83.取り巻きといえど責任は必要

 ドゥラン侯爵令嬢に追従した貴族家には、重労働を課すことに決まった。現時点で、跡取り息子にも同じ罰が適用される。個人への罰に加え、家としての処分も必要だった。家名を使っての脅迫、圧力、様々な便宜を要求した経緯を、アルベルダ伯爵令嬢イネスは、顔を上げて堂々と告発した。


 ドゥラン侯爵令嬢に従った取り巻きは、侯爵家と伯爵家が一つずつ、子爵家が二つ。どの家も横領などに絡む文官への脅迫や暴力に手を貸しており、無罪放免はなかった。


 彼女達が起こした事件や不敬、実際にされた被害に至るまで。私と離れていた期間、彼女もただ遊んでいたのではない。そう示すように、学院内で情報を集めていた。リディアの死に怯えて迷ったものの、覚悟は決まったようだ。元から気の強いイネスだもの。


 思い出したエピソードに、くすっと笑みが漏れる。三人で街へ出た際、酔っ払いに絡まれたことがある。まだ夕刻なのでさほど警戒していなかった。護衛の騎士が直前に起きた馬車事故の対応をしている隙に、絡まれてしまったのだ。


「下がりなさい!」


 厳しい声で叱責したのはイネスだ。震えながらも私を守ろうと前に立つリディア。二人ともとても勇敢だった。私は護身術を習っていたため、いざとなれば披露するつもりでいた。実戦で通用するか自信はなかったけれど。


 物語なら、ここで王子様が助けに入る。我が国では期待できない展開だ。そもそも彼に助けられるくらいなら、自分で叩きのめす方がいいわ。多少ケガをするとしても、婚約者に頼るのは嫌だった。


 ぐっと拳を握り、私は正面の酔っ払いを睨む。貴族相手に騒動を起こす平民は少ない。あとで罰せられる罪が重くなるからだ。平民同士の喧嘩のように、両成敗とはいかなかった。酔っていることで気が大きくなったのか、私達のお忍びの姿のせいで貴族だと理解していないのか。


 伸ばされた手を避けるように、イネスが一歩下がった。その時に引いた足を後ろに振って、一気に蹴り上げる。酔っ払いの股間を直撃したらしく、すごい悲鳴が響き渡った。人が出せるとは思えないほど、濁った切実な叫びだ。


 馬車事故の処理を放り出し、護衛が駆けつける。すぐに保護された私達は馬車に乗せられ、帰路についた。無言が続く馬車の中、イネスが大きく息を吐いた。


「怖かったわ」


「でも凄かった」


「イネスはケガをしていないの?」


 彼女の呟きがきっかけとなり、馬車は急に賑やかになる。見事な蹴りを披露したイネスは、見様見真似だったと白状した。初めてだから加減が分からなくて……そんな言葉に、絶叫の理由が分かった気がする。全力で蹴られたから、相当痛かったのね。





 凛として顔を上げたイネスの声に、次々と過去が過ぎる。目の前で観劇が上映されているように、記憶はぽろぽろと溢れ出した。リディアを失った痛みがじくじくと胸に広がる。と同時に、彼女との小さな出来事が浮かんだ。


 刺繍をしたハンカチを交換し合ったこと、一緒にお菓子を焼こうとして鉄板を落としたこと。気に入った小説を貸したら、好みがまったく違ったこと。


 告発を終えて胸を張るイネスは、下唇を噛んだ。泣きそうになるのを堪えた表情が、とても美しいと思う。彼女の視線がゆっくり私の目と重なり、瞬きして逸らされた。


 ええ、あとで私から話しかけるから。それまで待っていて頂戴。ようやくリディアのことも、あなたのことも思い出してきたの。残った共有の記憶をすべて取り戻したい。


 ドゥラン侯爵家もきっちり裁く。タイミングが今ではないだけ。見逃すことはないと、釘を刺す。フェリノスから、四つの貴族家が消える。ドゥラン侯爵家に従ったグリン侯爵家、イニエスタ伯爵家、レンドン子爵家、サラビア子爵家だ。


「各貴族家は取り潰し、領地や財産は国庫に回収とする」


 クラリーチェ様の、女王としての判決が響き渡った。

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