世界は恋にあふれている(現代恋愛短編集)
マノイ
『今は部活に集中したいから』って振られたので、全力で応援してみた
「
「ごめんなさい、今は部活に集中したいから」
好きな娘に告白するも、撃沈す。
即答だった。
脈は全く無かった。
友達からならどうですか、すら言わせてもらえなかった。
でも俺は諦めない。
何故なら、彼女のお断りの言葉が建前ではないことを分かっていたからだ。
「そっか……なら仕方ないや。俺、
「ありがとう」
春風さんは心の籠っていないお礼を告げて俺の前から足早に去って行く。
どうやら俺の言葉が諦めの意味を込めた形だけのものだと勘違いしているようだ。
「本気で君の力になりたいんだ」
俺は春風さんへの想いを口にすることで、振られたショックを振り払い力と変えた。
俺が春風さんの事を知ったのは、高校に入学して直ぐの事だった。
うちの学校では、新入生が入りたい部活を選ぶ期間が4月に設けられている。
ただし、必ずしも何処かの部活に入らなければならないわけではなく、帰宅部もOKという緩い規則だ。
俺は帰宅部一択だったのだが、クラスメイトがどんな部活があるのか見て周ろうぜと言うので、興味は無いが友達作りの一環として参加した。
「うひょーあの人超美人なんだけど」
「サッカー部も野球部もマネージャーのレベル高過ぎね?」
「あ~あ、あれ絶対部員の中に彼氏いるよな」
クラスメイトは部活そのものではなく、好みの女性を探したいだけだった。
部活見学の体なので堂々と見れるということなのだろうが、妙な悪知恵が働くなぁと少し感心した。
「山崎は誰が気になる?」
元々付き合いのようなものだったのであまり興味が無さそうにしていた俺に声をかけたのは、増田という人物だった。
「特には」
女子に興味が無いわけではない。
ただ、部活に励む学生というのは、生粋の陰キャである自分にとっては住む世界が全く違う人種であると感じていたため、劣等感に近い感覚を抱いてしまい、好き嫌いを考える気にならなかったのだ。
「ほらほら、あそこの陸上部の人とかどうだ?」
増田はそんな俺のネガティブな気持ちに気付いていないのか、おすすめの女子を紹介して来る。
こいつが選んだ女子には分かりやすい特徴があった。
なるほど、巨乳好きか。
……悪くはないな。
などと増田の作戦にまんまと引っ掛かってしまい女子に目移りし始めた俺の目に、一人の女子の姿が飛び込んで来た。
その子は真新しい体操服を身にまとった俺と同じ一年生で、校庭のトラックでスタンディングスタートの姿勢でスタートの合図を待っていた。
気になった理由は、別にその子が別段可愛かったとか、美人だったとか、スタイルが良かったという訳ではない。
部活見学の初日からすでに部活を決めているなんて、余程陸上が好きなんだなぁと単にそう思っただけだった。
そして丁度スタートのタイミングだったので、なんとなく見ようかと思っただけだった。
よーい、ドン
俺は目を奪われた。
美しいフォームに。
スピードに。
そして、真剣な表情に。
ああ、なんて格好良いんだ。
シンプルで陳腐な感想だけれども、ただそれだけを強く感じた。
彼女が走り終えるまでの間に、俺の胸の高鳴りがどんどんと激しくなって行く。
だがその時間が直ぐに終わるのが陸上の短距離走という競技。
その時俺は彼女の走る姿に興味を抱いたが、それだけだったら、すぐにその想いは霧散していただろう。
「やべぇ……」
俺は放心したかのような感じになり、小さく呟いてしまった。
それを増田が耳ざとく聞きつけた。
「お、なんだなんだ。惚れたか?」
「……ああ」
「え、マジで!?」
そう、俺は惚れてしまったのだ。
格好良く颯爽と走り、そして、走り終わった後に満面の笑みを浮かべた彼女に。
ちなみに、部活見学でのことがきっかけで、俺と増田は友人関係と言っても差し支えない相手となっていた。
「それで、一年も想いを寄せ続けた相手に振られた感想は?」
「遠慮なく傷を抉って来るのな」
振られて意気消沈し、机の上に顔を乗せてぐったりしている俺に、増田は容赦ない言葉を投げかける。
「だってずっと見守ってたのにさ、無策で突っ込んで撃沈したんだぜ。これまでの俺の応援を返せよ」
