第4話 五寸釘


 かきーん、かきーん、と鉄を打つ音が聞こえてくる。熱が外まで伝わる。


「こんにちは」


 一瞬、鍛冶屋は顔を上げ


「やあ、トミヤスの若」


 とだけ言って、すぐに手元に目を戻し、鎚を振るい出した。


 言葉通り、鉄は熱いうちに打て、だ。だらだら話して邪魔をするわけにもいかない。作業場から出て店の方にまわり、座って鍛冶屋の仕事が終わるまで待つことにした。

 修理に出された物だろう、かごに分けられた鍋がある。包丁は研ぎに出されたものか。このような田舎の鍛冶屋では、仕事はこんなものだ。

 釘も転がっている。危ないな、と思い、何となく釘を拾ってまとめておく。


 四半刻ほど待った所で、じゅう、と鉄を水に入れる音がし、少しして、からん、と音がした。しばらくして鍛冶屋がこちらに来た。


「お待たせしました」


「いえ、仕事中に申し訳ありません」


「聞きました。馬の蹄鉄の話で」


「いや、他に欲しいものがありまして」


「何でしょう」


「いやあ、剣術修行の旅に出るというのに、研ぎ石を忘れまして。余りがあれば、お譲りいただけると助かるのですが」


「はは、こりゃまた。若はいつもどこか抜けておりますな。少々お待ち下され」


 鍛冶屋は仕事場の奥に行って、研ぎ石を持ってきた。


「さ、どうぞ」


「ありがとうございます。いくらでしょう」


「こんなもの、いくらでも転がってますから持ってっておくんなさい。包丁研ぎより刀研ぎの方が、石も喜ぶってもんですよ」


「では、遠慮なく」


 と、懐に研ぎ石をしまい込んだところで、


「あ、その釘は」


 と、鍛冶屋が、転がっていた釘を先程マサヒデがまとめておいたものに気付いた。


「や、余計なお世話でしたか。転がっていたもので、危ないと思いまして」


「いやあ、申し訳ありません。注文うけて作っておいたものの、大工の野郎が今は金がねえと言いやがって。それで腹が立ってぶちまけちまったんです。お恥ずかしい」


 鍛冶屋は気恥ずかしそうにして、


「茶でも持ってきますんで、ゆっくりしてって下さい」


 そう言って奥に引っ込んでしまった。

 マサヒデはその釘を見ていて、ふと


(使えるかな)


 と考えた。もちろん、大工仕事にではない。


「や、お待たせしました。出がらしで申し訳ありませんが」


 ずずっと茶を飲んで、


「あの釘なんですが、買わせていただけませんか」


「え? あの釘ですか?」


「はい」


「そりゃ構いませんが、大工仕事でもなさるんで?」


「いえ、違いますよ」


 と、釘を1本、手に取ってじっと見た。鍛冶屋は不思議そうな顔をして、マサヒデを見ている。

 もう1本を左手に取り、重さを見た。五寸釘、十分な重さだ。


「ちょっとあの柱を御覧ください」


 と言って、マサヒデが奥の柱を指さした。

 ふっ、と手を振ると、かつん、と音がして、柱に釘が刺さった。今度は左手を振り、柱にもう一本、釘が刺さった。鍛冶屋は驚いて釘とマサヒデをくるくると見ている。


「こう使うんですよ」


 トミヤス道場は実戦派というだけあって、剣だけでなく、槍、徒手、手裏剣など、様々な戦い方を教える。この大ぶりな釘であれば、棒手裏剣の代わりになるかもと考えたのだ。


「おお、こりゃすげえや。持ってっておくんなさい」


「ありがとうございます。おいくらでしょう」


「良いものを見せてくれたお礼です、ただでお譲りしますよ」


「いや、研ぎ石までもらってしまってますので」


「構やしませんよ、売れ残りですし。それより若様もこれから長旅なんだ、他でももらえるものは遠慮なくもらっておきなされ」


「そんなものですか」


「タダより高いものは、なんて言いますけどね、この村で若にタダで恩を押し付けようなんて輩はいやしませんよ」


「村を出たら気を付けます」


「あいや、そんな説教のつもりじゃないんですよ」


「はは、分かってますよ。では、遠慮なく」


 鍛冶屋が持ってきたボロ布に釘を包み、柱に撃ち込んだ釘も抜こうとしたが、


「あ、すみません。抜けない」


「ぷーっ、わはははは! 若様はやっぱり面白えや! わははは! やっとこ持ってくるから、お待ち下せえ、あははは!」


 と、鍛冶屋に大笑いされた。



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「おう、帰ったか」


 マツイ家に戻ると、トモヤがヤマボウシを撫でていた。

 縁側には釣り竿と魚籠が投げ出してある。魚籠を覗くと、魚が数匹入っていた。


「鍛冶屋は?」


「後で来るよ。ヤマボウシの蹄の形を取ったら、蹄鉄を作るそうだ」


「で、そりゃ何じゃ」


「うむ、研ぎ石をもらってきた。・・・やはり、斬ることもあろうでな」


 そう言って、手に持ったボロ布に包まれた研ぎ石を見ると、マサヒデはこれからの旅路に暗いものを感じた。

 当然だが、必ずどこかで切り合いになるだろう。そう思って研ぎ石をもらってきたのだが、見たこともない、恨みもない者を斬るのだと考えると、どうしても気が重くなる。場合によっては、同じ勇者希望の者同士で切り合いになることもあるかもしれない。


