第22話 やりすぎ


 メイドがドアの前で立ち止まり、手を差し出した。


「こちらが湯殿でございます」


 入り口にマサヒデ達の荷物が置いてある。


「お二方の武器が湯気で痛んではいけませんので、こちらに置かせて頂きました」


 2つの風呂敷包みと、マサヒデ達の剣が立てかけてある。


「ハワード様の着込みもこちらにございます。私はここで控えております。お着替えの際、手が必要でしたら、お呼び下さい」


「ありがとうございます。それでは」


 がらり、と戸を開けると、随分と広い着替え場所だ。

 長い棚がいくつも並んでいる。普段はギルドメンバーの大衆浴場のような使い方をしているのだろう。

 今回はマサヒデ達の貸し切りにしてくれたようだ。


 手前に小さな机が2つ置いてあり、そこにマサヒデとアルマダの服がきれいに畳んで置いてある。

 2人は道着を脱いで、その机の上に置き、奥に向かう。


 すりガラスの戸を開けると、湯けむりの奥に大きな湯船が見える。

 手前の桶を取り、湯を汲んで、2人はごしごしと身体を洗う。


「アルマダさん、今回、初めて魔術師と戦いましたが、あれはすごかったです」


「あの方はすごかったですね。私も旅の途中、リーやジョナスと訓練しましたが、彼女は格が違う。魔術もそうですが、あの槍も見事でした。魔術がなくとも戦えるはずです。きっと、槍が主で、魔術は補助といった戦い方なんでしょう」


「そうでしょうね。槍の突きに全くブレがなかった。あれは少しかじった程度で出せる技ではありませんよ。相当の研鑽を積んだはずです。あの魔術もすごかった。ほんの少し前に出るのが遅れたら、きっと私は燃えつきていたでしょう」


 ざばっ、と湯を頭からかぶり、湯船に向かう。

 肩までつかって、ふう、と息を吐く。


「アルマダさん、私、魔術師の戦いに、すごく興味が出てきました。魔術が主の方は、どんな戦い方をするんでしょう。今回は槍が主だったので何とかなりましたが」


「私もですよ。魔術師・・・」


 アルマダはそこでぴたりと言葉を止めた。


「・・・」


「どうしました」


 アルマダはバチャバチャと顔を洗って、


「いや、『本物の魔術師』と言えば・・・」


「ああ、マツ様。お願いしたら、稽古をして頂けるでしょうか?」


「うーん、マサヒデさん・・・ぶっちゃけて言ってしまいますが、私、あの方は苦手です」


「アルマダさん、まだ気にしてるんですか? あれはいたずらだと仰られていたではありませんか」


 アルマダは渋い顔をしている。


「まあ、そうですが・・・」


「それに場所も決まりましたし、貸し賃さえ払うことが出来れば、後は日取りだけです。払えなかったとしても、話はダメになった、と、マツ様にご報告しなければいけません。どちらにせよ、また顔を合わせることになりますよ」


