第21話 3ー7 学院の日常と非日常 その一
学院に入学しても変わらないことがあります。
最初はお母様のために造った化粧品でしたけれど、お母様の些細なミスから社交界に噂が広がり、ついには王都の貴婦人たちにも販売しなければならなくなった化粧品の製造は、学院に入ってもヴィオラ(私)が続けなければなりません。
化粧品を作る作業量自体は大したものではないのですけれど、アフター・ケアーに気を遣わねばならないことの方が大変なのです。
特に、お歳を召した方は短期間で肌質が変わることもあります。
その為に定期的に肌の生体検査をして現状の確認と、それに見合う化粧品の微調整をしなければなりません。
おまけに飽くまでロデアル領内の秘蔵の職人が作っていることになって居ますから、ヴィオラ(私)が作っていると外部にバレてはならないのです。
その為に対外的に秘密の工房が必要になりました。
学院の敷地内或いは王都別邸の敷地内のいずれに設けるかを迷いましたが、万が一の場合を考えて、王都別邸の敷地の地下にヴィオラ(私)専用の工房を作りました。
もちろん別邸の使用人にも内緒の工房です。
地表の別邸とつながっている入り口はありません。
細い換気口を大樹の幹に隠しており、吸気と排気の両方を行うようにしていますが、魔導具のファンによる騒音はわずかに20db(デシベル)未満、これは木々の葉が風で触れ合う音ぐらいです。
ささやき声が30dbなので、地面から12mほどの高さにある小さな吸排気口に気づかれる心配はほとんどありません。
尤も、強風で吸排気口の先端が折れたりしないように、また、そもそも樹木が倒れたりしないように、私の魔法でこの樹木自体を強化していますから、数十年ぐらいはこのまま隠してくれていると思います。
問題があるとすれば、お屋敷の改築なんかがあった場合でしょうか。
一応地下30mのところに石造りの工房を作っていますので、そこまで掘り返されるような工事があると人目に晒されることになります。
特段の理由もなく岩盤を掘り起こすような奇特な人がいるとは思えないのですけれどね。
そもそも化粧品の作成は、場合により香りや臭気も発しますから、学院内の敷地では気づかれる恐れもあるので王都別邸を選んだわけです。
王都別邸で化粧品を製造している限り、顧客への配分も多数の顧客が近くにいる分だけ、ロデアルに居る頃よりは無難にできるのです。
但し、この配分作業等に関わる者は、王都別邸の従者でも限定された人だけを使っています。
一月に一度、王都別邸とロデアルの本宅の間を特別なコンテナが行き来します。
これまでは、ロデアルから出荷して王都別邸に運び込まれるパターンでしたが、私が学院に入学してからは、ロデアル若しくはその近隣で使用される分だけが王都別邸からロデアルの本宅へ運ばれ、ロデアルからの帰りの便は空荷のコンテナのみが輸送されるようになりました。
中身がこれまでと変わるだけでコンテナ数量は変わらないことから、周囲には気づかれていないのです。
但し、王都の有力な商会の中には、ロデアルでとても高価な化粧品が産みだされ、王都に運び込まれていることを薄々承知している者も居るのですけれど、エルグンド家が公開しない限り、彼らも知らないことになっていますし、流通が一部変化したことについては関係者以外誰も知らないことなのです。
でもこの化粧品の販売もどのぐらい継続すれば良いのでしょうねぇ?
