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「さ、次はアヤノの番だよ」

 

 ひとしきり笑い終わった彼女は、急に私の話を求めてきた。


「は?」


 不意を突かれた私の口からは素っ頓狂な声が出ていた。


「わたしの正体を明かして、その上、証拠まで求められたんだよ。だからさ……」


 彼女は有無を言わさぬように、私との距離を詰めた。息が当たるくらいまで顔を近づけた。私の両手を握った。私の目を見つめた。


「アヤノの秘密を教えて」


 淫靡な雰囲気を纏ったような声。彼女の表情は急に大人びたものに変わる。彼女の目を見ていると嘘は見破られるような、ごまかしてはいけないような気がしてくる。


「なんかさ、人に馴染めないんだ……」


 頭がぼうっとしてくる。自分の声が他の人の声に聞こえる。自分の口なのに、他人が動かしているような気がする。


 クラスメイトの比較的話しやすい子と話していても、どこか距離を感じる。彼女は友達って言ってくれているけど、どこからが友達? どこまでが知り合い?


 他人と話していて、他人の発言に合わせて相槌を打つことは出来る。でも自分から発言はしたくない。自分の発言に返答がないのが怖い。自分の中身を見せて、それが他人に受け入れられず、拒否されるのが怖い。自分の発言で場が凍りついたような気のする瞬間が怖い。


 だから、私は他人と距離をとっている。他人に見られなければ、私が傷つくことは無い。他人を見なければ、他人を傷つけることも無い。


 それで良い。私にはそれしか出来ない。


 夜の散歩は好きだ。知らない人の家に灯っている明かりを、暗い場所から見ていると、安心する。


 物理的な距離は近いのかもしれないが、心では遠くに感じる明かり。肩の辺りの肌がゾワゾワと、落ち着かなくなる。けれど心は電気が消えた部屋のように静かになっている。何故か私の生き方が何かに肯定されているような気がしてくる。だから私は夜の散歩が好きだ。


 私は他の誰にも、お母さんにも話したことの無い、自分の中ですら文字にしたことの無い言葉を、初対面の彼女に吐き出すように言っていた。彼女は不思議ちゃんだから、理解してくれるかもしれないと思ったのかもしれない。彼女は悪魔で、周りの人間に馴染めていないだろうから、話しても害はないと思ったのかもしれない。自分のことを楽しそうに話す彼女にあてられたのかもしれない。


 もしかしたら、さっき見つめられた時に、相手を魅了する魔法か何かをかけられていたのかも。悪魔だったらそれくらいは出来るんじゃない?


 私が話している間、彼女は微笑んでいるような、何も感情の無いような表情でこちらを見ていた。


「人間に馴染めないの? 人間なのに?」


「変なの」と彼女は本当に意味がわからないと言った表情で口を尖らせた。


「アヤノは優しくていい人間だよ。だって、悪魔だって名乗ったのに、自分とは相容れない存在だと怖がりもせず、馬鹿にするように笑い飛ばしたりもせず話が出来てる。アヤノは優しい良い子。わたしが保証するよ」


 真っ直ぐに私の目を見て伝える彼女に、私は気恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。言われ慣れていない褒め言葉は恥ずかしい。


「でも、他人を気にし過ぎだね。ちょっと行こうか」


 言って彼女は私の手を取り、立ち上がる。


「行くってどこへ……」


 私が言い終わるのを聞かずに、彼女は歩き出していた。


 彼女は何も答えずに私の手を掴み歩き続ける。私も何も問わずに彼女に従いついて行く。彼女の歩調が少し早くなる。私の気のせいかもしれないけれど、肩を揺らして歩く彼女の後ろ姿は何だか嬉しそうに見える。


「この辺でいいかな?」


 言って彼女が立ち止まったのは、なんの変哲もない、先程私が一人で歩いていた河川敷の遊歩道だった。


「見通しも良いし、人が通っても……まあ、避けれるでしょ」


 キョロキョロと辺りを見渡して、一人納得している。訳の分からない私は、手を繋いだままで楽しそうにはしゃぐ彼女を見つめていた。

頭の中が疑問符でいっぱいの私に気がついたのか、彼女は私に向き直る。そして、にんまりと子どもがいたずらをした時のように悪そうに笑った。その笑みは少し、悪魔っぽい。


「レッツダンスウィズミー。アンダーザムーンライト!」


 深夜だと言うのに、彼女は辺りに響き渡るような声量で叫んだ。とてもネイティブとは言えない発音。どうやら、悪魔の公用語は英語ではないしい。


「ちょっと……ダンスって……」


 私は踊ったことない。そう言い終わる前に彼女は私の手を引き踊り出す。悪魔は人の言葉を最後まで聞かないのかもしれない。


 映画の中の、中世のヨーロッパでの舞踏会で見たようなダンスを彼女は踊っている。手を繋いでいる私は、彼女に合わせて踊ろうとするけれど、躓かないように、彼女の足を踏まないようにするので精一杯だった。


 音楽は音量大きめの彼女の鼻歌。聞いたことのあるような、ないような、耳触りの良い旋律。人間の世界の音楽なのかもしれないし、悪魔の世界の音楽なのかもしれない。


 深夜だからといって、街に人が全く居なくなるのではない。スマートフォンを食い入るように眺めながら歩く人。何故かこんな時間に犬の散歩をしている人。泣きながらスマートフォンで通話をしている女の人。原付バイクで走りながら大声で歌っているお兄さん。まばらながらも色々な人とすれ違った。彼らは踊っている女子二人を一瞥はするけれど、止めたり、話しかけようとする人はいなかった。……もしかしたら、危ない人間だと思われて、関わらないようにされたのかもしれない。


 彼女の動きに合わせようとするけれど、足を滑らせたり、彼女の体に顔がぶつかったり、彼女の体に抱きつくような形になったりした。私が申し訳なさそうにすると、彼女は無邪気に歯を見せて笑っていた。それを見て私も声を出して笑っていた。


 鼻歌に合わせて揺れる彼女の長い黒髪が、ワンピースのスカートのヒラヒラが、月明かりなのか、街灯の明かりなのかに照らされる。踊る彼女は幻想的で、本当に悪魔だとすら思ってしまう。


 初めは踊ることに対して、他人の目を気にして恥ずかしかったけれど、少しすると恥ずかしさはもうどこかに飛んで行ってしまった。


 息が上がりはじめてきた。外気は涼しいけれど、額に汗が滲む。汗で背中に服が張り付く。風が気持ちいい。体を動かすのが楽しい。彼女と踊っているのが楽しい。


 彼女に手を引かれて、いつのまにか公園まで戻ってきていた。私には移動した覚えがなく、一瞬でワープしたのかとすら感じられた。それほどまでに彼女とのダンスを私は楽しんでいたらしい。

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