27

 三百円分ほど見繕ったところで杏さんが戻ってきた。肩にかけていたショルダーバッグは見当たらない。もう預けてきたんだ。

「とりあえずこれを買おうかと」

 入り口横に置いてあった小さな買い物かご。その中に入れた駄菓子を見せた。

 スナック菓子、チョコレート、おせんべい、ミニパックに詰められたポップコーン。なんて節操のないラインナップだろう。

「これだけ? 他には?」

「いえ、大丈夫です」

「ほんとは?」

 にやりとした笑みに、迷った挙句棚に戻したキャンディを手に取った。

「これも、いいですか?」

「もちろん。他にも欲しいものがあったら遠慮しないでね。お互いに選んだものを交換とかしようよ。私、見てくるから」

 満面の笑みを連れ、通路の反対側へ行ってしまった。子どものようにはしゃいでしまって、まるで私だけ浮いているよう。

「お嬢ちゃん」

 すぐ横から聞こえた声。聞き覚えがある。先ほど杏さんが話していた、おばあちゃんと呼んでいた人だ。恐らく近くにいた女の子に話しかけたのだろう。そう決め込んで棚を凝視するも、おばあちゃんの声の続きは聞こえてこない。ということは。

「あの、私ですか?」

「もちろん。他にお嬢ちゃんはいないもの」

 いつの間にか周囲にいた子どもたちは、そろって店先のゲーム機へと移っていた。まずい、とんでもない失礼をしてしまった。あまりの気まずさについ髪をいじりつつ目を泳がせた。

「すみません。えっとその、話しかけられるとは思わなくて」

「初対面だものね。こちらこそごめんなさい」

 ぺこりと小さなお辞儀。ふわりと揺れた銀色の髪。優しげな表情も相まって気品を感じる。和服とエプロンという恰好からも穏やかなイメージが浮かんだ。

「確か、あんちゃんだったかしら」

「え?」

 確かに聞こえた私のあだ名。どうして見ず知らずのおばあちゃんが知っているのだろう。

「さっき杏珠ちゃんから、友だちと一緒だって聞いたのよ。名前が似ているって嬉しそうだったわ」

 そう語るおばあちゃんもどことなく嬉しそう。きっと私も似たような表情をしているのだろう。友だちを通じて誰かと知り合う。一般的には普通のことが嬉しい。

「古いお店だけど、ゆっくりしていってね」

「は、はい。ゆっくりします」

 世間話というのにも慣れておらず、ぎこちない笑顔を浮かべてみた。今の私はちゃんとできているだろうか。恐らくできていない。なんとなく、そう思った。

「ありがとね。それと、一つだけ聞きたいことがあるのだけれど」

 優しい笑顔が急激に冷めていく。おばあちゃんが一瞬だけ向けた視線の先。子どもたちに混じる杏さんの笑顔がそこにある。

「杏珠ちゃんに何かあったのかい?」

 それを飲み込むまで時間がかかった。何か、とは。とっさに頭に浮かんだのは今の旅のこと。各地で思い出の品を埋めて回っていること。それに続けて彼氏さんとのけんかも浮かんだ。

 そもそも話していいのか。それが重要だ。見るにおばあちゃんは何も知らない。そんなおばあちゃんに教えるのはどうなんだろう。

 杏さんが話さないことを、私が勝手に教えるのはよくないと思う。そう結論付けて終わればよかったけれど、新しい疑問が浮かんだ。

 どうして私にだけ話してくれたのだろう。昔からの顔なじみと、ひょんなことから友だちになった私。どちらを信用するか考えなくても分かる。それにあけすけな杏さんなら、おばあちゃんにも包み隠さず話してしまいそうなのに。

「言えないこと?」

 小首をかしげるおばあちゃんに、つい後退った。取り繕うように下手な笑みを浮かべる。

「私は何も聞いていなくて。でも杏さん、すごく楽しそうだからきっと大丈夫ですよ」

 おばあちゃんから視線を逃すように、眩しい店先へと目をやった。杏さんは今を楽しんでいるように見える。

「思い詰めたように見えたけれど、勘違いだったかね」

 話す前と表情はあまり変わらない。けれどもなぜか悲しそうに見えて仕方がなかった。おばあちゃんに言えずに、私に話せること。そこに親愛度は関係ないのだろう。それ以外に考えられるとしたら、私が死ぬからなのだろうか。

 どうせ死ぬから何を話してもいい。どんな相談をしても死んだ後には何も残らない。それが少しだけ悲しくて、薄暗い店内から外へ視線を逃し続けた。

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