達、付き合ってみない。みうさん、可愛いし。」

「遠慮しておく。昨日はありがとうね。でも、帰るわ。もう、会うことないと思うから、昨晩のことは忘れて。ホテル代は、任せてもいいかしら。」

「ああ。でも、本当にこれっきりにするの。」

「そう、これっきり。あなたも、そっちの方が楽でしょう。私は組の女かもしれないじゃない。じゃあね、バイバイ。」


 目の前の男性は、目を伏せて、顔からは表情が消えた。暴力団とかから脅されると思って怖かったんだと思う。だから、もう私のことは詮索しないはず。


 私は、ホテルからでて、ビル街から漏れるまぶしい朝日を浴びながら、腕を組んで幸せそうにしている男女の横を通りすぎ、渋谷の駅に向けて歩いていった。

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