色から始まる物語
🌻さくらんぼ
赤い憂鬱
真っ赤な夕日が世界を包み込んでいました。
僕は学校の授業を終えて、一人トボトボ、家へと歩いていました。
そんな僕の横を、自転車が2台、突き抜けて行きます。同じ学校の制服のスカートが揺れているのが見えました。きゃっきゃと笑うその声は、僕の知らない国の言語を話しているかのようです。
僕はぎっしり教科書が詰まったリュックがのしかかる背中を、伸ばす気にはなれませんでした。
またまた自転車が、ビュンビュンと横切っていきます。今度は5台も続いていました。見えたのは、僕の通う学校の制服のズボンです。そのズボンたちは、スーパーボールのような声を吐き散らしていきます。
僕はこの場から意識を切り離すべく、ぼんやりと先のことを考えてみました。
ーー帰ったら宿題をやって、カップ麺を食べて、シャワーを浴びて、寝る。そうしたらまた、今日と同じ一日が始まって、またこの夕日の中、帰路に着く。
僕は通り過ぎていったあの自転車に乗る人たちのうちの一人を突き飛ばして、代わりに自分が自転車に乗りたい気分でした。この日々を、あんなふうに駆け抜けられたら。
けれど足取りは重たくなる一方です。この時が愛おしいわけでもないのに、まるでここから離れたくないと言わんばかりです。なんてチグハグなのでしょう。僕があの自転車の人たちなら、その事をキャラキャラと笑ったに違いありません。
真っ赤な夕日に照らされて、建物の影が、ヌッと伸びてきます。
僕の引き伸ばされた影は、じわりじわりと飲み込まれていきます。
肌に受ける熱が下がり、視界の明るさが照明を1段階落としたかのようにカチリと暗くなります。
僕の影は、すっかり呑まれました。
あるはずだったそれは、最初からなかったみたいに消えています。
僕は歩みを止めました。
この瞬間、どこからどこまでが僕なのだろう。
脇にそびえたつ巨大な影を作っている建物を、下から上へと、ゆっくり視線で確かめます。
きっとこれは、マンションでしょう。煤けた壁に規則正しく並んだ窓が、僕を見下ろしていました。
僕もここの住人も、今は皆、ただの長く四角い影でした。
自身の影もなく、ひんやり薄暗い、幽霊にさせられたかのようなこの日陰に、僕はいつの間にか、安堵すら感じていました。
明日も明後日も投げ捨てて、ずっとここにいられたら。
この建物の知らない住人たちが、今、僕の一部のようでした。いえ、僕がその人たちの一部になっていました。肺にようやく空気が流れ込んできたかのような心地でした。永遠にこれが続いていくかのようでした。
どれほどそうしていたのでしょう。ずいぶん長かったような気もします。けれどどうせ、けっきょく少しの時間だったに違いありません。
影へ、小さい子供が一人、かけてきました。それは僕を見るでもなく、躊躇い一つなく、あっという間にこの影へ足を踏み入れました。
痛みが、鋭く僕の中を走っていきました。
そのはずむ息が、軽い足音が、薄暗い影の中で形を失うこともなく、はっきりと僕を突き抜けていきました。僕の中を、土足でぐちゃぐちゃに踏みつけていきました。
あの自転車たちのように。
嵐のごとく過ぎ去ったその姿を、僕の目はもう、追おうとはしませんでした。
ここでもなかった。僕の居場所は、ここでもなかったのだ。
まだ鈍く残る痛みはそう、僕に伝えています。
四角く伸びる影は、この温度は、明るさは、もうすっかり冷ややかでした。
その感覚に耐えきれなかったのでしょう。僕の足は再び、ずるずると動き出しました。四角い影の中を、僕は自らの足に引き摺られていきます。
この身は、マンションの住人の一部ではありませんでした。異物でした。住人たちは皆、あの自転車のやつらと同じ、別の世界の生き物でした。
見えないはずの自身の影は、最初から地面に浮き彫りになっていたのだと、とてもよく理解しました。
また、自転車が通っていきます。今度は一台です。それは僕の影があるはずの場所を、涼しい顔で轢いていきました。
それでもこの身の影は、やはり浮き彫りのままでした。
そしてとうとう、僕の足は四角い影の淵までやってきました。
肌が熱を感じます。視界の明るさがパチリと1段階上がります。
僕の引き伸ばされた影は、くっきりと地面にあります。
僕を待ち受けていた夕日は、先ほどよりもずっと、世界を毒々しい赤で世界を染め上げていたのでした。
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