第51話 3-37 見学会 その一

 ヴィオラですよぉ。

 月日の経つのは早いもので、間もなく冬休みを迎えますけれど、第一学院は恒例の見学会が催されます。


 この見学会というのは、学院に在籍している貴族子女の成長ぶりを父兄等にお見せする催しで、三年に一度だけ行われます。

 ですから昨年の一年生の頃には無かった行事なんです。


 普段はあまり姿を見せない貴族の父兄がこの時ばかりは、大勢学院に来られて参観して行くのです。

 中でも、在校生がお見せする魔法技量のお披露目がとても評判なのです。


 卒業時の成績が子女の結婚話に響くというお話を以前したかと思いますけれど、女子の場合は結婚に響き、男子の場合は嫡男を除いて成績が、中等部卒業後の就職にも響きます。

 次男までは、嫡男に万が一の場合の予備として家に囲われるわけですが、三男以降の男子は当該貴族家で臣下筋になるか、あるいは別の有力貴族の臣下に入るしか方法がありません。


 中には、貴族の子弟で冒険者になる者も稀にいるそうですが、そう多くは無いのです。

 何となれば、冒険者は余程等級が上がれば別ですけれど、下級の冒険者は生きて行くのも大変なのです。


 更には貴族の子弟だからと言って、魔物等は何の遠慮も無しに襲ってきますから、冒険者とは実力だけが全ての世界です。

 従って、そうした弱肉強食の世界で生き残れる者自体が少ないのです。


 冒険者でもない商人等ただの平民に下るというのは、貴族子女の場合、もっと少ないようですよ。

 冒険者にしろ、商人にしろ、子弟がそんな職業を選ぶなら、世間体をはばかって、貴族家から籍を抜くケースが多いようですね。


 勘当かんどう等を含めて、貴族院に籍を抜く手続きを申請し、許可されると、その者が貴族の姓を名乗ることができなくなるのです。

 それこそ非常に稀なことですけれど、冒険者や商人になるために貴族家から籍を抜かれた男子が、偶々たまたま、嫡男と次男に不幸があって、急遽元の貴族家に籍を戻したというケースも記録上では34年前に一度あったようですので、籍を抜いても元に戻すことができないというわけでは無いようですね。


 余分な話になりましたが、そうした意味で三男以降の貴族家の男子にとっては、自分の技量を見せることによって就職の機会にありつける絶好の機会でもあるわけです。

 その意味では初等部よりも中等部の生徒の一部が非常に熱心になります。


 ここで良いデモンストレーションを披露しておくと、卒業時に上級貴族からお声がかかるかもしれないからです。

 勿論、初等部の生徒にもその雰囲気は伝わりますから、三男以降の男児はそれなりに頑張る時でもあるのです。


 尤も、中等部卒業式の前にも似たような演武会と称するものがあります。

 ある意味で中等部の男子にとっては、そこが良い嫁を迎えるための、あるいは、良い職に就くための正念場ではあります。


 女子はどうかって?

 実のところ、女子の場合は、学院での総合成績はより良い成績を求められますけれど、余り魔法技量の実力をひけらかすのは好まれないようです。


 能力が高いと嫁の行先ゆきさき候補が本来は増えるのですが、それも程度問題であって、あまり高すぎると旦那様よりも優秀という事でむしろ退かれる場合もあるのです。

 お山の大将でいなければ気が済まない貴族家に、そうした優秀過ぎる娘への忌避感を持つ手合いは結構多いようですね。


 それなりの優秀な能力を持つ者は望むのですけれど、過ぎた能力は望まないというような感じでしょうか。

 私の場合は微妙です。


 いずれ嫁としてどこかに嫁ぐことになるのでしょうけれど、できれば伴侶は自分で選びたいんですよね。

 お父様やお母様にもまだ相談はしていませんけれど、私は別に貴族でない方でも良い人が居れば嫁ぐつもりはありますよ。


 別に貴族でなくても生きて行けますし、すでに一人でも生きて行けるだけの才覚は持ち合わせています。

 流石にずっと独り身というのは何となく老後が寂しそうですから、・・・。


 旦那様が居て、子供が居て、死ぬときには孫子に囲まれて大往生したいですよね。

 そんな夢が私のささやかな希望なんです。


 そもそも年端も行かぬ幼女に許嫁を求めるのが間違いですよね。

 前世で女性の身体は十代後半にならないと成熟しないと安奈先生に教わりました。


 前世のしのぶは成熟しきらないうちに成長が止まり、そのまま死んでしまいましたから、現世では「せい」をしっかりと楽しみたいですね。

 現世の場合、1年が前世の3割増しぐらいなので、結婚するにしても15歳前後以降が良いのじゃないかと思っています。


 私の場合、いろんな神様の加護を受けている関係で、場合によっては普通の人とは違うかもしれませんけれど、初潮の時期であるいはその判定ができるかもしれません。

 エルフなんかの長寿種族の場合は、婚期も当然に遅くなっているようなのです。


 気になって、先日、智の神ワイアル様に尋ねてみましたら、加護の所為で寿命が延びることは無いけれど、魔力が多いので寿命は延びるでしょうねと言われてしまいました。

 あらまあ、幼少期から魔力を増やしたのは間違いだったのかしら?


 単純に言って、現在の私(ヴィオラ)の魔力は、通常の人の五十万倍ほどもあるんです。

 14歳ぐらいで一応の魔力保有量の上昇は止まりますけれど、その時点では通常の人の千五百万から千七百万倍ほどになるんじゃないかと思います。


 でも、まぁ、今現存している魔法師団の魔法師が通常の人の四倍から八倍程度の魔力を持っているようですけれど、そういった魔法師の方が特別に長い寿命を持っているとは言えないようです。

 記録を見ると先々代の魔法師団の長が128歳まで生きたようなので、そのままの数値でもかなりの高齢者になるでしょうし、こちらの世界の1年が1.3倍という事を考えると、170歳近くまで生きたという事になるのでしょうか?


 さしたる根拠も無いけれど、何となく8乗根当たりの数値と比例するような気がしますね。

 この推測が有っていれば、私の魔力は終息値でおよそ1600万倍ほどになりますから、それから言うと平均寿命の大体8倍近い寿命になりそうな気がします。


 こちらの世界では、エルフ族でおよそ300年の寿命があるそうですけれど、人族では70年前後のようです。

 それから言うと5百年から6百年ほども長生きしそうなんですけれど・・・。

 

 うーん、これは、大変です‼

 今のうちから将来の偽装を考えておかなければなりません。


 これまで相応に歳を取ってきたようには思いますけれど、そう言えば身長の伸びが他の同級生に比べると幾分遅れている?

 寿命の影響でそれだけ成長が遅れているのかしらん。


 でも、初潮の時期でその成長ぶりが分かるような気がします。

 お姉さまが初等部三年の冬休みには初潮が始まりました。


 私(ヴィオラ)の初潮がその時期と同等ぐらいに始まれば、なりは小さくとも、普通児と言えるでしょう。

 うーん、大したことではないにしても大きな問題です。


 いずれにせよ、この見学会の行事だけは、初等部と中等部合同の行事なんです。

 父兄の方がいらしても初等部と中等部で別々の時間割をしていたら、場合によっては、我が子の成長が見られなくなります。


 ですから父兄の方が初等部も中等部も両方ご覧になれるようなスケジュール調整がなされているんです。

 いずれにせよ、私はこれまで通りあまり出過ぎないようにおとなしく見学会を過ごすことにしています。


 ◇◇◇◇


 見学会は二日にわたって行われますが、その初日がやってまいりました。

 この日の最初は陸上競技場かコロッセウムかと思われるほど大きな闘技場に初等部中等部の生徒全員が揃っています。


 私は初等部二年生、グロリアお姉さまは中等部一年生、クリスデルお兄様は中等部の三年生ですから、当然に参加されていますよ。

 そうして階段状のひな席には子女の父兄が並んでおりますが、ここでは如実に派閥ごとの席が分かれているようですね。


 お父様とお母様もこの見学会の間ばかりは、領内を離れて王都に来ているのです。

 勿論、領内で問題があったような場合には、婦警が来られない場合もあり、そのような場合は王都別邸の家宰が代理出席をいたします。


 その場合は、貴族籍とは別の場所に席が設けられるようですよ。

 因みに、同級生のルミエ様の実家の領内でこの秋に水害が有ったようで、その復興対応のためにブラッセルド子爵ご夫妻は欠席されているようです。


 お会いするのを楽しみにしていたルミエ嬢が随分としょんぼりしていましたので、私(ヴィオラ)は、エミリア様と一緒に慰めるのに気を使いましたよ。

 だって、同じ寮生ですし、私の部屋の隣に住んでいますからね。


 喜怒哀楽は分かち合ってこその友達だと思っています。

 見学会の最初は、クラスごとによる歌舞音曲の披露です。


 舞台が闘技場の中央に据えられており、そこでクラスごとの演奏や舞を披露するのです。

 これはどちらかというと人数の多いDクラスが有利ですよね。


 Dクラスは12名もいるのに、Aクラスは6人しかいません。

 別に人数が多ければよいというものではないのですけれど、初等部の生徒ですから、歌舞音曲に優れた人材がそろっているわけではありません。


 そんな場合は大勢の中に紛れ込むことで上手下手を隠すことができるんです。

 人数の少ないAクラスの場合は、ほとんどの場合器楽演奏にいたします。


 声楽よりも器楽の方が技能を誤魔化せるからでもあり、伝統的にそうなっているようです。

 人数が多い場合は、声楽と舞を追加することが多いようです。


 この伝統を打ち破って・・・、という事も考えてはみましたが、ここでは目立たない方を選びました。

 二年生のAクラスは、弦楽五重奏に加えて、私が前世のチェンバロに似たセロビルという鍵盤楽器を演奏して、演奏を行うことに決まりました。


 弦楽五重奏の合間にセロビルによる独奏をやっても構わないのですけれど、どちらかというとセロビルは前世におけるバロック音楽風の重厚荘厳な音色になるので、私達Aクラス全員で選んだ軽快な演奏曲には少し合わないんです。

 でも弦楽器による演奏と決めたために、弦楽器を使わないといけないのですけれど、6人の場合、典型的な弦楽器演奏からどうしても外れる必要があるのです。


 前世のバイオリンやチェロに似た弦楽器は五種類のみ、この人数から外れる人は、鍵盤楽器か竪琴タイプのレオルシード(ハープに似た中小型の楽器)を演奏しなければいけないのです。

 生憎と学校に唯一あったレオルシードは、永年使用の所為で損傷が酷く、修理に出しているのために、今回の演奏で使うなら鍵盤楽器しかなかったというのが実情です。


 そうして、その鍵盤楽器を弾けるのが私(ヴィオラ)だけだったので、なし崩し的に、セロビルは私(ヴィオラ)の担当になったのです。

 生憎とセロビル用の楽譜がありませんでしたから、止むを得ず編曲をして、入学試験の際に試験員として立ち会ってくれた楽曲担当のクレア先生に了承を得て、セロビルでは伴奏のみに徹することにしました。


 主旋律のメインは弦楽五重奏にするのです。

 セルリンの演奏はしないのかって?


 セルリンは吹奏楽器なので、弦楽器での演奏会には吹奏楽器は使わないというのがこの世界の慣習しきたりなのです。

 従って、この世界ではフルオーケストラはありません。


 何かおかしいとは思うのですけれど、音楽界の重鎮がはるか昔に決めたことのようですよ。

 これも一種の派閥争いなのですかねぇ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 8月1日、字句の一部修正を行いました。


  By @Sakura-shougen

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