第2話 女子目線補正
僕と貴史は多分、腐れ縁てやつで、同じクラスになる確率がすげー高い。
違うクラスだったのは、小5と、高1くらいじゃないかなぁ。要するにほぼ一緒。
知り尽くしてる気がしてる。
教室に入ると待ってたと言わんばかりに飛び出してきた女の子、
飛び切り大きな瞳と、長いまつ毛、均等に白い肌、ほの赤い唇。長い間、ピアノを習っていて、コンクールでいい線に入ったという噂。
実を言うと僕は、彼女をちょっと意識していた。
声をかけられて恥ずかしい。
「純さぁ、また
額に汗をかく。
『さゆりん』!?
今まで長野さんが自分をそう呼ぶのを聞いたことがない。
何か喋らなくちゃと思うけど、舌が回らない。
「いやー、その、ちょっとなんでかな? 腐れ縁てやつでそれ以上でもそれ以下でも⋯⋯」
後ろからのそっと
さゆりんより丸顔で眉が太い。瞳は丸く、つぶらな黒い目をしている。
「なんでも腐れ縁で済ませちゃって、それでいいと思う? 東堂くんの気持ちも考えなよ」
「なんで貴史の気持ちを⋯⋯」
「特別扱いされたーい! やさしく荷物持ってほしい! 背の高い彼氏に見下ろされたーい!」
「⋯⋯それはさゆりんの希望でしょ」
「お手付きだけど、さゆりんも東堂くんみたいな彼氏が欲しいじゃん?」
「告れば?」
「やだ。この前のC組の子、玉砕したんでしょ? 哀れよ。そんなのやだ」
ふうん、貴史は告られてフッたんだ。
どんな子か知らないけど、不憫。ガンガン迫ってもアイツは多分、クールなままだろう。
なんとなく、目に浮かぶ。「ごめん、悪いけど」。
前にも古風に下駄箱に入ってたラブレター、放課後の教室で告られて「ごめん、悪いけど」ってフッてたし。
「⋯⋯女の子の方はやり切れないよなぁ、あんなフり方で」
「なぁに、純てば見てたみたいな言い方!」
「あ、ほら、帰りにたまたま居合わせたことがあって」
「確かにそれはいたたまれないよ~。すぐそこにライバルいたらねぇ。でもどういうつもりだったんだろ? 純より『わたしの方が上よ!』って思ったわけ? 大丈夫、さゆりんが保証してあげる。純は名前の通り、純粋でかわいいからね!」
あははは⋯⋯と乾いた笑いしか出ない。
女子っていつも笑ってて、楽しそうだなぁっていつも思ってたけど、意外とエグい話してたんだなぁ。
さゆりんにちょっと失望。
なんだよ、さゆりんって。
しかもちょっと計算高いだろう?
かつて僕が存在してたグループを見る。
なかなかいいポジだったのに。
貴史は相変わらず涼しい顔して淡々と受け答え、してる。みんな、それに慣れてて、貴史を冷たいとは思ってない。そんなヤツ、くらいにしか。
⋯⋯好きな女の子がいたのか? 聞いたことない。
ずっと一緒にいたのに、あんまりそういうの、聞いたことないなぁ。知る限り、付き合った子もいない。
今までに何回告られて、何回、フッたのか。
男だった時にも、話したことない。僕はそれに興味がなかったし。
なんとなく、貴史は誰とも付き合わないって、そんな気がしてたから。
予鈴が鳴って、みんな、それぞれの席に着く。
僕の席、隣は貴文だ。
くじ引きの時、貴史は僕の隣になったヤツと席を交換してた。まぁ、そういう日常だったわけで。
貴史にも好きな女子がいたのかな? この席の近くに?
全然、思い浮かばないや。
「なんだよ、先生入ってきたぞ」
「な、なんでもない! ちょっと気になることがあっただけ」
教師が教卓の上に持ってきた教科書たちを置くと、貴史はすっと真っ直ぐ前を向いた。中学まで剣道やってた。あの、試合の始まりと同じ集中。
知ってる。これから几帳面にノートを取る。
特にこの世界史のノートは板書も多いから。
それでテスト前になると、全部コピーされて僕のところにやって来る。どの教科も、全部。
ラインマーカーまで引かれてる上に、うちに来て講義まで受けるんだ。
⋯⋯当たり前のことになってたけど、それって大変じゃね?