「何が応援だよ。面白がって見ていただけだろ」
「心の底では応援してたんだぜ。応援歌が二十番まで出来ちまった」
「それはそれでキモイ」
まぁこやつなりの慰めなんだろう。
「うし、ウジウジするのはここまで!」
「お、もう復活したか」
「まぁな、やることいっぱいあるし」
振られた時に感じたように、まだ終わりじゃない。
ここからがスタートラインだ。
「でもよ、冗談抜きで、何でマジで無策で特攻したんだ?」
「暴走してたってのもあるけど、一応振られるのも分かってたし、作戦通りだったんだよ」
「そうなん?」
こちらは春風さんの事を知っていたが、当然向こうはこっちの事を知らない。
俺が超絶イケメンなら成功したかもしれないが、いまいちパッとしないどこの誰だか知らない相手から告白されてOKを出す女子はいないだろう。
「まずは俺のことを知ってもらいたかったんだ」
「それだけなら他にやりようがあったと思うぞ」
「だから暴走してたのもあるって言っただろ」
俺は春風さんの事で心配事があった。
それは、彼女が最近、走るのが楽しそうでは無いことだ。
走る姿は変わらず力強いが、何処となく必死な感じが強い。
そして一番重要なのが、走り終わった後に笑わなくなったことだ。
あれほどまでに走ることを楽しんでいた彼女が、まるで走ることが辛くなったかのような表情を浮かべている。
それを見るのがどうしても辛かったんだ。
春風さんを助けたいけれども、俺には陸上の知識が全く無い。
ならどうすれば良いかと考えた結果、俺に出来ることは『応援』だけだ。
とはいえ、春風さんは別に有名な選手と言う訳ではない。
それなのに見知らぬ人に応援されたら、気持ち悪く思って更にメンタルがやられてしまうかもしれない。
だから、俺はまず告白して断られ、『あなたを好きだから応援する』ということを彼女に認識してもらおうと思ったのだ。
もちろん告白が成功したら良いなという気持ちも大きかったが。
だからショックを受けたんだよちくしょう。
「くっくっくっ、お前いっつも暴走してるもんな」
「何言ってるんだよ。俺は普通だろ」
「そう思ってるのはお前だけさ」
失敬な。
俺は極めて普通の陰キャ生活を送って来たはずだぞ。
「まぁいいさ。思いっきりやっちゃえ。それがお前らしいわ」
「なんか馬鹿にされてる気がするが、まぁ頑張るわ」
そうさ。
思いっきりやるぞ。
全力で青春を謳歌してやる!
次の日曜日。
やってきたのは近くにある小さな陸上競技場。
春風さんが出場する小さな規模の記録会が開催される場所だ。
「間に合ったかな」
競技場に到着した時には、すでに記録会は始まっていた。
春風さんが出場する200m走までにはまだ時間がある。
「へぇ~こんな雰囲気なんだ」
出場者は近くの高校の生徒達で、彼らの家族や試合待ちをする部員などが主な観客だった。
応援団の類は居なくて選手紹介も無く、知り合いが登場するたびに仲の良い人から軽い声援が飛ぶくらいの緩い雰囲気だった。
ただそれでも生粋の陰キャには眩しすぎて、ここに居るだけで場違いさを感じてちょっと辛い。
お前誰だよ、不審者かな、なんて思われてないだろうか。
そんな不安は彼女の事を考えて振り払う。
今日、俺がやることは言葉の通り『応援』だ。
春風さんの番が来るまで、観客席の目立たない位置に座って待つ。
「お、次かな」
次の組の準備スペースに春風さんが居た。
俺は意を決して観客席の一番前に移動する。
「春風さん……」
今までに見たことが無い程に追い詰められたかのような暗い雰囲気になっているのが、遠くからでも良く分かる。
以前見た爽やかな雰囲気の欠片もなかった。
よし、俺の応援でリラックスさせてやるぜ!
フレー!フレー!つ・ば・さ!
頑張れ頑張れつ・ば・さ!
最強最速つ・ば・さ!
春風さんがんばれー!
もちろん振り付けありだ。
ネットで覚えた。
視線が痛いが気にするな。
場違いだとか、そんなことは考えるな。
俺はただひたすらに春風さんを応援する。
春風さんに想いを伝える事だけに集中しろ。
時間の許す限りこの日のために考えていたフレーズを叫びまくっていたら、なんと春風さんがこっちを見てくれた。
やった!気付いてもらえた!
