第7話 トモヤの稽古


 役人が帰った所で、


「さあて、そろそろ荷を積むぞ」


 と、トモヤがヤマボウシを縁側へ引っ張ってきて、柱に手綱をくくりつけた。

 少しは慣れてきたのか、もう通行人が通る度に顔を上げて睨みつけるようなことはなくなったが、荷を乗せる度に顔を振り、明らかに嫌がっている。


「もう蹴飛ばすようなことはしないだろうが、大丈夫か」


「大丈夫よ。もうワシとこいつは兄弟同然じゃ」


 と、トモヤは自信ありげだ。


「それと、荷を一つ増やす」


「何だ」


「なあに、旅のなぐさめじゃ。これじゃ、これ」


 トモヤは将棋盤を持ってきた。本格的なものでなく、薄っぺらい板だ。

 仕事のない日などは近所の年寄り達と将棋をさしており、中々の腕だ。何度かトモヤとさしたことはあるが、マサヒデは勝ったことがない。


「旅の間にお主に稽古をつけてやるぞ」


「そんな暇があれば良いがな」


「ふふん。また腕を上げたでな。きっと驚くぞ」


 トモヤは何やら自信ありげだ。マサヒデは先程の役人の話を聞いた後で「のんびり将棋など」と呆れてしまった。


「お主、さっきの話を聞いておらなんだのか。いつ矢や鉄砲が飛んできてもおかしくない旅を、のんびり将棋旅か」


 だがトモヤは得意そうに、


「よく考えてみい。一つ所に長く留まることもあろうし、金が少なくなったらこいつで稼ぐのもありじゃ」


 と、どうだ、という顔をしている。


「まあ、たしかにそれもあろうが・・・」


 言う通り、たしかに金の心配はあるが、まさか賭け将棋で稼ごうとは。


「ふふん、他にも使い所はあるんじゃ」


 なんだか分からないが、何やら他にも使い道を考えているらしい。

 どうせろくなことではなかろうが、と思ったが重くもないし、あまり褒められたものではないが、たとえ賭け将棋でも金が稼げるという所は助かる。マサヒデは将棋板を袋に入れて、鞍にぶら下げた。

 荷を積み終えてヤマボウシを元の木につなぐと、


「さて」


 と、トモヤに向き直った。


「まだ日も高いし、少し出よう。たった一日では付け焼き刃にもならんが、お主の腕をみてやる。行こう」


「ほほう、トミヤス道場の神童に稽古をつけてもらえるとは光栄じゃ」


「茶化すな。行くぞ」


 何もしないよりはマシだ。

 トモヤの力で振り回しているだけで、ある程度はさばけるだろうと思うが、少し鍛錬した者が相手なら簡単にトモヤはあの世行きだ。

 マサヒデも木刀を持って歩き出した。


「で、どこで稽古するんじゃ」


「うむ、ヤマボウシがおった野っ原へ行こう。河原は人目があって、間違って役人なんか呼ばれると面倒だ。あそこなら広いし人もいない。少し歩けば木もあるしな」


「木? また切るのか」


「馬鹿なことを言うな。さあ、行くぞ」



----------



 山の近く、少し傾斜のある平原。普段なら馬がいたり鹿がはねていたりする。今はどちらもいない。


「さて、ここらで良いか」


「おう、楽しみじゃ」


「さて、何をしても良い。俺が近付けないようにしろ」


「よおし、トミヤスの神童よ、我が怪力をしかとご覧あれ」


 トモヤの棒を見る。七尺もあり、太さもある。ただ振り回すだけで十分な迫力だ。

 マサヒデも木刀を片手で軽くぶん、と振って、数歩下がった。


「よし、始めるか」


「おりゃ!」


 という声と共に、トモヤの棒が左から振られた。片手で棒の先の方を掴んで振ってきた。


「お」


 てっきり両手で棒の中程を両手で構えて振ってくると思っていたが、マサヒデは少し驚いた。軽く流したが、手を持ち替えてぶんと逆から振ってくる。


「おお、やるではないか」


「どうだ!」


(ちゃんと長さの利を分かっているな)


 と、また逆から振られた棒をするっと流して踏み込み、木刀をトモヤの首にとん、当てた。


「さ、ここまでだ。降参せねば、お主は死んで旅は終わりだ」


「う、う」


 トモヤは顎を上げて動きを止めた。


「だが、良かったぞ。まあ、少しかじった程度の相手ならなぎ倒せるであろうよ」


「世辞を言われると照れるわい」


「世辞ではない。ただの素人よりはマシ程度だということだ。その棒の良さが分かっている」


「そ、そうか?」


「そうよ。ただし刀相手ならな。同じように長物を使う相手では全然かなわんぞ。では次だ。あっちへ行くぞ」


 と、マサヒデは木立の方へ歩いて行く。


「おい、どこへ行くんじゃ」


「いいから着いてこい」


 そして木立へ入り、


「よいかトモヤ。飛び道具を使う相手が多いということは、自然とこういう所で戦うことが多くなるな」


「たしかにそうじゃ。ひらけた所じゃ良い的じゃ」


「では、ここで振り回せるか」


「む、む、そうか。そういうことか」


「そういうことだ。振り回すだけでなく、突いてみろ。振り下ろしたり、逆に下から上に薙いでみろ。枝や根に引っ掛けるなよ」


「うむ、む、こうか?」


「振るう時は棒の端を持つのではなく、中程を両手で持って、もう少し手と手の間を開けてみろ。そうすれば上からも下からも回せる。それで少し振り回して、ちょうど良い持ち方を探せ」


 ぶんぶんと音を立てて上下から振り回しながら、


「ふむ、こうか、こうかな?」


 と振り回すのを見ながら、しばらく試させてみる。


「さて、もう良いか。先程と同じ、なにをしても良い。俺が近付いたら負けだ」


「おう」


「では始めるぞ」


(さあて、少しいじめてやるか)


 ぶん、と音を立てて突きが来たのを躱し、一歩前に出る。


「むん!」


 上から振り下ろしてきたのを躱す。


「それ!」


 また突きがきたのを躱し、棒を掴んだ。


「どうした。あと一歩でまた首が飛ぶぞ。お主の得物の方が長いのだ。下がれ」


 と言って手を離し、トモヤの首の高さで木刀を軽く横に振る。


「くそっ」


 とトモヤは下がったが、木に躓いて「あっ」と言って転んでしまった。

 マサヒデはトモヤの上へ飛びかかり、首に木刀を当てた。


「うわっ!」


「さ、また死んだぞ」


 と言って木刀を引いた。


「くそう、これは大変じゃな」


「さ、もう一度だ。立て」


「む」


(これでは付け焼き刃にもならんかなあ)


「行くぞ!」


 また突きだ。躱しながら、仕方がないなあ、とマサヒデは地面を蹴り上げた。落ち葉が積もった土が飛ぶ。


「うわっ」


 と顔を拭っている所にすっと近付いて首に木刀を当てた。

 ぺっ、ぺっとトモヤは土を吐き、


「ええい、汚いぞ!」


 と喚いたが、


「まだ分からんのか。『何をしても良い、近づけるな』と言ったであろうが。真剣勝負になるんだぞ。負けたら死ぬんだ」


 と、もう一度顔に土を蹴り上げた。トモヤはぶっ、と土を吹き、顔を拭った。


「ええい、降参すれば死なずに済むじゃろうが」


「口に土が入って『降参だ』と言えなかったな。俺なら首をはねていたぞ」


「むう・・・」


「まだ分かっていないようだな。さ、もう一度」


 数歩下がって、トモヤはまた構えた。


(うーん、やはり分からないかなあ)


「さ、いくぞ」


「くそっ!」


 棒の先を地面に引っ掛け、土を跳ね飛ばしてきた。軽く避けながら、


(お、少しだけ分かったようだな)


 と思ったが、まだ少しだけだ。


「やれやれ」


 と、わざと聞こえるように言うと、


「ええい、うぬに勝てるわけがなかろうが!」


 と、やけになってトモヤは真っ赤な顔で棒を振り回し、がつん、と木に当てて棒が止まった。

 トモヤはそこで座り込んで棒を投げてしまい、はあはあと肩で息をしている。本格的な稽古など初めてなのだ。体力はあっても、やはり疲れるのだろう。


「全く。まだ分からんのか。『』と言ったろう」


「ふん」


「命に関わることじゃぞ。さあ、立て。棒を拾え」


「・・・」


 むっつりとした顔でトモヤは立ち上がり、棒を拾って構えた。


「さ、いくぞ」


 と言うと、


「むう・・・えいやあ!」


 と、トモヤは大声を上げ、大きく棒を振りかぶり・・・そして、くるっと後ろを向いて走り出した。


「わははは! もう稽古はたくさんじゃ!」


「おっ」


 分かったようだ。

 『


「はははは! お先に失礼!」


 遠くでトモヤが笑っている。


「ふふ、帰ったら少しは褒めてやるか」


 マサヒデもにやっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る