 覚悟がない。


 武術家なのだ。どこで恨みを買っているか分からず、いつ斬られてもおかしくはない。ましてトミヤスの家の者であり、自分もそれなりに名が売れているのは知っている。どんな理由にせよ、どこで闇討ちに会うか分かったものではない。言われずとも、そのようなことは分かっていたつもりだ。


 だが、この田舎暮らしでそんな危険を感じることはなかった。やはり自分は未熟だと、研ぎ石を見ながら気が沈んだ。


「どうかしたか?」


 と、トモヤが声をかけ、はっとして、


「いや、何でもない」


 と答えたが、暗い気持ちは晴れなかった。

 もう一つの包みをトモヤが見て、


「で、そっちは?」


「ああ、釘だ」


「釘? ウチの雨漏りでも直してくれんのか」


「いや、手裏剣の代わりに使うんだ」


「はあ?」


「見ていろ」


 と言って一本釘を取り、木に投げつけた。


(今度は深く刺さらないよう、軽く)


 かつん、と木に釘が刺さり、びいん、と音がして・・・


「ひひいん!」


 と、釘に驚いて、ヤマボウシが暴れ出した。


「ああ!」


「しー、しー、落ち着け、落ち着け、どうどう、大丈夫」


 と、トモヤが必死にヤマボウシをなだめた。

 馬が落ち着くと、


「おいシロウザ、何しやがる」


「い、いや、すまぬ。わざとではないのだ。こう、手裏剣の代わりにと」


「次からは別の木にせい、まったく」


「すまぬ」


 マサヒデの暗い気持ちは消えていた。



----------



「うむ」


 トモヤの釣ってきた魚で夕飯を終えて、もらってきた釘をどう持つか、と考えていた。

 咄嗟に使えるように、そして危険ではないようにするには。

 懐に入れておくのは危険だ。うっかり転んで懐に入れていた釘が腹に刺さったなどと、笑い話にもならない。

 服に釘入れを縫い付けることも考えたが、全ての服に釘入れを付けるのは手間だ。

 帯に差してみたが、釘が寄ってしまったり落ちたりで上手くいかなかった。


 ようやく思い付いたのが、これだ。

 まずボロ布を腕に巻き、手首や肘に当たらない具合にして、布の重なった所に腕を包むように丸く釘を差し込んでゆく。

 こうすれば小手代わりにもなる。躱し切れぬ時の咄嗟の守りにも役立つだろう。

 釘の頭を布に引っ掛けておけば、手を振り回した時に抜けることもない。釘を抜く時に引っ掛けないようにしないといけないが、慣れれば問題ないだろう。厚みのある革でも手に入れば、同じように腕に巻いて、それに差し込んでも良い。

 それなりに重くはあるが、物心のついた頃から木刀を振って鍛えていたマサヒデには気にならない重さだ。


「ほお、これはうまいこと考えるものじゃな」


「うむ、これで良かろう」


「ほれ、あそこの柱に投げてみてくれ」


 よし、と釘を引き抜いて投げ、かつんと柱に釘が刺さった。


「おお、お見事」


 と、トモヤは驚いたが、マサヒデはどうかな、と思った。

 やはり、抜く時に釘の頭が布に引っ掛からないようせねばならない。隙が出来る。

 戦いの最中、雑に抜いてうっかり巻いている布を破ったりして、じゃらじゃらと釘が落ちたりしたら大変だ。

 今のままでは、多少でも腕の立つ者には戦っている間に使えるものではないな、とマサヒデは思った。


「ふむ、も少し慣れねばな」


「なんじゃ、不満か」


「いや、俺がまだ未熟ということだ」


「ふうん。ワシには良く分からんが、そろそろ寝るか。おう、そうそう。明日、また山に行ってみぬか」


「山へ?」


「もし馬がおれば捕まえよう。ヤマボウシみたいな馬でも2頭おれば荷車も使えようしの」


 流石にもう馬はいないだろう、と思ったが、特にすることもない。しいてやることと言えば、釘投げに慣れるための練習か、ヤマボウシと遊ぶくらいだ。


「よかろう」

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