春風さん以外もこっちを見ている気がするけれど、俺が応援しているのは君達じゃないよ。
「春風さーん!がーんーばーれー!」
今日一で大きな声を出して応援する。
あれ、春風さんがなんかこっちを睨んでいるような。
気のせいだよね。
会場がざわつく中、春風さんの組は準備に入った。
春風さんからは先程までのネガティブな雰囲気は消えていたが、別の意味で剣呑な感じになっているような。
こんな感じの春風さんは見たこと無いから、どんな感情なのか分からないや。
素人目線だから全くの確証が無いが、その日の春風さんの走りは、俺が惚れたあの颯爽とした走りに近づいていた気がする。
いや、きっとそれは正しい。
だって走り終えた後の彼女は、安心したかのような小さな笑みを浮かべていたのだから。
その日、俺は彼女に声をかけずに会場を後にした。
だってみんなが見て来るから恥ずかしかったんだもん。
だから月曜日に学校でねぎらいの言葉をかけに行こうと思っていたのだけれど、彼女の方からやってきた。
「あ、春風さん。昨日はお疲れ様。無事に終わって良かったよ」
「何よそれ。じゃなくて、あーいうの止めてよね!」
「え?」
「滅茶苦茶恥ずかしかったんだから!」
春風さんは真っ赤になって俺に抗議する。
『応援してくれてありがとう!』
って言われると思ったのに、まさか怒られるとは。
「あれ、ダメだった?」
「ダメに決まってるでしょ!二度とやんないでよね!」
はぁ~春風さんってこんな感じで怒るんだ。
じゃなくて何で怒られたの!?
増田に相談してみよう。
「ぶわっはっはっはっ!ひーっひーっ!」
「そこまで笑う?」
まさか呼吸困難になるほど笑われるとは。
「わりぃわりぃ、それにしても、よくあれだけで済んだよな」
「どういうこと?」
「もっと怒られてもおかしくないと思うぜ」
「マ、マジで……」
そんな馬鹿な。
てっきり大喜びで『山崎君、ありがとう、大好き!』ってなると思ってたのに!
「まぁお前らしいっちゃあらしいが」
「??」
「分からないならそれで良いさ。んで、どうするんだ?」
「どうするって、あの応援はダメって言われたから、他の方法を考えるよ」
「ぶふっ、そ、そうか。まだ続けるのか。それでこそ山崎だよ!」
「何だよそれ?」
素人が応援団の真似事をしたからみっともなかったんだろうな。
確かに今考えると我ながらあのフレーズは痛々しかったと思う。
次こそは春風さんに喜んでもらうぞ!
完璧な出来だ。
小遣いを大量投入したかいがあったぞ。
次の記録会の日。
俺は時間をかけて作り上げた応援グッズを持ち込んだ。
声援がダメなら、目立つグッズで応援すれば良い。
俺って天才だよね。
さぁ、春風さんの出番だ。
俺はまた観客席の最前へと移動する。
「あれ、あの子この前の子じゃない」
「ホントだ。今日は何やるんだろう」
聞こえない。
俺には何も聞こえない。
俺は春風さんの応援にのみ集中するんだ。
おや、春風さんがこっちの方を見てるぞ。
誰か探してるのかな。
丁度良い、今こそ俺の秘密兵器を見せる時だ。
俺はばさりと大きな旗を取り出し、左右に振った。
「春風さーん!」
気付いてくれた!
「がーんーばーれー!」
この渾身の応援旗を見て、元気出して!
「あ、春風さん。昨日はお疲れ様。無事に終わって良かったよ」
「バカじゃないの!?何よあれ!?」
「あれって?」
「あの恥ずかしい旗みたいなやつ!」
ええ、あれもダメなの!?
まさか今回も怒られちゃうなんて。
「格好良いと思って。ほら、『音速の
苦手だったけれど、春風さんの絵もちゃんと描いたんだよ。
そこはへたうまって感じで許して欲しいな。
あれ、真っ赤になってプルプル震えてる。
「ダメに決まってるでしょおおおおおおおお!」
「ええええええええ!?」
「あの後、みんなからヴァルキュリアって揶揄われたんだからね!」
「それ褒められてるんだよ!」
「ぜーったい違うから!それに裏も酷すぎる!」
「そんな!裏も自信あるのに!『春風にのって駆け抜けろ』。春風さんにぴったりのフレーズだと思うんだよ」
「~~!!」
うわ、首根っこ掴んで来た。
無言で揺すらないでー!脳が揺れるー!
「絵も字も下手だし、恥ずかしくてまともに走れなかったよ」
「え?もしかして記録悪かった?」
「……あ、ええと、それはまぁ、そうでもなかったけど。でもそうじゃなくて、ああもう、恥ずかしいから持ち込みも禁止!いい!?分かった!?」
「はいいいいいいいいい!」
春風さんはまた怒って教室を出て行こうとする。
「あ、待って!また応援に行っても良いよね!」
「…………普通に応援するなら」
「やった」
俺が応援に行くことで、春風さんがちゃんと走れなくなるわけじゃなくて良かった。
よし、今度はまた別の方法で応援するぞ!
「ひーっひーっひーっ!」
増田笑い過ぎだぞ。
その後、春風さんの状態は目に見えて改善していった。
「だから普通に応援してって言ってるでしょー!」
なんて抗議が毎回あるものの、春風さんのタイムは段々と良くなっていった。
走る雰囲気も、走り終わった後の笑顔も、俺が見惚れたあの時の姿に戻っている。
抗議の時の態度も徐々に柔らかくなっていて、精神的に追い詰められていたような感じは無くなっていた。
俺の『応援』が春風さんの助けになった。
なんて自惚れはしない。
春風さんが何かを乗り越えたのは、きっと彼女がこれまで頑張ってきたから、その結果が出ただけだろう。
でも、それは決して良い事だけでは無かった。
春風さんは調子が良い時程、頑張りすぎてしまうタイプの人だったのだ。
そしてあの日、僕はソレを目の当たりにする。
「はーるーかーぜーさーん!」
インターハイ地区予選を控え、調整を兼ねた記録会の日。
俺は何度も何度も全力で飛び跳ねて春風さんを応援する。
「やった、また気付いてくれた!」
春風さんは地域の有力選手という訳ではない。
地域の大会でも表彰台はおろか、決勝に進出するのも難しい成績だ。
だけれども、ここ一月の間にタイムがぐんと伸び、インターハイ地区予選で決勝進出を狙えるかもしれない程に成長していた。
成長が嬉しかったんだろう。
走れば走る程に早くなるのが楽しかったんだろう。
だから彼女は無茶をしていた。
人知れず無茶でハードな自主練をしていたことに、俺も部員達も顧問の先生も、気付いていなかったのだ。
その日、春風さんが200mを走り切ることは無かった。
疲労骨折。
主に若い人が発症し、治療期間はニか月から三か月程度。
そして全盛期の状態に戻るにはそれからまた更に時間がかかる。
もちろん、俺はネットでかじっただけなので、疲労骨折といっても色々なケースがあるのだと思う。
症状や治療法によっては、実際はもっと早くに復帰できるケースもあるのだろう。
しかしどちらにしろ春風さんは、二年生の間、主要な大会に出場する機会が失われたことに間違いはない。
しかも、自分が一番成長を実感していて、人生で一番伸びているであろう時期が潰れてしまった。
春風さんにとってこの怪我は、足だけではなく心まで折られるものであった。
彼女のメンタルが実はとても弱かったことを俺が知るのは、少し先の事だった。
俺に何が出来るだろうか。
何て言えば良いのだろうか。
リハビリを一緒に頑張ろう。
と直接的なサポートを申し出る?
君が走る姿が好きだからもう一度見たいな。
と期待を押し付けて強引に立ち直らせる?
君は何のために走っていたの?
と自分の気持ちを確かめさせる?
どれも正解かも知れないし、どれも間違っているかもしれない。
それなら俺は。
俺が選ぶ『応援』の方法は。
――――――――
やっちゃった。
酷い痛みが引いた後の第一感がそれだった。
「あ~あ、せっかく良い感じだったのになぁ」
自己ベ連発で、どこまで伸びるのって感じでめっちゃ楽しかったのに。
先生の言う事ちゃんと聞いてしっかり休めば良かった。
私は自室の部屋のベッドの上で、ぼぉっと天井を見上げていた。
包帯でグルグル巻きの右足が熱を帯びているように感じるのは、骨折の影響なのか包帯が蒸れているだけなのか。
その不快な感覚から逃げるように、私は目を閉じた。
「馬鹿なことやっちゃったな」
帰宅してからも勉強そっちのけで筋トレやロードワークを続けたのは流石に無茶だったね。
まさかあの強面の先生が涙浮かべるなんて。
ははは、あれは効いたなぁ。
「そういえば、馬鹿と言えば、あいつどうしたんだろう」
脳裏に浮かぶのは一人の男の子。
私に告白し、毎回馬鹿みたいな応援をして私を辱めた天敵。
天敵、なんて言ったら悪いかな。
確かにアレは恥ずかしかったし、何度怒っても怒り足りないくらいなんだけれど、そのおかげで調子が良くなったのは、きっと気のせいじゃないから。
そんなことアイツに言ったら調子に乗ってもっと酷い応援するだろうから、絶対に言わないけれど。
告白して来た時は、ウザイとしか思わなかった。
早く練習に戻りたい。
その気持ちで一杯だった。
あの時はタイムが伸びずに悩んで苛立っていた時期だったから。
アイツの『全力で応援するから』なんて言葉も、全く本気にしてなかった。
まさかあんな恥ずかしい真似してくるなんて……今思い出してもぶん殴りたくなる!
