第49話

 目が覚めると、見慣れない天井が見えた。


(ここ、どこだ?)


 起きあがると、女性の声がした。


「あら、気がついた?」

「先生……?」


 精神科の女医だった。


「あの……俺、何でここに?ここ、どこですか?」


 先生は優しく微笑みながら歩み寄り、ベッド脇の椅子に腰をおろした。


「あなたはね、唯志くんの部屋で倒れていたのよ。それでここへ、病院へ運ばれて来たの」


(唯志の部屋?……ああ、そうか、俺)


 ようやく思い出した。


(唯志の部屋で公一と会って……公一?)


 何かがひっかかる。


「ねぇ、純平くん。何であんなところで倒れてたの?」


(何でって、公一と話してて……そうだ、公一はっ?!)


「あのっ、公一は?公一はどこですかっ?!」


 思い出した、公一の最後の言葉。

 あいつは確かに『さよなら』と言った。


(何で……『さよなら』なんだ?どうして?)


 先生の顔が曇った。

 嫌な予感が胸に広がる。


「公一、は……?」

「公一くん、ねぇ……」


 ためらいながら先生が口を開きかけた時。


「公一なら捕まったよ」


 声と共に、唯志が病室に入ってきた。


「唯志くん、もう大丈夫なの?」


(えっ?)


 見れば、唯志の右腕には包帯が分厚く巻かれ、三角巾で固定されている。


「ええ、大丈夫ですよ、処置してもらいましたから。それより先生、純平さんには僕がつきますから、先生は仕事に戻ってください。患者さん、待ってますよ」

「ああ、そうね。それじゃお願いするわ。純平くん、お大事にね」


 いつものポーカーフェイスを崩すことなく先生を病室から追い出すと、唯志は椅子に腰掛け俺を見た。

 ポーカーフェイスが一気に崩れる。


「純平さん、大丈夫?」

「ああ、俺は平気だけど、そんなことよりお前……」


 公一はどうしたんだ?

 真っ先に聞きたかった。

 捕まったって、誰に?何の理由で?


 俺はどうにか、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「お前、どうしたんだよ、その腕は」

「これ?」


 唯志は視線を腕へと落とす……その顔が、憎々しげに歪んだ。


「公一にやられたんだ」

「えっ……公一に?!」


 俺は耳を疑った。

 しかし、さらに唯志は言葉を続けた。


「あいつ、僕を殺すつもりだったんだ、きっと。とっさに同僚が僕をつきとばしてくれたからこの程度で済んだけど」

「それで、公一は……?」

「ふん、丁度警察の人が一緒だったからね。現行犯で逮捕されたよ。あいつも怪我してるから一応入院措置になったみたいだけど」


 まるで他人事のように言い、唯志は立ち上がる。


「さて、と。僕、もう行かなきゃ。一応喪主だからね。あいつの葬式なんて出たくないんだけど。純平さんはもう2、3日入院した方がいいって。あ、それから部屋にあった荷物、持ってきといたから……そこにあるから、中確認しておいてね。それじゃ、またね、兄さん」


 慌ただしく、唯志は帰って行った。

 静かな空間の中、俺の頭は公一のことでいっぱいだった。

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