第11話 看板娘
求人を出してすぐに、少女がミュリエル薬店を訪ねてきた。
「初めまして、ギャビーです。商業ギルドで求人を見てきました。家に電話がないので直接きました」
「初めまして、俺はモーリスだ。店主は今、診察中でな、もう少ししたら昼休憩に入るから、それまで待っててくれるか?」
「はい、分かりました」
店内を見渡すと、怪我をした人や、病気なのか、顔色の悪い人たちが椅子に座って診察を待っていた。
ギャビーは薬店に来たのが初めてで、少し怖いなと思ったけれど、可愛い店内に、まるで、おとぎ話の世界に入り込んでしまったような気分になり、ウキウキとした。
30分ほど店内で待っていると、最後の患者が帰っていき、モーリスは、ドアの札を診療中から休憩中に掛け替えて、診察室から出てきたミュリエルに声をかけた。
「ミュリエル、面接に来てくれたギャビーだ」
「店主のミュリエルです。お待たせしてごめんなさい、飲み物を、お出ししますね」
「ありがとうございます」
ギャビーは——おもちゃ屋さんのショーウィンドウに並んでいる——お人形さんのようなミュリエルに見惚れた。
ミュリエルが3人分のお茶を持って戻ってきた。
「どうぞ座ってください。お茶を飲みながら話を聞かせてください」
「はい、ありがとうございます」ギャビーは勧められた椅子に腰掛けた。
「ギャビーさん、歳はおいくつですか」
「13歳です。9歳の時から働いてますから、足手まといにはなりませんよ」
「9歳で働きに出たのか、理由は?」モーリスが訊いた。
「お父さんが死んでしまって、お母さんだけでは、私と弟2人を食べさせていけないので、私も働くことにしたんです」
「お父さんは病気だったのか?」
「いいえ、殺されたんです。仕事から帰る途中、強盗にあって刃物で刺されました」ギャビーは悲しい顔をした。もう4年も前の話だが、いまだに父が恋しかった。
「そんな——酷い話だな。犯人は捕まったのか?」
「いいえ、まだ小さかったのでよく分かりませんが、警察は何もしてくれないと、いつもお母さんが、ぼやいていました」
「それは、お気の毒でしたね。お母様は何の仕事をされているのですか?」ミュリエルが訊いた。
「お母さんは洗濯工場で働いています」
「ギャビーさんは、今までにどんな仕事をしてきたのですか」
「煙突の掃除と、目覚まし屋、それから鼠の捕獲です。駆除業者に持って行くと、鼠1匹と1ルジャンを交換してもらえるんです」
「そうですか、大変そうな仕事ですね」
「そうでもありません。近所の子供たちは、みんな楽しんでやってます」
「弟たちも仕事をしてるのか?」モーリスが訊いた。
「はい、10歳の弟は牛乳配達の仕事を、5歳の弟はボーリングのピンを並べる仕事をしています。私は女なので、あまりいい仕事がなくて」
「読み書きや計算は、どのくらいできますか?」
「お父さんは教師をしていたんです。だから、家に教科書がありましたし、お母さんは女学校を出ているので、教えてもらいました」
「では、一通りできそうですね」ミュリエルはモーリスを見た。
「いいんじゃないか」
「ここは忙しいのだけど、大丈夫でしょうか」
「毎日走り回って、ネズミを追いかけてますから、体力には自身があります!」
「元気はいっぱいそうだな」モーリスが笑った。
「では明日の朝8時に、ここへ来てください、試しに数日働いてもらってから、採用するかどうか決めることにします」
「ありがとうございます!精一杯頑張ります!」ギャビーは顔一面に笑顔を浮かべた。
翌朝、時間より少し早くに出勤してきたギャビーに、ミュリエルは制服を渡した。「ギャビーさん、これは制服です。仕事中に服が汚れてしまうかもしれませんから、これを着て仕事をしてください」
ギャビーの着ていた服が、つぎはぎだらけで、何度も繕って着ているのだろうと思ったミュリエルは、ギャビーから服と靴のサイズを聞き出し、ギャビーが遠慮なく着られるよう、制服という名目で、昨日、メイド服と靴を買い揃えておいた。
「わあ!新品の服に靴!新品なんて初めて着ます。ミュリエルさん、ありがとうございます」ギャビーは飛び上がって喜んだ。
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶギャビーを、ミュリエルは可愛いと思った。
ギャビーの初日は、来店した患者の名前を聞き診療録を作り、予約の電話に対応した。
「思った以上に、あの子は働けるじゃないか、患者さんへの対応もいいし、覚えも早い。ミュリエル薬店の看板娘になるかもしれないな」午前の診療が終わり、診察室から出てきたミュリエルに、モーリスが小声で言った。
「機転がききますし、とても賢いようですね。問題なければ、このまま雇いましょう」
最後の患者が帰り、ギャビーは薬店のドアに鍵をかけ、休憩中の札に変えた。
「ギャビー、お疲れさん。ついておいで、昼飯にしよう」
「私は、お昼ご飯を持ってきていないので、いいです」
平民は朝と夜の2食、パンにスープという質素なメニューが一般的で、昼食を食べられることは裕福の証だった。
「駄目ですよ、食べなくては。お昼からも元気に働いてもらわなければならないのですから」ミュリエルがギャビーの後ろから声をかけた。
モーリスは気さくな、おじいさんだと思って、すぐに打ち解けたが、ミュリエルは容姿が綺麗すぎて、少し腰が引けた。でも、お茶を淹れてくれたり、制服を用意してくれたり、きっと優しい人なのだろうということは分かった。
ギャビーはミュリエルを怖がっているわけではなかったが、いつも悲しそうな顔をしているミュリエルに、ギャビーは、どう接していいのか分からずにいた。
「そうだぞ、飯を食べなきゃ元気が出ないからな、妻のジゼルが昼飯を作ってくれてるから、ギャビーも一緒に食べるんだ」モーリスはギャビーの両肩に手を置き、母屋の方へ押した。
「あなたの仕事の報酬に、昼食付きという項目を増やしましょう」
ギャビーは満面の笑みを浮かべた。「ありがとうございます」
仕事を貰えたうえに、食事まで食べさせてくれる。ギャビーはとんでもなく最高の気分になり、自分が有能な職業婦人になった気がして、心なしか背筋が伸びた。
「お疲れ様、さあ座ってちょうだい、お昼ご飯ができてるよ。あなたがギャビーね。私はジゼル。よろしくね」
「ギャビーです。よろしくお願いします。すごい!ご飯がいっぱい。本当にこれを食べていいんですか?」テーブルいっぱいに広げられた料理を見て、ギャビーは瞳を輝かせた。
「こりゃまた、元気なメイドさんが入ったね。私はシャンタルだ。よろしくね」
「ギャビーです。よろしくお願いします」
シャンタルは、モーリスとミュリエルから、まだお許しが出ず、家に帰してもらえていなかった。
このまま、ここに住んでもいいとジゼルは言っていたし、ミュリエルも、その方が安心だと思っていた。
「これは頑張ってくれたあなたへの報酬ですから、好きなだけ食べてください」
「ギャビーは痩せっぽっちだからな、お腹いっぱい食べろよ」
モーリスはギャビーに椅子を引いてやり座らせた。
「弟がいるのでしょう?少し多めに作って残してあるから、持って帰って食べさせてあげなさい」ジゼルがギャビーに言った。
「ジゼルさん、ありがとうございます!」
ギャビーは初めて食べる美味しい料理を、涙ぐみながら、口いっぱいに頬張った。
13歳の、元気いっぱいなギャビーのおかげで、食卓に花が咲き。大人たちは微笑ましく思った。
食事の後片付けを手伝いながら、ミュリエルが言った。
「ジゼルさん、ありがとうございます。ギャビーさんの、弟さんたちのことまで考えてくれたのですね」
「お父さんが殺されたんだってね、気の毒で仕方がないよ。家族が支えあって生きてるって聞いたからね、せめて食事くらいは手助けできたらいいなと思ったのよ。ミュリエルの下で働いてくれるんだもの、もう家族みたいなものよ」
家族という言葉に声が詰まり、ミュリエルはこくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます