25.お茶会を壊す衝撃の報告

 出生の届けが出された貴族家の子女は、全員、学院へ通う義務がある。たとえ庶子であっても、家の名で出生届けが出されれば実子と同じように義務が生じた。そのため、何らかの理由で庶子を家に住まわせても、養子縁組や届けを出さない貴族が多い。


 令嬢は16歳になれば2年間、令息は15歳以上で4年間。通う時期は自由なので、家の事情で20歳近くになってから通わせる家もあった。特に遅らせる理由がなかったため、私も16歳から通ったらしい。兄カリストは15歳から通い、ずっと首席を維持していた。


 19歳になる兄は今年で卒業となる。2歳年下の私も今年卒業予定だった。予定というのは、学院へ通わない選択をしたからだ。王家の許可が必要だが、王妃様が発行可能な書類だった。


 王太子に婚約破棄され殺されかけた、その話は冤罪であった事実と共に噂になっている。いいえ、父や貴族派が積極的に広めていた。否定されず燃料を投下し続けると、噂は驚くべき早さで延焼するのだと大笑いしていたわね。お父様、必要以上に敵が多いんじゃないかしら。


「ドゥラン侯爵家なら、謝罪のお手紙をいただきましたわ」


 すでに謝罪を受けて和解が成立したかのように微笑む。引っ掛かるか、諦めるか。彼女の反応を見ながら、用意されたハーブティに口を付けた。ゆっくり舌の上で転がし、喉へ流し込む。爽やかなシトラス系の香りと苦みも渋みも感じない薄味を楽しんだ。


 彼女の前には紅茶を用意させた。特に気にした様子は見られず、蜂蜜を垂らして口をつける。アルベルダ伯爵令嬢は毒殺の一件で、直接の関わりはなさそうだ。怯えたり手を止める仕草はなかった。それだけでは信用できないが、ひとつの判断材料にはなる。


「アルベルダ伯爵令嬢、あなたは私を裏切ったのね。とても残念だわ……とても」


 わざと尾を引く言い方を選ぶ。指先で紅茶のカップの縁をなぞった。マナー違反だけれど、意味は通じるだろう。あなたの首は風前の灯火、いつ落ちてもおかしくない。残念だけど仕方ないわね、そんなニュアンスを忍ばせた呟きに、驚くほど反応した。


「でも! 証言できます。王太子殿下の命令を受けたドゥラン侯爵令息と、戦う覚悟は出来ております。ですから、リディアとお茶会を計画しました。どうか……」


 もう一度だけチャンスを。そんな嘆願の響きを、思わぬ来訪者が破った。


「アリーチェ! お前は無事だな……よかった。落ち着いて聞いてくれ。ブエノ子爵令嬢が亡くなった」


「……はい?」


 衝撃的な言葉だ。お茶会の参加者が遅刻し、その行方を探ったら死亡? それ以前に、どうして子爵家からその連絡が入らないの。今頃になって、何が……。


 混乱する私以上に、アルベルダ伯爵令嬢はパニックになった。悲鳴を上げて、綺麗に結った髪を乱しながら机の下に潜り込む。そのまま震えて丸くなり、出て来なくなった。


「アルベルダ伯爵令嬢?」


 驚いた顔をする父の呼びかけにも、意味不明な反応をみせた。私は何もしていない、違う、そうじゃない、冤罪だって言ったのに、次は私……同じような呟きを繰り返し、やがて動かなくなった。恐怖が高まり過ぎて気を失ったらしい。


 私とお父様を庇うように立つ護衛騎士と執事が、ほっとした様子で肩の力を抜いた。


「気を失われたようです」


 カミロの報告に、父は伯爵令嬢の侍女を呼んだ。同行させた侍女は乱れた髪に驚いたものの、具合が悪そうだと告げる執事に頷く。


「実は顔色があまりにもお悪く、奥様や旦那様にも止められておりました。どうしてもと無理を仰ったので……ご迷惑をおかけし申し訳ございません」


 男爵家出身だという侍女は、心配そうにアルベルダ伯爵令嬢に付き添う。空いている客間を使うよう指示し、騎士によって運び出された。


「お父様、さきほどの……その、ブエノ子爵令嬢のお話ですが」


「間違いなく本人と断定された。事故ではなく、襲撃があったらしい。生き残りがおらず詳細は不明だ」


 お茶会に出向いたから? 彼女が話してはいけない何かがあったとしたら、伯爵令嬢も同じなのではないか。あの怯えようは異常だった。顔を上げた私は、父も同じ結論に至ったのだと理解する。


「アルベルダ伯爵令嬢は、回復するまで当家が責任をもって預かる。カミロ、その旨を伯爵家に伝えよ」

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