第5話 夢の中
Pさんは優秀なエクソシストと戦った経験豊富な悪魔で、魔王とも呼ばれたことがある。
そんなPさんはある日、上司の悪魔に人間の子どもとして生まれるように言われた。人間の中に混じって陰で行動を起こし、人間社会に不安を植えつけろ、ということだった。少女に取り憑いたことはあるが、人間として生まれたことはなかった。実にやり甲斐がありそうな仕事だ。
二つ返事ですぐに了解した。
それからPさんは日本の町で、ごく普通の、新婚夫婦の子どもとして生まれることにした。母親として選んだ女性は、すでに妊娠している。
まずは母親の夢の中に現れ、自分の姿を見せつけ、苦しめる。それを、何日も続けた。
この悪夢で母親の精神、胎児の魂を弱め、普通の赤ん坊として生まれるはずの胎児の体に入り込み、乗っ取るのだ。母親の胎内に入り込んだ後は、さすがのPさんと言えども外の状況を把握しきれなくなったが、問題は無いだろうと思った。
やがて、出産の日が来た。母親は心身ともに弱っているはずだが、悪魔であるPさんが宿った肉体は決して死なない。
気づいたときにはPさんは、病院のベッドで、母親の隣に寝かされていた。
ついに人間として、この世に生まれることが出来た。
故郷とは違う匂いの、清潔な空気が肺を満たす。短い時間だけこの世界に現れるのとは違う、新鮮な喜びだった。
安心したPさんは、動きまわるのに適切な年齢へ成長するまで、気長に待つことにした。悠久の時を生きる悪魔にとって、時間は大した問題にならない。
悪夢を見せつづけた母親は、何の疑いもせずにPさんを可愛がった。都合がいい女だ、とそのときは思ったという。
そして、5年の月日が経ったある日。そろそろ悪魔の本領を見せて周囲を混乱させるべきかと、Pさんが考えはじめたその日。
突然、母親に呼び出された。大切な話がある、と母親は言う。
興味が湧かないPさんだったが、母親の言葉に耳を疑った。
「今日、貴方の弟が帰ってくるのよ」
そう母親は言った。
訳が分からなかった。
――Pさんは、双子として生まれたそうだ。
母親も、父親も、迷いなく告げる。
あり得ない。気づかぬわけがない。
自分が宿った胎児は、双子などでは無かった。
それは医者にとっても全く不可解なことだったらしい。
Pさんの弟は、母親の胎内に唐突に発生し、Pさんに追いつくように、急速に成長したというのだ。
だが、母親はそのような奇跡を受け入れた。
母親は妊娠中、自分が見せた悪夢以外にも、こんな夢を見ていた。自分の子どもが成長し、汚らわしい毛むくじゃらの怪物に果敢に立ち向かい――
――怪物を、闇の奥底に追いやってしまう。
そんな、誇らしい夢だったという。だからこそ母親は、悪夢の恐怖に負けることなく、無事出産を迎えられたのだ。
誰が、そんな夢を見せたのか。
弟は未熟児として生まれ、その後も体も弱く、今まで病院の施設で育てられていたという。
死亡する可能性もあったため、両親はPさんがショックを受けないように、今まで弟のことは話さずにいたらしい。それが今はすっかり健康体になって、Pさんとの再会を強く望んでいると言う。
奇跡が連続で起きたかのようだと、医者も語ったそうだ。
そんな弟は、大人のようにしっかりしていて、賢く、はつらつとしていて、可愛らしく、そう、まるで。
――まるで天使のようだ、と母親は言った。
今日、まだ見ぬ弟が、Pさんの部屋にやってくる。
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