女子になって初めてそう思った。当たり前でできることじゃないよなぁ。
僕の平凡な成績が、ほんの少し浮かんでるのは、全部アイツのお陰で、ひとりだったらきっと勉強なんてしない。
しない?
――とりあえず、ノート取ろう。今回も講義があるかわからんから。
◇
「純!」
ビクッと立ち上がる。
聞き慣れた声はいつもよりワントーン低めで、なんだ、女子って聴覚違うのかな、とドキドキする。
しかし長くて細かい夢だな。
ここテスト出るから、とか正夢になんのかな。
このままだと、丸1日が夢になりそうだ。
周りの女子⋯⋯つまりさゆりんたちが、ほら、と促してくる。いや、そういうのは止めてくれ。なんだか恥ずかしくなるから。
さゆりんと真佑、あと先日、書道ですごい賞を取った
どんどん、貴史が近づいてくる。
「帰らないの? 長野さん、みんなで遊ぶ日?」
「違うよ。ほら純、支度できてんの? 東堂くん待たせたらダメじゃん!」
3人の女子はにこにこ笑ってこっちを見てる。怖い。
ほら、とさゆりんはもう一度僕を肘で突いて、耳元で「さっきの話で意識しちゃった?」と囁いた。
さゆりん、品行方正眉目秀麗の、クラスにひとりいるかいないかのありがたい美少女だと思ってたのに、なんか腹黒い⋯⋯。まぁでも夢だし。それにしても酷い。
「純」
「あ、はい。じゃあみんな、明日」
じゃあね~と女子たちは手を振った。そっくりのにこにこ顔で。
◇
「⋯⋯今日は一緒に帰ると都合悪かった?」
「ううん、全然そんなことない。えーと、男女で帰るのをみんなに冷やかされたっていうか⋯⋯」
頭上では貴史が何を考えてるのかわからない顔で、前方をじっと見ていた。
それにしても背が高い!
そもそも僕は女の子よりちょっと背が高いくらいの身長だったので、プラス女子補正ですごい身長差だ。
僕たちは学校から歩いて駅に行き、電車2駅で自転車で帰宅する。
駅までの間、沈黙してるのか? いつもならどうしてた?
足元に直接、日差しが当たってヒリヒリする。姉ちゃんがスカートの下に履く短い黒のスパッツを出してくれたから、少しはひらひらはマシだけど。
考えてみたら⋯⋯いつも僕が勝手にぺらぺら喋ってて、貴史は面白いのかつまらないのかわからないまま、相槌を打つスタイルだった。
つまり、僕が喋らないと場が和むことがない!
「なんか今日、嫌なことでもあったのか?
綾とは姉ちゃんのことで、小さい頃からコイツはイジられ倒され、ちょっとした苦手意識があるらしい。
「そんなことないよ、どっちかっつーと、姉ちゃんには助けてもらったっつーか」
そうそう、不思議なくらい、朝の不機嫌もなく、協力的だった。
「純!!!」
ハッとなる。歩行者信号が点滅していた。
でもまだ点滅なので、気をつけなくちゃいけないけど、走れば渡れなくもない。そういう時もある。
「⋯⋯気を付けろよ。ビックリする」
「あ、はい、迂闊でした」
貴史は僕の手をギュッと握って、飛び出すのを止めた。
――ギュッと手を握って。
⋯⋯⋯⋯!?
こんなこと、男同士でもしないだろう?
お前、女の子相手なら慣れてんの?
僕の知らない貴史の側面に、疑問が湧く。
僕はまだ握られた手を見て、それから顔を上げて、なんだか真剣な顔をしている親友を見上げた。
貴史の手は、気が付けば汗をかいていた。
「車には気を付けよう。俺もよく見るようにするから」
「あ、うん、そうだね。危ないもんね」
信号の隣りの電柱には、歩行者と車の事故があったこと、まだ犯人が見つからないことが書かれている。ここの信号、よく事故あるんだよなぁ。
「普段から気をつけなくちゃね」と言うと、貴史は「ああ」とこぼすように言った。
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