「月が綺麗ですね」「地球の方が遥かに綺麗じゃ」「えっ?」
「ひぃ~疲れたぁ!大会があるわけでもないのに、今日のメニューハードすぎるだろ!」
「なんか顧問機嫌悪かったもんな。あれ絶対八つ当たりだぜ」
「マジで勘弁してくれよ。もう足が動かねぇよ」
バレー部の部室にて、俺は疲弊した部員たちと共にぐったりしていた。
弱小バレー部で普段は顧問のやる気も無いようなものなのに、今日に限って滅茶苦茶練習が厳しかった。個人的な感情で練習メニュー決めんなよなマジで。
「
「流石に疲れすぎました。もっと休んでから帰るから、先に帰って下さい」
「了解。部室の鍵閉め忘れるなよ」
「はい」
部長や俺以外の部員たちはヘロヘロになりながらも、さっさと着替えて帰ろうとしている。俺だってそうしたいし汗臭い部室から出たいのに、身体が言うことを聞いてくれないんだよチクショウ。
帰り支度を終えた時には、外はもう暗くなっていた。
「おおすげぇ。月がめっちゃ大きいじゃん」
校舎を出ると大きなまんまるお月様が目に入った。これなら明るくて帰り道も安心だな。
「やっと来たか、
さて帰ろうかと思ったらいきなり声をかけられた。反射的に声の方に視線をやると、見知った人物が立っていた。
「
クラスメイトであり中学からの知り合いの
「光栄に思うが良い。わらわが大輝を待ってやったのじゃぞ」
未姫は非常に独特な話し方をする。若者特有の病気なのだろうが、高校二年生になった今でも治る気配がなく堂々としている。大人になったら思い返して赤面すること間違いなしだな。
「光栄じゃねーよ」
「何故じゃ!?」
「こんな時間に一人で残って何かあったらどうすんだよ。危ないだろ」
「なんと、わらわのことを心配してくれるのか」
そりゃあそうだろ。
未姫とは中学の時に出会い、その時から美しかったが、今では絶世の美少女に成長して男女問わず見惚れさせるほどの人物だ。そんな美少女が宵闇の中を一人でいたら、いくら治安が良い日本といえども不審な輩に狙われても不思議ではない。
そう考えると美少女ってのも辛いもんだな。
「そこそこ付き合い長いし、心配しない方が変だろ」
「相変わらず優しいのじゃな」
「いつもは余計なことするなとかなんとか煩いのに、どうしたんだよ今日に限って」
「そ、そうじゃったかの。それはそれとして帰るぞ」
誤魔化した。
こいつ見た目は良くても中身は結構ポンコツなんだよな。だから猶更心配してしまうわけだが。
俺達は並んでゆっくりと歩く。
未姫の歩くペースに合わせているわけではなく、むしろ部活で身体を酷使してゆっくりでしか歩けない俺に未姫が合わせてくれている。
なんとなく屈辱を感じて歩くペースを速めようとしながら未姫を見たら、あることに気が付いた。
「凄いな。これだけ暗くても髪が綺麗なのが分かるんだ」
「ふふん。もっと褒めたまえ」
「中学の時から髪だけは綺麗だったもんな」
「髪だけじゃと!? わらわは全身が美しいのじゃ!訂正するが良い!」
「あ~はいはい。美少女美少女」
「心が籠ってないのじゃ!」
そんな照れくさいこと真面目に言えるかよ。普段皆から褒められてるんだからそれで満足しろ。
にしても本当に髪が綺麗だな。
艶やかな深い黒色だから夜だとその美しさが闇に溶けて分からないかと思ったけれど、しっかりとその艶やかさが目視できる。月が明るいせいだろうか。女子が手入れの秘訣を彼女に聞いているのを良く見かけるが、男の俺でも気になるくらいだから女子からしたら喉から手が出る程に知りたいのだろう。
「で、俺に何の用だ?」
俺達はそれなりに仲が良い。
しかし相手の帰りを待って一緒に下校する程良い訳ではない。
それなのにこんな遅くまで俺を待っていたということは、何か大事な用事があるということ。
「…………」
答えは無い、か。
いつも堂々としている未姫にしては珍しい反応だ。
いや違うな。
こいつと出会った時は度々口を噤んでしまうことがあった。
美しさと独特の口調により目立ってしまい、クラスで孤立してしまった時に。
またしても同じことが起きたのだろうかと一瞬不安に思ったが、今の彼女はクラスで人気者であり問題など無さそうだ。
「…………」
「…………」
とても大事なことなのだろう、未姫は変わらず口を噤み、俺達は沈黙しながらゆっくりと足を動かす。
そういえば最近の未姫は、ふとした時に寂しそうな顔をする時がある。
もしかしてそれが原因か?