「・・・」


「その際に、一度でも構いませんから、稽古をして頂けるよう、お願いしてみましょうよ」


「・・・そうですね・・・」


「この先、必ず魔術師との立ち会いもあります。ここで熟練者から魔術師の戦い方を学んでおくのは、きっと役に立ちます」


「いや、その通りです。ふう・・・お願いしてみましょうか。しかし・・・」


「まだ何か?」


「いや、あの方、少し本気になれば、この町ごと吹っ飛ばしそうで」


「ははははは!」


「でも、そのくらいの腕はありそうですよ」


「たしかにそんな勢いも感じますね! ははは!」


「ふふふ、この話も聞かれていたりして」


「ははは、それもそれで、話が早くていいじゃないですか」


----------


 たっぷりと湯を楽しんで、2人は湯船から上がった。 

 ささっと身体を拭いて、手早く着替える。


「すみません。着込みをお願いします」


 アルマダがドアの外に声を掛けると、メイドが着込みを持って入ってきた。


「お手伝い致します」


「慣れていますので、大丈夫ですよ。ありがとうございます」


「左様でございますか。では、外でお待ちしております」


 貴族は普段から、部下に着替えや、身体を洗うことまで手伝わせる、とアルマダに聞いたことがある。

 それらに関しては羞恥心を感じないそうだ。

 だが、子供の頃に道場に預けられ、つい先ごろまで道場で暮らしていたアルマダは、恥ずかしくてたまったものではない、と言っていた。


「よい・・・しょっと」


 アルマダが着込みを着て、2人は外に出た。


「どうぞ」


 メイドが立てかけてあった2人の武器を差し出した。


「どうも」「ありがとうございます」


 受け取って、右手に持つ。これは礼儀だ。


「マツモト様がお待ちしておりますので、部屋までご案内致します」


「はい」


 ロビーに戻ると、また急にしん、と静かになって、冒険者達がマサヒデ達を見た。

 先程の3人は、下を向いたまま、暗い顔で、奥の方でテーブルを囲んでいる。

 マサヒデが手前の冒険者に顔にちらり、と目を向けると、冒険者はさっと顔を逸した。

 目に恐怖が浮かんでいる・・・


(しまった。やりすぎたか?)


 これはまずいかもしれない。

 この様子では、ギルドからの参加者が激減してしまうかも・・・


 『稽古をつけるつもりで』とマツモトは言ったが、一応、少しは気を回したつもりで『あれは良かった、すごかった』などと口に出しはした。

 だが、今回は、もっと幇間稽古(やたらと褒めるだけの稽古)のようにした方が良かったかも、とマサヒデは後悔した。

 本気でくる相手に失礼ではあるが、今回は、とにかく人を多く集めなければならないのだ。

 今更どうしようもないのだが・・・


----------


 部屋に戻ると、マツモトが立って「どうぞ」と座るように勧めた。

 顔が暗い。


(や、これはまずい)


 マサヒデは先程のロビーの冒険者達を思い浮かべ、しまった、と思った。


「腕利きの者を選んだのですが・・・」


 マツモトは下を向いてしまった。

 アルマダは構わず、


「訓練場、お貸し頂けますか」


「よろしいでしょう」


「如何ほど必要でしょうか」


「今回は、タダでお貸ししましょう」


「無料で?」


「はい。無料で結構です。ですが・・・」


「何か、他に条件が?」


「いや・・・今回の立ち会いの様子、既にロビーの冒険者達に広まってしまっています。立ち会った本人達はともかく、噂には尾ひれがついてしまうものです」


「・・・」


「当ギルドからはもちろん、一般参加も激減してしまうかも・・・」


 やはり、マツモトも同じ事を考えていた。

 多数の人が集まればそこから有望な人物を、という話であったが、これではその話が成り立たない。


「マツモトさん。それはご心配なく。この話が広まってしまったとして、それでも参加してくるなら、ほとんどが自分の腕が分からない自信過剰な者か、本当に腕利きの者」


「それは、たしかに・・・そうかもしれませんが」


「ただの自信過剰な者はすぐに分かりますし、そうなれば有望株を見つけるのも楽になるのでは?」


「ふーむ・・・」


「ギルドメンバーの腕の選定も、先程、マサヒデ殿がそれぞれ良い所を見つけておられました。それぞれ立ち会いの後、マサヒデ殿の意見を聞くことが出来ましょう。いかがでしょう」


「・・・分かりました。良いでしょう。ギルド長もこういうことが好きな方ですから、許可も頂けるでしょう。場所はうちの訓練場ですから、一応町長にはお伝えはしますが、特に許可が必要となることもないでしょう」


「ありがとうございます」


「ですが、触れは早めに行いましょう。話を聞いて、参加希望者が辞退していってしまうのは避けたいですが・・・」


「たしかにそうですね。マツモトさんはどのくらいで噂が広まってしまうとお考えで?」


「本日中には」


「今日中にですか? それは、いくらなんでも・・・」


「今は人が集まっていますからね・・・明日にはとんでもない話になって飛び交っていることでしょう」


「うーむ・・・」


「急いで触れを出すにしても、明日。希望者を集めるのに数日・・・とても・・・」


「人数は減ってしまうのは、避けられませんか・・・」


「それと、ギルドメンバー達の試合も映ることになります。皆が手も足も出ずに叩きのめされる様子が放映されるのも、うちとしては痛い」


「ううむ」


 たしかにギルドメンバーのそんな様子が町中に放映されれば、このギルドの顔をつぶすことになる。


「どうしたものか・・・やはり、この話・・・」


「そんな!」


 と、そこでノックの音がした。

 立ち上がりかけたアルマダは、言葉を飲み込み、座り直した。


「はい」


「オオタだ。よろしいか」


「あ! 社長!」


「ギルド長殿ですか?」


「はい」


 がちゃりとドアが空き、大柄の太った男が入ってきた。

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