あの時の私の気持ち分かる!?
『ねえ、あの人、あなたの知り合い?』
『あはは、変な……面白い人ね』
『もしかして彼氏?』
なんて聞かれて顔から火が出るくらい真っ赤になる程恥ずかしかったんだから!
「止めて!」
おっと、思わず叫んじゃった。
お母さんが心配して飛んできた。
ごめんごめん、本当に何でもないから。
トラウマに苦しんでるとかでも無いから。
これもすべてはあの馬鹿のせいだ。
あの日、あの馬鹿が馬鹿な応援をしたせいで、どうやって走るか考えをまとめる前にスタートの時間が来ちゃって、中途半端な気持ちで走り出しちゃった。
でもそれが良かったんだろうな。
変に考えることなく、自然体で走れたのが、結果に繋がったんだと思う。
ボロボロだと思ってたのにタイムが凄い良くなってて本当にびっくりしたんだから。
でもそれとこれとは話が別だから、翌日ちゃんとあいつに怒ったけどね。
そうしたら、今度は別の方法で、しかももっと恥ずかしい方法で応援に来るなんて。
何よあの旗!
何のあの中二病みたいな台詞!
何よあのクッソへたくそな絵!もしかして私!?
まさか前回よりも恥ずかしい目に合うなんて思わなかった。
結局その日も、心の準備が出来ずに走り出して成績良かったけどさぁ!
タイムが良くなったのがあの馬鹿のせいだなんて、しばらくの間は思いもしなかった。
『最近肩の力が抜けて良い走りが出来てるぞ』
なんて先生に言われても認めたくはなかった。
『あの彼氏のおかげかな。大事にしろよ』
なんて言われて全力で否定するくらいには。
『違います!』
ってはっきりと言ったのに、先生もみんなも、何でにやにやして見るのよ!
まぁでも、ネガティブなことを考えなくなって、リラックスして走れてるのは確かだったから、仕方ないけれどそこだけは認めてあげた。
それからは本当に楽しかった。
だって走れば走る程、練習すれば練習する程、タイムが良くなるんだもん。
ただ速くなるだけじゃなくて、みんなからも先生からも凄いねーって言って貰えるのが嬉しかった。
あの馬鹿の応援に応えられたっていうのも、まぁ嬉しくはあったかな。
恥ずかしいけれど応援してくれてるには変わりないからね。
「そして調子に乗った結果がコレ、かぁ。世の中上手く出来てるね」
調子が悪くてどん底だと思ったら、突然絶好調になって、そしてこのままどこまでも行けるかと思ったらそこは行き止まりだった。
人生の厳しさを教えて貰ったかな。
「はぁ……」
明日、みんなに心配かけてごめんって言わないと。
あの馬鹿にも。
あいつ、どんな反応するのかな。
フレーフレーリ・ハ・ビ・リ!とか言い出しそう。
ふふふ、そんなことしたら松葉杖でぶん殴ってやる。
……悲しそうな顔、しないよね。
べ、別にあいつがどう思うが勝手でしょ。
そもそもあいつが勝手に応援してるわけだし。
……
…………
で、でもまぁそれは流石に可哀想かな。
そうだ、どうせしばらく部活はお休みすることになるんだし、あいつと遊んであげようっと。
彼女になるかはその時のあの馬鹿の頑張り次第ってことで。
これ言ったら、あの馬鹿、どんな反応するかな。
「私も高校生なんだし、少しくらいは遊んでも良いよね」
それが何かから逃げていることだというのは、心の何処かで気が付いていた。
「え?お休み?」
「ああ、今日は休むんだって」
「そう、なんだ」
翌日、あの馬鹿のクラスに向かったが、まさかの休みだった。
私の怪我にショックを受けて心に傷を負ったとか?
なんて、そんな性格じゃないよね。
……ないよね?
「ああ良かった」
「え?」
「いや、あいつのこと心配してくれてるんだなって思って」
「あ、いや、その、別に心配なんて……」
名前は知らないけれど、あの馬鹿と良く一緒にいる男子生徒が、的外れなことを言ってくる。
「あいつ、知っての通り大馬鹿だけど、めっちゃ良い奴だからさ、よろしく頼むよ」
そんなことを言い放ってそいつは教室に戻った。
よろしく頼むって何。
別に私はあの馬鹿の事なんてどうでも良いんだから。
やっぱりあいつと遊んでやるの止めよ!
