第13話
次の日の朝。雪は止み空には久しぶりに青空が広がっていた。
朝食を食べ終えた所で、建一は俊介と一緒に家の外に出る。
陽光で白くキラキラ輝く、憎っくき雪どもを掻き出す為である。
「ああー腰に来る、運動不足かな?」
「悪ぃな客なのに手伝わせて」
「いいって。一泊、泊めてもらった代金だと思えばこれくらい安いよ」
「そうかい……なぁ俊介」
「ん、なに?」
「何があった?」
俊介が、豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔をした。
「昨日のお前じゃないが。なにか悩みでもあるんなら、話くらい聞くぞ」
「……突然どうしたのさ」
「らしくないんだよ、お前。昔はもっとドライだっただろうが」
なにかとしつこく絡んでくるのは昔からだがそれでも俊介が昨日みたいに、人のプライベートな部分に踏み込んでくる事は、滅多になかったように思う。
踏み込んでいいラインを、きっちりと引いてそれを踏み越えようとはしない。
馴れ馴れしいようでその実、踏み込み過ぎない付き合いをするのが宮原俊介という人間だったはずだ。
しかし昨日の俊介は、明らかにそのラインを割っていた様に思える。
「悩める友達のお悩み相談なんて、柄でもねぇ」
「ひっどいなぁ。俺は昔から友達思いの優しい男だったでしょうが」
「面倒くさいから、突っ込まねぇぞ」
「つれないねぇ」
俊介は雪の中にスコップを突っ込み、取っ手に添えた手に自分の顎を乗せた。
「何かあったのか? って言われれば、まぁ、あったね」
「俺や春には、話せないような事か?」
「そうだね」
「そうか」
「ごめん」
「別に謝るようなことじゃねだろ」
そう言っているのに、懲りずにまたごめんと言おうとしたので一にらみ暮れてやると俊介は小さく苦笑してその言葉はありがとうに変わった。
「……俺さ、後悔したんだ」
不意に俊介がそう呟いた。
「もっと早く、真奈実と結婚しとけば良かったって。だから似たような状況になってる建一達を、放っておけなかった。俺と同じ思いはして欲しくなかったから」
「後悔って。流石に少し大袈裟すぎやしないか?」
建一も俊介も今年で二十五。
建一と春に関しては、中途半端な期間が長引いていた事もあって、周りから心配されたが。べつに結婚を決める年齢としては、遅い方ではない筈だ。
「それでも、後悔したからさ」
「その理由は、さっき言ってた俺達には話せない事につながるのか?」
俊介が頷く。
「じゃあこれ以上は聞かないでおいてやる、気になるけどな」
「ありがとう」
「べつに、礼を言われるようなことでもない」
その時、ふと思い付いた。
「なぁ、お前プロポーズの時はなんて言ったんだ」
「へっ?」
その質問は予想していなかったのか、俊介が珍しく素っ頓狂な声を上げた。
言うかどうか悩んでいるのだろう、俊介は腕を組んでうーんと唸った。
我ながら柄でもない質問だと思うが、自分が春にあんまりロマンチックなことをしてやれなかっただけに、俊介は一体どういうプロポーズをしたのかと気になった。
そんな思いつきからこぼれた質問だったが、存外絶妙なラインを突いたらしい。
どうせ恥ずかしげもなく答えるだろうと思っていただけに、そのリアクションは以外で、俄然興味も湧いた。
「話したくないっつうからにはさっきのことはもう聞かん。だが昨日は人のことをあれだけ根掘り葉堀り首を突っ込んでくれたんだ。これくらいの雑談、付き合って貰わにゃ割に合わねぇだろう」
「そう……かもしれないけどさ」
悩ましげにしている俊介を見て、建一は思わず悪い感じの笑みを浮かべる。
俊介が建一を困らせることは数あれど、その逆は珍しくなんだか痛快な気分だ。
話すかどうか悩んでいた様子の俊介だったがやがてゆっくりと口を開く。
「……人のことにあれこれ、勝手にお節介を焼いたお詫びと、友情に免じて答えるけどさ」
「おう」
「実のところ、プロポーズとかはしてないんだよね、俺」
「はあ?」
言葉の意味が分からず、怪訝な顔をすると、俊介は珍しくバツの悪そうな顔をして、
「むしろされた、逆プロポーズってやつ?」
即座には意味が入ってこず、いったん頭の中でその言葉を整理をした上で、
「はぁぁぁぁん!」
建一は遠慮会釈なく、全力で抗議の声を上げた。
「おまっ、昨日は人にあれだけ偉そうに言っといて、自分はプロポーズどころか相手からされたとか。いったいなんの冗談だテメェ!」
「いやー、俺も驚いたよ。いざって時は女の人の方が肝座ってるもんなんだね」
「さらっと流すんじゃねぇ! てかさっき言ってた、後悔ってまさかコレのことか!」
「違うけど、まぁ間違ってもないかな。ハイッ、質問には答えました、作業に戻ろう作業に」
「勝手に話し終わらせんな! ああもう、返せ! 昨日俺の抱いた、感謝やら、尊敬やら全部色々返せー!」
結局、建一がツッコんで俊介が流すいつもの流れになってしまったわけだが。
存外悪くない気分だった。
こうして、くだらない言い合いをしているのがどこか懐かしい。学生だったあの頃に戻れた様な、そんな気がして。
「……やっぱり、このまんまじゃ恰好付かないよなぁ」
不意に俊介がそう呟くと、ポケットから黒い手帳を取り出して何かを書き込み、またポケットへと戻した。
「なんだそれ」
「ん? 気になる?」
そう聞いてくる俊介の顔は、ニヤリと笑みを浮かべている。これはろくでもないことを考えているときの顔だ。
「いや、やっぱいい。今急速に興味が失せた」
そう言ってやると「なんだよ、つまんない」と文句を言って俊介は、雪かきを再開した。
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