50.王宮の隠し通路をすべて晒す
再び私の命が狙われた。やや大袈裟にそう告げて俯くと、王妃様は目を見開いて固まる。パストラ様の手にあるカップが傾いて……溢れる直前に侍女が支えた。慌ててソーサーへ戻される。
「なんて愚かなの……私は……アリッシア様になんてお詫びしたら」
王妃様はきゅっと眉根を寄せ、険しい表情で嘆いた。この国の王妃になるため嫁いだけれど、生まれた国は隣国ロベルディだ。このフェリノスで地位が逆転しても、王妃カロリーナ様にとって母は王女だった。
「隠し通路が使われたのですね? でしたら、すべて公開いたします。どうせもう……この王宮は、近くお役御免になるでしょうから」
フェリノス国の王家は終わり。現王妃のカロリーナ様が言い切った言葉は、そのまま未来を示していた。ここまで貴族が離反し、王族の起こした事件を調べている。どう取り繕ったところで、隠しきれない状況だった。
「私もいくつか存じております。お母様、後宮や本宮の通路も公開しましょう。私達は何も困りませんもの」
王女パストラ様は穏やかな笑みを浮かべて、母を促す。すぐに王宮の見取り図が用意された。普段は秘密書類として、表に出されない。侵入者対策であり、同時に権威の象徴でもあった。
平面図は、各階ごとに丁寧に描かれていた。各階の位置を正確に把握するため、階段が目印になる。その位置を重ねれば、上下階の状況が理解できるよう、同じ縮尺で作成されていた。
「ここ、それからここにも扉があるわ」
「こちらに繋がっているの」
お二人の協力で、王宮の隠し通路や扉の位置が明かされていく。その数は想像より多かった。
「この辺は古すぎて扉が開かないと思うわ。四世代以上前の仕掛けなの」
いくつかは古過ぎて利用できないとバツ印がつけられた。それでも調査と確認のため、すべてを地図に書き足していく。この調査が始まって、テーブルのお茶はすべて片付けられた。
代わりに用意されたのは、大きな紙と文官達だ。絵の心得がある数人が、地図を模写し始めた。手分けして回るなら、同じ地図が複数必要だもの。エリサリデ侯爵の指示で、次々と書き足された。
「昨夜の侵入がこの部屋なら、繋がっているのは……この辺りね」
王妃様の指が、すっと本宮の一角を示した。地図上は物置になっている。だが、小さな物置が複数並ぶ不思議な間取りだった。
「ここの物置はすべて、外へ通じているわ。離宮だったり後宮、一番遠いものは隣の森へ出られるはず」
逃げるための通路と考えて間違いない。知られていないことを利用して、侵入経路にしたのなら……。
「目的は何かしら。私の殺害? でも、いま何かあれば王家が疑われるのに」
自分達が疑われると確実な状況で、わざわざ私の命を狙う理由が分からない。そう呟いた私に、お父様が首を横に振った。
「狙われたのは、アリーチェではない。俺だろう」
確信を滲ませたお父様の声に、エリサリデ侯爵が「なんて愚かな」と呻き声を漏らす。本当にその通り、私やお父様を殺しても流れはもう止まらないわ。
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