「ごめん、見ての通りだから、休ませてあげて」
「……はぁ」
翌日、あの馬鹿は登校していた。
でも机に顔を突っ伏して気持ち良さそうにスヤスヤと寝ていたのだ。
せっかく私が来てあげたのに、何よそれ!
しかも馬鹿のツレは起こすなと言ってくるし。
もう知らない!
その後も、あの馬鹿は毎日始業時間ギリギリに登校し、休み時間はずっと寝ていて、放課後は真っ先に帰宅していたため、話をする機会が訪れなかった。
「何やってるんだか」
おかげで私は毎日が手持ち無沙汰だ。
部活がお休みになり、あいつと遊ぶつもりだった放課後も一人きり。
クラスの仲間は遊びに誘ってはくれるものの、足が不自由で迷惑をかけるから、治ってからねとつい断ってしまう。
あいつだったら迷惑をかけても気兼ねしないのに……
そんなことを考えながら、私は杖をついて家へと向かっていた。
ふと、少し強い風が吹いてきて思わず目を瞑る。
それまで無風に近い状態だったのでびっくりした。
風が吹いて来た方を何となく見ると、そこはこの辺りで一番大きな神社だった。
鳥居をくぐった先の参道付近には小川が流れる小さな広場があり、母親が見守る中で幼い子供達が遊んでいる。
並木道になっている参道を歩いた先には少し長い階段があり、その先に境内がある。
夏になるとお祭りがあるそうだけれど、私はお祭りより走りたい派だったので行ったことが無い。
今年は行ってみるのも良いかも。
って何であいつが一緒に居るのよ。
私の想像に入って来ないで!
「そ、そうだ。せっかくだからお参りしてこっと」
早く怪我が治らないと不便だからね。
神様にお願いすれば効果があるかも、なんて。
って私の馬鹿!
長めの階段があるって知ってたじゃない。
階段の幅は広いから、この足でも時間をかければ安全に登れるかもだけれど、流石に嫌だよ。
はぁ、帰ろ。
「!?」
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさし、踵を返そうとした私の目に、まさかの光景が映った。
「え、なんで、あ、ええと、あれ、なんで私隠れてるんだろう」
思わず近くにあった太い木の陰に隠れてしまう。
境内から階段を降りて来たのは、あの馬鹿だった。
別に隠れる必要は無かった。でも一旦隠れると中々出にくい。
だって『なんで隠れてたの?』って聞かれたら答えられないもん。
「……?」
何をやっているんだろう。
あいつは階段を降りきったのに、振り返ってまた登り始めた。
「まただ」
そのまま待っていると、降りて来てまた登り始める。
「何かの練習でもしてるのかな」
体力づくりのための階段ダッシュが思い浮かんだのは、私が陸上馬鹿だからだろうか。
でも、健康のために階段を上り下りするのは良くあることだし、ここの階段は傾斜も長さも程良いから歩いて往復するだけでもそれなりに運動になりそう。
……でも、運動だけであんなに真剣な表情になるのかな。
あの馬鹿の顔は、これまで見たことが無い程に真剣で、思わずドキリとしてしまう。
ってしてないしてない!
あんなやつにときめくわけがないんだから!
「はぁ、なんか疲れた」
話しかけられる雰囲気じゃないと思ったので引き返したんだけれど、どっと疲れが出て来たので広場で休むことにした。
空いているベンチに座って、子供達が水遊びしているのをぼぉっと見ている。
「あいつ、ホントに何やってるんだろ」
脳裏からあの馬鹿の顔が消えてくれない。
真剣に階段を往復するあの馬鹿が何をやっているのかが何故か無性に気になる。
でも、だからといって話かける勇気が何故か出てこない。
こんなにも直ぐ近くに居るのに。
私は鞄からタオルを取り出し、近くの水道で濡らしてベンチに戻り、それで顔を覆った。
「はぁ、気持ち良い」
化粧してないから、平気でこんなことが出来る。
走った後や練習して体が火照った時にこれをやると最高に気持ち良いんだ。
でも、走るのを止めるなら、化粧もしてみたいな。
あの馬鹿はどんな感じが好きなんだろう。
って何考えてるのよ!
私はタオルで顔を隠していて本当に良かったと思う。
妙な思考回路になって百面相になっているからではない。
近くに居た母親たちの会話が聞こえてきたからだ。
「ねぇ、今日もあの子来てるんだって」
「そうなの?毎日でしょ。凄いわね」
『あの子』という言葉を聞いて、何故かあの馬鹿が思い浮かんだ。
「あの長い階段を往復するなんて私には無理」
「私もよ。最近膝が悪くて」
「エスカレーターとかあれば良いのにねぇ」
階段を往復する子。
どうやら私の想像は間違いでは無かったみたい。
あの馬鹿、この辺りで話題になってるなんて、一体何やってるのよ。
「ホント、若いって良いわねぇ」
「お百度参りって言うんでしょ。好きな子のために頑張るなんて素敵じゃない」
……
…………
………………は?
い、今何て言いましたか、お母様方。
お百度参り?
好きな子のために?
はい?
「あらその話、私知らないわ」
「そういえばあの話をした時、斎藤さん居なかったわね。実はね、私の従妹がこの神社で働いてて教えて貰ったのよ」
「それでそれで」
「どうやらあの子、前の月曜からお百度参りを始めたそうなの」
「あら、結構最近なのね」
前の月曜って、確かあの馬鹿が休んだ日よね。
「それがね。その日は朝からず~っと続けてたんだって」
「え?学校は?」
「子供が一日中神社に居るのを従妹が不審に思ってその子に聞いたら、今日はこのために休みを貰いましたって言うのよ」
「ええ!?お百度参りのために学校休んだの!」
はぁ!?
あの日、そんなことしてたの!?
って一日中!?
「しかもね、翌日からは学校には通ってるみたいで夕方から来るんだけど、深夜になるまで帰らないそうなの。止めるまで帰らないんだからって従妹が愚痴ってるのを聞いちゃったのよ」
「そこまでするなんてご家族の方がご病気にでもなったのかしら」
「それが違うのよ」
「え?」
「どうやら好きな女の子が怪我してるみたいなの」
「それじゃあその子のために頑張ってるの。素敵」
……なに、それ。
お百度参り?
学校を休んで?
夜中まで?
私の怪我を治して欲しいって神様にお願い?
意味が分からない。
意味が分からない。
意味が分からない!
なんで?
早く治って欲しいなら、リハビリを手伝ってくれれば良いじゃん。
何で神頼みなの!?
馬鹿じゃないの!?
あ、そっか、あの馬鹿は、いつもズレてるんだった。
リハビリするよりも神様にお願いする方が早く治りそうなんて、本気で思ってそうだ。
「それだけじゃないのよ。その子ね『怪我のせいで好きなことが出来なくて辛いだろうから、少しでも早く治るようにこうやって俺なりに『応援』してるんです』って言ってたそうなのよ!」
「きゃーなにそれぇ!すっごい健気じゃない」
「でしょう!うちの息子に見習わせてあげたいわ」
「それよりうちの人の方が見習って欲しいわ。この間なんかせっかくの休みなのに……」
別に辛くなんかないのに。
私は陸上に命をかけてるわけじゃないから、怪我が治ったらまた走れば良いだけ。
少しお休みするくらい何でも……無いのに。
むしろ、女子高生らしいこともやってみたいって、少し楽しみなくらいなのに。
そうよ……
何でも……
なん……でも……
無くない。
無くないよ。
走りたい。
風を感じたい。
大地を力強く蹴りたい。
全身を大きく動かしたい。
わたっ……私っ……
これまで自分を偽り、隠していた気持ちが溢れて来た。
走りたいよおおおおおおお!
「~~~~!!!!」
本当に、タオルがあって良かった。
涙でぐしゃぐしゃになった真っ赤な顔なんて誰にも見せられないもん。
あの馬鹿は最初から分かってたんだ。
私が走ることが大好きだってことを。
勝負としてではなく、全力で走る事自体が好きだってことを。
だからあの馬鹿は、ううん、あなたは、タイムについては何も言わなかったんだね。
どうしておめでとうを言ってくれないのか、実はちょっと不思議だったんだよ。
毎回『無事に終わって良かったよ』って言ってくれたのも、好きなことが続けられることを喜んでくれてたんだね。もう、分かりにくすぎだよ。
ごめんね、わたし、あなた以上に馬鹿だった。
自分の気持ちから逃げて、辛い気持ちを押し殺して、無理矢理好きなことを遠ざけようとしてた。
でももしかしたら、あなたは、私がこんな風に逃げてないで自分の気持ちに素直に延々と塞ぎ込んでると思っているかもしれないね。
わたしが自分の気持ちと向き合えない弱い人だって知っても、あなたは私を好きでいてくれるかな。
……勇気を出そう。
色々な意味で。
そう、色々な意味で。
私は立ち上がり、階段へと向かった。
「え……春風さん?」
「奇遇ね」
嘘です。
あなたがここに居るのは知ってた。
「ああ、うん。奇遇だね。あの、その、足は大丈夫?」
「見ての通り、まだ松葉杖から解放されてませーん」
「そっか……」
こらこら、暗い顔になっちゃダメでしょ。
そこは無理矢理明るく振舞って私に気遣う所だよ。
「それで、あなたはここで何をしているの?」
「え?ああ、うん。ちょっと運動でもしようかなって」
「そうなの?てっきり私の怪我が治りますようにってお百度参りでもしてるのかと思った」
「え?」
ふふ、驚いてる驚いてる。
こういうのって本人には言い辛いし、バレたら照れくさいもんね。
私がこれまで味わった恥ずかしい感じ、少しは思い知ったかな。
驚いて何を言おうかあたふたしているのがちょっと面白いけれど、意地悪はこのくらいにしておこう。
「もう、いいよ」
あなたの想いが神様に届いたかは分からない。
でも少なくとも私には届いているから。
ううん、違うかも。
「きっと神様には伝わってるから」
「でもっ!」
私の足に視線が向けられる。
神様にお願いしたからって、すぐに治るような奇跡が簡単に起こるわけないじゃない。
神様はちょっとした手助けをしてくれるだけだよ。
例えば、ちょっと風を吹かせて、大切な人に出会うきっかけをくれる、とか。
私はあなたが作ってくれたチャンスを、活かして見せる。
「ねぇ、お願いがあるの」
「お願い?」
「そう、貴方にしか出来ない事」
「俺にしか?」
これは私の決意の証。
これからも走り続けるということ。
そして、あなたの傍に居たいということ。
「リハビリを一緒に手伝ってください」
――――――
「この空気、久しぶりだな」
地域の高校の陸上選手が集まる小さな記録会。
私はまた、この場所に立っている。
別に奇跡が起きたとか、そう言う訳ではない。
そもそも普通に療養していれば、元通りとはいかなくても普通に走れるようにはなるのだ。
それでも、私は思う。
彼と二人三脚で乗り越えて来たリハビリの日々は、最速での復帰を狙うコースを選択したからか、想像していたよりも遥かに辛くて、今ここに立てていることが偉業を達成したかのように感じてもおかしくは無いのだと。
もうすぐ私の番だ。
「はーるーかーぜーさーん!」
彼の声が聞こえてくる。
なんか全身カラフルに光ってるんですけど!?
そういえば昨日ゲーミングPCを参考にしたんだって言ってたっけ。
ゲーミングPCがなんのことか分からなかったからスルーしたけれど、あんなのなら拒否しとけば良かった!
まったく、これは変わらないのね。
恥ずかしいけれど手を振ってあげよう。
そして、走ろう。
彼が導いてくれたこのステージを、全力で楽しもう。
驚きの自己ベが出るわけでも無く。
怪我が再発することも無く。
私は普通に走り終えた。
ああ、そうだ。
この感覚こそが、私が求めていたものだった。
楽しい。
楽しかった。
これからももっともっと走りたい!
でもその前に、今日はやらなきゃならないことがある。
「ごめん、みんな、私行かなきゃ」
「はーい、いってらっしゃーい!」
「こっちは気にしなくて良いからね」
「むしろお持ち帰りされちゃえー!」
「きゃー」
ふんだ、私を揶揄うなら素敵な相手を見つけてから言ってよね。
私が走り終わったら、会場内の
彼はカラフルな謎の装備はちゃんと外して、待ってくれていた。
アレつけてたら本気でぶん殴るつもりだったよ。
彼とリハビリの日々を過ごす間に、彼が大事なところでは空気を読んでくれるっていうことに気が付いていたから安心はしてたけどね。
「お疲れ様。無事に終わって良かったよ」
「うん。元気いっぱいだよ」
あなたのおかげでね。
「それで、私の走り、どうだった?」
「春風のようで綺麗だった」
うわーくさいなぁ。
台詞考えて来てたな。
私としては、今の気持ちを率直に伝えてくれた台詞の方が嬉しいけれど、うん、これはこれでありかな。
辛うじて合格点です。
ということで。
「ん」
「!?」
軽く合わせるだけの口づけを。
「山崎心之丞くん、好きです!付き合って下さい!」
「あ…………うん!」
私は決めたんだ。
これからは走ることも恋も、自分の気持ちに素直に全力で楽しむって!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます