第25話
「お前は何でも一人で頑張り過ぎだ」
「え?」
唯志がやっと顔を上げた。
「何で、何でも一人で全部やろうとするんだよ?これはお前だけの問題か?違うだろ、俺達の……俺とお前の問題だろうが。違うか?」
唯志は呆けたような顔で俺を見ていた。
「まぁ、そうは言っても、俺には調べる手段なんて見当もつかなかった。戸籍をちらっと見ただけだよ。出生病院だ何だってのは、お前の方がよっぽど調べやすいもんなぁ。だけど、今回のことは、何もお前一人が我慢する云々の話じゃないだろう?俺は、相談するにはそんなに頼りないヤツなのか?それに、これでも一応、医者の家系なんだぜ。昔のツテをたどれば、お前がそんな無理しなくたって、秘密裏に事が運べたかもしれないじゃないか。お前のその、一人で何でもやろうとするところは、いいところでもあるけど、自己犠牲精神なんてもんは、俺にしてみればお前には必要ない。血が繋がって無くたって、お前も公一も俺には弟みたいなもんだって言ったろ?いいか、今度もしこんなことしてみろ、俺は……」
涙をためた目が、オドオドと俺の次の言葉を、息を詰めて待っている。
(……そんな目で見るな、まったく、参るな……)
その目から逃れるように、俺は唯志の頭を抱きしめた。
「頼むから、もうこんなことはしてくれるなよ。いいな?」
俺の腕の中で、頭は素直にうなずいた。
「なぁ、唯志」
「なに?」
「頼みがあるんだ。」
「めずらしいね、純平さんが僕に頼みなんて」
泣きはらした唯志の顔に、ようやく笑みが戻った。
「何?頼みって。僕にできることなら、何でもするよ」
「うん……」
言いかけて躊躇し、俺は飲みかけのコーヒーに視線を落とした。
『何だかね、おかしくなって、自殺しちゃったんだ』
公一の言葉が気になっていた。
唯志と公一の、2番目の母親。つまり、俺と唯志の実の母親。
そう、唯志が自分を犠牲にまでして俺との関係を調べていた間に、俺だってただ手をこまねいていた訳ではない。
俺は俺で、戸籍を丹念に調べていた。
その結果。
俺の母さんは、有野勝雄、つまり、公一の実の父のところへ嫁いだことを突き止めていたのだ。
と、いうことは・・・。
母さんは、発狂して、自殺した……しかし、何故?
「純平さん?」
声と共に、目の前に細く繊細そうな指が躍る。
「どうしたのさ?ボーっとしちゃって」
「ああ、わりぃ」
まだ、唯志には母のことは言っていない。
(でも、今言わなくても、唯志のことだ。いずれ調べ上げるだろう)
「で、頼みって、何?」
「ああ、お前の2番目のお袋さんのこと、詳しく知りたいんだ」
無邪気そうな顔が、俺の言葉に一気に強張る。
「純平さん、それって」
「ああ、そうだ。」
「じゃ……じゃあ僕は……」
「そうだな。お前は憧れの実の母親と共に暮らしていたんだよ、そうとは知らずに」
次第に唯志の目から光が薄れていき、自分の世界へと入り込んでしまった。
無理もない。
あんなに憧れていた実の母親と、実は一緒に過ごしていたのだ。複雑な心境であるのは間違いないだろう。
俺はしばらく唯志を放っておくことにして部屋の片づけをはじめた。
もう、とうに夜は明けている。
(……今日も、自主休講だな……)
一通り片づけ終わってひと息ついた頃、玄関のベルが鳴った。
(誰だ?)
唯志は、ベルにも気づく様子はなく、ただじっと一点を見つめている。
俺は、ひとまず玄関に出ようと腰を浮かせかけた。とたん、
「純平っ。純平っ!」
公一の大声と、ドアを壊さんばかりに叩く音。
「公一……」
(どうしよう……)
一瞬、躊躇した俺の腕が、強い力につかまれた。
振り向けば唯志が、ノーとは言わせない瞳で俺を見ている。
「純平ったらいないのかな……どこ、行ってんだ?」
(公一っ!)
唯志の腕を解いて追いかけようと、立ち上がりかけた俺の腕が、再び強い力に引き戻された。
「行かないで」
押し殺した声に、思わず振り返ると。
唯志は、驚くほど鋭く激しい瞳で玄関を、いや、おそらくはドアの向こうの公一を見据えていた。
「唯志……?」
「行っちゃダメだ、兄さん。あいつは……あいつは人殺しの息子なんだっ」
「唯志?お前、何言ってんだ?」
「あいつの親父は、人殺しだっ。あいつは人殺しの息子なんだよ」
「あいつって……公一は、お前の弟だろ。公一の親父はお前の親父じゃ」
「やめてよ、兄さん」
フッと、唯志は口元だけに笑みを浮かべた。
「僕たちの父さんは、母さんと僕たちを残して死んじゃったじゃないか。もう、僕たちに父さんなんていないんだよ。……そして、母さんも、ね」
唯志の瞳は、異常な程の光を帯び、その瞳の奥に宿っているのは、まぎれもなく……
(殺意?一体、誰を……?)
「さっき、母さんのこと聞きたいって言ったよね?いいよ、教えてあげる。母さんがどんな風に死に追いやられていったか、ね」
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