いやいや、変な邪推は止めよう。勘違いして状況が泥沼に陥るなんてよくある話だ。ここは余計なことを考えずに未姫が話してくれるのを待とう。
「…………」
「…………」
思えばこうして未姫と二人きりというのは随分久しぶりに思える。
中学の時は割とあったけれど、今は未姫の周りに四六時中誰かがいて俺が話す必要もなくなったからな。
悪いな未姫。
お前は今、何かを悩んでいるのかもしれないけれど、俺はこうしてお前と無言で歩くのが結構好きだ。
いつまでもこんな時間が続けば良いと思ってしまっている。
ああ、やっぱりだ。
これまでも予感はあった。
でも気付かないふりをしていた。
でも気付いてしまった。
自分の気持ちに。
俺は未姫が好きだ。
なんて奴なんだ俺は。
未姫が悩んでいるっていうのにこんなことを考えてしまうなんて。
ふと空を見上げると、そこには変わらず月が輝いていた。
思い出した。
今日は十五夜だ。
だからこんなに月が……そうだ、定番のアレをやってみようか。
未姫が知っているか分からないけれど、どちらにしろ何かを少し口にした方が言いたいことを言いやすくなるかもしれないしな。
「月が綺麗ですね」
たとえ未姫がこの言葉の意味を知っていたとしても冗談だと受け取ってくれるだろう。
今時、本気でこの言葉で告白するような奴なんかいるはずがないのだから。
なんて思っていたら未姫は俺が全く想像していなかったことを言い出した。
「地球の方が遥かに綺麗じゃ!」
「え?」
流石にその返しは予想外で反射的に未姫の顔を見たら、何故か彼女は怒っていた。
「古い因習に囚われた老害共しかおらぬボロくて面白味の欠片もない月なんかが綺麗なわけなかろう!」
「未姫?」
「常に進化を求め斬新かつ心躍らせる物が溢れている地球こそが綺麗であって、あのようなゴミ箱に価値など無いわ!」
「月のこと嫌いすぎるだろ」
「大っっっっっっっっ嫌いじゃ!」
そういえばこいつ、名字で呼ばれるのが嫌いで絶対に名前で呼べと言ってくるんだよな。
まさか月が嫌いだから『神月』なんて呼ばれたくなかったのか。
いやいやいや、そうじゃないだろ。
問題はそこじゃなくて、もっとツッコミを入れるべきところがあっただろ。
「古い因習?老害がいる?ボロい?まるで月に誰かが住んでいるかのような言い方だな」
「おるのじゃ」
「あ~なるほど。そういうことね。理解した」
「お主、良くその反応をするが、本当は分かっておらぬのじゃろ」
「そ、そそ、そんなことないぞ!」
ちゃんと分かってるって。
例の病気による『設定』ってことくらいはさ。
「絶対に信じてもらえないと思ったから言いたくなかったのじゃ……」
しまった凹んでしまった。
仕方ないな、真面目に対応しよう。
「だってしょうがないだろ。月に誰か住んでいるだなんて普通は信じられないさ」
「分かっておる。分かっておるが、大輝には信じて欲しいのじゃ」
「え?」
そう言う未姫の表情はとても真剣で、まっすぐに俺の瞳を見つめてくる。
病気の設定でふざけているなんて雰囲気では全く無い。
どういうことだろうか。
未姫は俺に何を伝えたいのだろうか。
悩む俺に向けて、未姫は更に言葉を続ける。
「十六歳の誕生日」
「誕生日?」
「その日に、わらわは月に帰ることになるのじゃ」
「…………」
そういう、意味か。
月に帰る。
つまりこの街から引っ越す予定が決まっているということなのだろう。
未姫は仲が良かった俺との別れを言い辛くて悩んでいたのだ。
チクショウ。
なんてことだ。
未姫への気持ちを自覚した日に、別れを告げられてしまうだなんてあんまりだ。
