79.フェリノスは動物の国だったかしら
元国王オレガリオは、すでに国を奪われ地位をなくした平民だ。ロベルディ国への移動に際して、本来なら猿轡などは外される。罪人は荷馬車に積んで運ぶことになっていた。揺れる上、非常に床が硬い。転がり落ちないよう縛り付けて運搬するため、必要ない拘束は外すのが通例だった。
償わせる前に死なれると困るからだ。今回はその配慮を逆にした。途中で命を絶つほど
正直、私も少し気になるわ。でも、席を立ってわざわざ見に行くほどではない。
「女狐と雌猫、どちらから処理すべきか」
王太子が礼儀知らずの猿で、狐に猫……この国はいつから動物に支配されていたのかしら。伯母様の茶化した表現に、くすっと笑った。
「そうして笑っておれ、そなたはロベルディの王族なのだから」
ことあるごとに、クラリーチェ様は私にそう告げる。フェリノスの公爵令嬢ではなく、ロベルディの王族――ちらりとお父様を見上げると、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。何か裏がある表現ではないみたい。斜め後ろに控えるサーラが進言した。
「女王陛下、休憩を挟んではいかがでしょう」
お茶の用意をいたします。付け加えられた言葉は柔らかく、伯母様も同意した。許可を得てお茶の支度が始まり、貴族達も場を離れる。クラリーチェ様と手を繋いだ私は、王妃様達を手招きした。ぜひ一緒にと誘い、謁見の間から移動する。
王宮の侍女を通さず、サーラは自分でお茶の道具を用意した。見慣れた缶から茶葉を取り出す。王宮にある茶葉を使わないところが、彼女らしいわ。そういえば、離宮へ移動する際に準備していたわね。手際よく淹れられたのは、緑のお茶だった。
香りが高く、やや濁りのあるお茶はほんのり甘い。渋さや苦みもあるのに、最後に甘さが口に残った。砂糖とは違う自然な甘さをゆっくりと味わった。ここは客間なのか、応接用のソファとテーブルが並んでいる。クラリーチェ様と私は並んで座り、王妃様とパストラ様は向かいに腰掛けた。自然と残った椅子がお父様の位置になる。
いわゆる議長席ね。長細いテーブルはマーブル模様の大理石のようだった。白に模様が入っている。その上に鮮やかな黄色基調のカップを並べ、緑茶を注ぐ。見た目も美しかった。二口目を飲んで「あの日と同じ味だわ」と感じる。
あの日? 何かが刺激された気がして、私は少ない記憶を探る。苦しい思いをした紅茶とは違う。どこか穏やかな感情が呼び起こされた。伯母様が何か話しかけているのに、己の内面と向き合うのに必死だった。
零れ落ちてしまいそう。何かが思い出せそうなの。焦った私は緑茶を口元へ運び、その香りを胸いっぱいに吸い込む。それでも足りない気がして、口をつけた。飲み干す手前、ふわりと広がった香りに目を見開く。
「アリーチェ?」
不思議そうなお父様の呼びかけに、ぼんやりした記憶が鮮明になる。そうだわ、あの日の私は同じこのお茶を飲んだ。同じ色のカップで……。
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