何となく私が死ぬまでというのは少し問題がありそうな気がします。
ロデアルの秘密の職人さんはそれなりのベテランと仮定すれば、長くても今後30年程度でしょうか。
それよりも先は、弟子を取らねばできませんよね。
本当に必要な場合は、それなりの腕を持つ錬金術師か薬師を雇って、後を託す方向で考えるつもりでいます。
化粧品専門の商会を作って誤魔化すのも一つの手でしょうか。
これが学院生活とは異なる日常の非日常ですね。
話は変わって、学院生活の日常ですけれど、授業は無難に受けており順調に推移していると思います。
派閥間のしこりや緊張感のようなものは若干有りますけれど、それが高じて断絶にまで至らないのは、やはり派閥争いに巻き込まれている貴族又は従貴族の子女であって、当事者ではないだけに深刻なものではないからだと思います。
親や近しいモノから言い含められているので、対立する派閥の子女とは余り仲良くはできないだけで、お互いに嫌っているわけではありません。
国王派の子女から第四王女に対する多少のごますり行為は有っても、大公派の子女が第四王女にもろに敵対するような態度を取ることは滅多にありません。
むしろ王家に対する尊敬の精神は忘れていないようですから、派閥争いとは言っても学院内ではさほど気にしなくても良いのかもしれません。
但し、付き添いの従者等が絡むと場合により深刻な事態を招く恐れもあるのです。
ヴィオラ(私)の従者であるローナは獣人のハーフで、多少の護身術も心得ていますが、正直なところヴィオラ(私)の護衛としてはあまり頼りにはなりません。
でも学院の貴族の子女の中でも特に上級貴族の子女の従者については、かなりの手練れを従者としていることが多いのです。
特に男子の従者については、かなりの強者であり、情報収集にも長けている者を使っているようです。
おそらく女子の従者と男子の従者が争えば、往々にして男子の従者の方が力量で勝ります。
但し、従者も主筋が全面戦争を企てていない限りは、本格的な戦闘には至らずに収めるように心がけているようです。
それでも鞘当てよろしく、様々な場面で従者同士のせめぎ合いがあるようですし、中には敵対する子女を敵視しつつ対応する従者もいますので、場合によっては気が抜けない場合もあり得るのです。
因みに第四王女の従者は、かなりの腕の持ち主です。
ローナは半獣人ですので女性ながら腕力・脚力ともに強いのですけれど、第四王女の従者であればローナなど歯牙にもかけないでしょう。
特に主人に危険が迫った時には、従者が死をも厭わずに戦闘行動に入りますから、その周囲にいると危険なことになり得ますね。
でも、ヴィオラ(私)としては、幼い頃からお世話になっているローナに危険なことはしてほしくないですね。
学業の方ですけれど、特段に難しいことはありません。
座学の授業は一応聞いてはいますけれど、既に知っている事柄がほとんどですので、授業を受けなくても良いぐらいなのですが、それなりの誠実さを見せなければならないので、サボるわけにも行かないのです。
実技というか、実践というか、自分の身体を使って何かをする方も全部パーフェクトにできます。
前世ならば女子が主として行うような、調理実習、刺繍・裁縫実習など、初めて習うことも多いのですけれど問題なくこなせます。
自分で言うのも何ですけれど、ヴィオラ(私)は意外と器用なんですね。
編み物や刺繍の細かい作業が見た目綺麗に、しかも素早くできるんです。
錬金術実習や製薬実習も、これまで幾度となく繰り返してきた作業の一環であり、しかも初歩の部分ですから何も難しい部分はありません。
むしろ新たな知識になるようなことが教えてもらえないのが残念です。
学院にある図書館に行って蔵書を調べましたが、正直なところこれはというめぼしいものがありません。
せめて錬金術大全とか魔法大全とか揃えておいてもらえたならよかったのですけれど、ルテナ曰く、そんな蔵書は王宮にしかなく、しかも門外不出の扱いなんだそうです。
この世界で書物はとっても貴重なんです。
印刷技術が無いので書物は人手による書写だけなんです。
我が家のお父様の蔵書数が珍しいのであって、貴族でもよほど裕福でなければあれほどの数は無いのだとか。
その意味では私は随分恵まれていたのですね。
本が読めるようになって、随分と書物から知識を得ましたもの。
無駄というか、箸にも棒にもかからないような書物もありましたけれどね。
ルテナが居なければ間違って覚えた怪しい知識もあったように思います。
いずれにしろ、学院の授業はいまだ幼い子を導くための教育の場であって、英才教育の場ではないようです。
そんな中で、ある意味で無為に過ごすのも良くないので余暇では自分なりの勉強をしています。
家にいた時と同じように就寝時間の一部が私の本当の自習時間なんです。
夜寝なくても大丈夫かって?
ちゃんと寝ていますよ。
睡眠時間はトータルで9時間ちゃんと取っているんです。
時空魔法で時間を伸長できるようになりましたので、一日12刻(24時間?)のところを2刻(4時間?)ほど増やしています。
その増えた2刻分を自習時間に充てているんです。
ヴィオラ(私)の一日のスケジュールは、朝は3刻(6時)に起床です。
その半刻後に食事をして、寮を出発して教室に向かいます。
4刻過ぎから学院の授業が始まり、午前に半刻ほどの授業が三回、午後に同じく二回あって、学院での授業はおしまいです。
余暇の活動については取り敢えず「錬金術の会合」を選びました。
生憎と錬金術の会合を選ぶ人は少ないのですけれどね。
今年の入学生で錬金術の会合を選んだのは私だけでした。
二回生は二人、三回生も一人しかいませんので至って寂しい会合なんです。
それとは別に入学して一月後に私は学院長に名指しで呼ばれてしまいました。
学院長は、確か入学式の際に挨拶をしていた白いあごひげのおじいさんの筈です。
はて?
ヴィオラ(私)、何か悪いことをしたかしらん?
内心びくびくしながら学院長秘書の方に学院長室まで案内していただきました。
広い室内に、紫紺色のケープを羽織ったおじいさんが居ました。
入学式の際に見かけた人物に間違いありません。
やせぎすの背の高い男性です。
部屋の中なのに帽子を被っていますけれど、・・・。
あ、今鑑定を受けちゃった。
でも、失敗したのじゃないかと思います。
一応擬装用のステータスは用意してあるのですけれど、それを看過できるほど強い鑑定では無かったようですね。
ちょっと学院長の目がやや釣り目になったような気がします。
取り敢えず、自己紹介ですね。
「ヴィオラ・ディ・ラ・フェルティス・エルグンドです。
学院長がお呼びと承り、参上いたしました。」
学院長が大きな机に座ったまま鷹揚にうなずき、それから立ち上がりました。
「私は、学院長のギルベルト・ド・シス・フルバッファ・ドラベルトだ。
立ち話も何だから、そこに座りなさい。」
そう言って応接セットのソファーを勧めてくれました。
名前から言うと王族の庶子に当たる人物のようですが、生憎と詳細は知りませんでした。
すぐにルテナが助け舟を出してくれました。
学院長は先々代の国王様の三男坊に当たる人物で、現国王の叔父様に当たる人物なのだそうです。
先代の国王が継いだ際に公爵となり、その折に学院長を引き受けて今に至るのだそうです。
母方がエルフの血を引いているので魔法がお上手なのだとか。
ヴィオラ(私)がソファーに腰を下ろすと、足が宙に浮いてしまいますが、仕方がないですよね。
大人用のソファーですので背中もソファーには付けられません。
深く腰を掛けると、ヴィオラ(私)のアンヨが水平になり、立ち上がる時にはちょっと大変なことになります。
ですからヴィオラ(私)は、ソファーの端っこにちょこんと腰を下ろしているだけで背筋を伸ばしています。
この姿勢で長時間は苦行ですよね。
辛くなったら、魔法で体を支えるようにするつもりです。
学院長がくすっと笑ったような気がします。
目じりがほんの少し下がりましたもんね。
ヴィオラ(私)としては、ここは憤慨すべきところなのでしょうか?
いえいえ、ここは我慢です。
「さて、ここに来てもらったのは
一月ほど前にあった入学試験の際の君の放った魔法実技について話を聞きたくて来てもらったのだ。
エルグンド家の子供たち、君の兄と姉も含めて魔法実技ではとても優秀なのだが・・・。
君はそれに輪をかけている様だ。
私が見るところ、魔法実技の際に君が放った魔法は創生魔法ではなかったのかなと思うのだが、どうかな?」
あれまぁ、バレています。
どうしましょう。
私がどう答えるか迷っている間に、学院長が言います。
「隠すことはない。
君の能力が高いことは簡易の鑑定が撥ねつけられた事でわかる。
より高度な鑑定を試みても良いのだが、おそらくそれさえも撥ねつけられると私は予想している。
君がここでどんなことを話そうと、他の者が知ることはない。
私は君の秘密を守ることにしている。
わざわざ一月も時間を置いたのは、他の者に君の能力を知られないようにするためでもある。」
あれ、まぁ、・・・。
色々と既に配慮されてるみたいですね。
でも、学院長は王家ゆかりの人物ですから、取り込まれないように引き続き警戒は必要ですよね。
「嘘をついてはいけないでしょうから、正直に申し上げます。
入学試験の際に標的台の上に作ったのは標的台の岩から石英成分を抜き出して、花をかたどったものです。」
「ふむ、作ってから、そのままでは無から有を生み出したことになると気づいて、慌てて元に戻したというところかな?
あれで、幻影魔法に見せかけた?」
私は小さく頷きました。
「なるほど、王宮魔法師団にも居ない実力を持つ小さな大魔法師だな。
今後とも自分の能力を隠すつもりがあるのならば、魔法発動の際には十分に注意をしなさい。
君の友達の魔法発動の程度に合わせておけば問題は無いだろう。
この一月、密かに人を使って君の様子を見守っていたが、当面の問題はなさそうだ。
先ほども言ったが、私がこのことを他の者に知らせることは決してないから、安心するように・・・。
私が、君を呼び出したのはそのことを君に伝えたかったからだ。
そのソファーは君の
その姿勢では
今度呼び出すときには、
今度会うときは、君とは魔法師仲間として雑談を交わしたいからね。
では、もう帰っても良いよ。」
そう言って柔和なまなざしを向けてきました。
私は、立ち去る前にカーテシーで精いっぱいの感謝を表現しました。
私の実力の一つがばれてしまった一コマです。
これも非日常の一つでしょうね。
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