胸が締め付けられるように痛い。
俺はこんなにも未姫のことが好きだったのかと、痛いくらい自覚させられる。
「た、誕生日っていつだ?」
俺は未姫の誕生日を知らない。
何故か彼女は誰にも教えようとしなかったから。
「…………今日」
「そんな!それじゃあ!」
「この後、帰ることになっているのじゃ」
「うそ……だろ……?」
未姫は力無く顔を横に振った。
明日から未姫は学校に来ない?
こうして話をすることも出来なくなる?
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
そう強く否定したいのに、悲し気な未姫の顔が真実だと伝えて来る。
「ありがとう大輝」
「え?」
「中学の頃から今まで助けてくれたこと、深く感謝するのじゃ。お主がおらねば、わらわは永遠に孤立し、地球を、そして地球の人々を愛することが出来なかったかもしれぬ」
そんな大げさに言うなよ。
俺はただ、未姫が孤立しているのが嫌だっただけなんだ。
惚れた女が悲しそうな顔をしているのが許せなかっただけなんだ。
「…………美少女が困っていたから手を貸しただけだ」
「嘘じゃな。大輝はわらわが美しくなくとも助けてくれた。そういう男じゃ」
「かいかぶりすぎだよ」
「いいや、間違いないのじゃ。おぬしが特別にお人好しであることなど、とっくにお見通しなのじゃ」
くそぅ、そういうのは引っ越しの話の前にしてくれよ。
悲しいのと照れくさいのと嬉しいのとがごっちゃになって情緒がぶっ壊れそうになるだろ。
それなのにこいつ、更に俺の情緒を壊しに来やがった。
「だからお主であれば、わらわは死んでも良い」
「!?」
時間差攻撃とか卑怯だろ!
未姫は照れくさそうにしていて、意味が分かって言っている。
「未姫、お、俺は……」
「困らせてしまってすまぬ。お主は冗談で言ってくれたのであろう?」
「違う!」
「え?」
だめだ。
もう抑えきれない。
こんな風に告白し返されて、逃げるのは男じゃない。
たとえその先に待っているのが別れだとしても、想いを伝えてくれた女から逃げるだなんてありえない。
「俺は本気で未姫が好きだ」
「…………ありがとう…………なのじゃ」
まあそうなるよな。
嬉しそうではあるけれど、暗い顔になってしまう。
せっかくお互いに好き合っていたことが分かったのに、これから別れてしまうのだから。
「大輝は……別れてもわらわのことを想ってくれるか?」
それは遠距離恋愛をしようっていう提案なのだろうか。
遠距離恋愛が長続きするのは難しいと聞く。未姫が何処に引っ越すのかは分からないけれど、月だと言い出すくらいなのだから簡単には会えないほどに遠い場所なのだろう。それでも俺は未姫を好きで居続けられるのか。その自信があるのかどうか。
「もちろんだ。未姫だけを想い続けると約束する」
「本当か!?」
「ああ、本当だ」
少なくとも今の俺は本気でそう思っている。
この世間知らずで妙な話し方をする少しポンコツな美少女への愛おしさが消えるだなんて全く思えない。
「大輝!」
「!?」
突然未姫が抱き着いてきて驚いたが、しっかりと抱き留めた。
「信じてる。信じてるぞ大輝」
「ああ、信じてくれ」
「大輝なら姉様や母様のような結末にならないと信じてるのじゃ!」
「ああ、信じ……姉様?母様?」
「姉様も母様も裏切られてしまったのじゃ……」
「そ、そうか。それは悲しいな」
遠距離恋愛ばかりだなんて、引っ越しが多い家族なのかな。
「大輝がわらわを変わらず好いてくれるのであればわらわは頑張れる」
「頑張れる?」
「十年待って欲しいのじゃ」
十年?
大学卒業して再会するにしても五年くらいなのに、どうしてそんなにかかるんだ?
「その間にわらわが女王となり、いけ好かない月の老害共を排除し、地球との関係を改善してみせるのじゃ」
「え?」
まずい分からない。
それって何を病気に当てはめて表現しているのだろうか。
生粋の日本人にしか見えない未姫がまさか海外のお姫様なんてことはないだろうし。
「時間じゃ」
未姫の言葉を理解できず焦っていると、未姫は俺の頬に優しく口づけをして体を離した。
そして俺に背を向けると
「…………は?」
待っていつの間にあんなものが出現したんだ。
しかも室町時代とかそのくらいの時代っぽい服を着た人が何人もいるんだけど。
黄金の馬とか超まぶしいし、ここら辺一帯を照らしてそうなのにどうして誰も見に来ないんだ。
これは夢なのか?
「さようなら大輝。また十年後に会えると信じておるぞ」
いやいやいや、泣いてないでこの状況を説明してくれ。
感動の別れとかやってる場合じゃないだろ。
勝手に飛んで帰ろうとするな!
「飛んでるうううううううううううううううう!?」
ば、ばば、馬車が空を飛んでるんだけど!
月に向かって飛んでるんだけど!
一体俺は何を見せられているんだ!?
空飛ぶ馬車はしばらくするとぱっと消滅し、俺はしばらくの間その場で放心状態になった。
やっぱりこれは夢だ。
夢に違いない。
「痛っ」
しかし何度頬を抓っても痛むだけで一向に目が覚めることは無かった。
病気じゃなくてマジだったのか……
十年後。
「大輝!」
「未姫!」
大人になった俺達は再会し、強く強く抱き合った。
未姫は更に美人になっていて、釣り合うようにと男を磨くよう頑張って本当に良かった。
「信じてたのじゃ。大輝なら浮気しないって信じてたのじゃ!」
「未姫だけを想い続けるって約束しただろ」
「でも揺らぎそうになった時もあったのじゃ」
「やっぱり見てたのか!あいつら月の連中の差し金だったんだな!」
「凄いのじゃ!気付いたのは大輝が初めてなのじゃ!」
おかしいと思ったんだよ。
未姫と別れてから美少女や美人と出会いまくって、しかも悉く俺に好意を示して来やがる。
全部が月の連中で、俺に浮気をさせてその姿を未姫に見せて幻滅させるって魂胆だったんだ。
「姉様も母様も愛した男が浮気して再会する気力を失わせられたのじゃ。でも大輝がわらわを想い続けてくれたおかげで、わらわは改革の意思を保ち続けられて月の老害共を一掃できたのじゃ。これでわらわの一族は月に囚われることなく自由に生きられるのじゃ!」
「そ、そうか良かったな」
「全部大輝のおかげじゃ!」
十年経っても月が云々をまだ受け入れられないが、これからは話をする時間がたっぷりあるのだ。
これまで直接愛せなかった分、たっぷりの愛情をこれでもかと注ぎ込みながら彼女のことを知れば良いだろう。
「大輝!愛してるのじゃ!」
「俺も愛してるよ、未姫」
待ちに待った愛する人との再会。
その想いをぶつけるかのように、俺達は深く口づけをしたのであった。
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