【感激の8000pv突破!!】カナンの騎士列伝 ー無貌鬼と白銀の戦姫ー

Recent(れむれむ)

プロローグ

ーーー征服歴1501年 9月 スペイサイド州東部 ダーフ平原ーーー


 広大な平原で2つの軍勢が対峙している。

 東側の軍勢は、このスペイサイド州から侵略者を叩き出すために集結したヴィーテ=ガスク連合王国軍7万。

 西側の軍勢は、5年前にこの地に侵攻し、一時期はこのスペイサイド州全域を支配下に置いたユスティニア獣王国軍8万と、獣王国の宗主国である超大国青麟帝国からの援軍2万の総計10万の大軍。


 五年間に及んだこの地の、そして連合王国と獣国、そして帝国との大戦の総決算たる決戦が、始まろうとしていた。


━━━━━━


 戦いの火蓋は、獣国軍の中央軍5万の突撃から始まった。

 獣国軍は左翼に帝国軍2万を、右翼に自国軍3万を配置し、残りの全戦力を中央に配置し、優勢な戦力での中央突破を図った。

 それに対して連合王国軍は、帝国軍と対峙する右翼に2万、左翼には1万5000を配置し、残りの3万5000で獣国軍の攻撃を受け止めようとした。

 数で劣る連合王国軍だが、当然ながら勝つための秘策はあった。この戦争で初めて実戦配備されたマスケット銃、火薬により鉛玉を発射し、従来の弓や弩弓よりも強力な威力を誇る新兵器を、中央に集中配備し、突撃してくる獣国軍を一網打尽にしようと画策していた。


“ダダーン”という落雷のような轟音が戦場に響き、突撃を敢行していた獣国軍の前衛の一角が崩れる。

 更に、第一射から間髪を置かず、後ろに控えていた第2列の銃兵が2射目を放ち、更に後方の第3列へ射撃を交代する。

 マスケット銃の開発者でもある銃兵部隊の指揮官が考案したにより、1000丁近いマスケット銃が間断なく鉛玉を放ち、波涛の如く迫りくる獣国軍の勢いを減じる。

 その様子に指揮官は、自身の作戦がうまくいった事に安堵し、更に追撃を加えようと弾込めを指示しようとして驚愕する。


「な…奴等味方を盾に!?」


 彼が見た光景は、銃撃に倒れた者や逃げようとした者を盾代わりに銃兵達に接近する獣国兵達だった。未だ試験運用段階で、銃剣のような近接時の兵装を持たず、護衛の兵も足りない銃兵達は、敵兵に肉薄されまともに抵抗出来ず蹂躙されてゆく。

 

 また、そもそも1000丁程度の、しかも三段撃ちの為に展開範囲の限定されたマスケット銃だけでは中央の戦線をカバーしきれず、銃兵のいる場所以外も敵兵の数に押され、連合王国軍の中央全体が劣勢を強いられることとなった。


━━━━━


「あーあー、中央が良いようにやられてまさぁ」

「うちのボスがあれだけ、準備無しに決戦するなって進言してたのに、結局こうなるとはね…」


 連合王国軍左翼、彼らは騎兵を中心に編成され、戦局を変える切り札として温存されていた。

 その最前列で、山賊の親玉のような強面の下士官と、垂れ目で気弱そうな士官が中央軍の苦戦を批評している。


「そんでもって尻拭いがまーた俺等に回ってくるわけですなぁ」

「僕達というより僕達のボスに、だろう?」

「おっとそうでした。ま、ボスの無茶振りに振り回されるのは俺等なんでさぁ、違いはねぇでしょう?」

「まあね…っと、そろそろか」


 緊張感もなく話していた二人が気を引き締める。

 何故なら彼らの前に、彼らが敵兵よりも、そして地獄の獄卒よりも恐れ、そして頼りにする指揮官が進み出たからだ。


 連合王国軍左翼15000を、白馬に跨り、緋色のマントを纏った男が睥睨する。

 連合王国の紺色の軍服に、鈍色の胸甲と手足を守る篭手と脚甲を装備した姿は、連合王国の一般的な騎兵指揮官と変わり映えはしない。

 鍛え上げられた体躯と、右手に携えた大振りの薙剣グレイヴから、男が相当な実力者であることは察せられるが、それだけで精鋭と誉高い連合王国軍の騎兵達が畏まる道理は無い。

 彼らが口をつぐみ、背筋を正し、畏怖の籠もった視線を向けるのは、彼がこの5年間、この地で上げ続けた戦果と、その結果として王家より与えられた故にだ。


 男の顔を隠す、それは連合王国300年の歴史において史上七人しか与えられていない、王国最強の戦士の証。それは最新の英雄、”七代目“カナンの騎士であることの証明。


 仮面で隠されていない黒い瞳が、”ジロリ“と彼に畏怖の視線を向ける兵士達を睨む。

 気の弱い者ならそれだけで腰を抜かしそうな威圧が、その視線には込められている。

 生唾を飲み込み、連合王国軍左翼の兵達が、”カナンの騎士英雄“の言葉を待つ。


「命令が下った」


 その声は低く嗄れ、それでいて戦場の喧騒の中でも不思議とかき消されることは無く、彼の部下達の耳へと届く。


「俺達の仕事はこれから敵の右翼を打ち破り、敵中央軍の横腹を突いて、苦境に陥っている味方を救うことだ」


 淡々と語られる任務は、言葉にするのは簡単だが実行するとなると正気を疑う内容だ。

 精鋭と名高いとはいえ、半数の騎兵で敵軍を打ち破り、更に数の多い敵軍に斬り込んで味方を救え等、命令した司令部も、文句を言わずその命令を受けた指揮官も、下手をすれば味方に後ろから撃たれてもおかしくない。

 だが、仮面の指揮官も、彼の部下達も誰一人として命令に文句はつけず、不敵に唇を吊り上げる。


、理不尽で面倒な命令だ。文句のある奴、それと死にたくないやつはとっとと離脱しろ。今なら咎めはしない」


 生真面目な、そして指揮官としては問題のある発言に、しかし彼の部下達は無言で首を横に振る。


「…いいだろう。これもだ。お前達は命ある限り戦い、生き残れ」


 それは大きな戦いのたびに繰り返される仮面の男の、その仮面を継承する以前から続く訓示。


「お前達が生きて戦いを続ける限り、俺が必ず、雑兵共の影に隠れて震えている奴らの指揮官を、この長く続きすぎた戦争を、まだ続けようとしているバカ共の首を刈ってやる」


 それはまともに考えればあり得ない、素人の妄想のような戦術とも言えない稚拙な作戦だ。だが、誰もそれを笑う者はいない。彼の部下も、そして彼に命令を下した、この軍団の参謀長も。そして恐らく、敵軍の指揮官達でさえも。

 何故なら彼はこの5年間、一兵卒の頃から何度も、それを成功させてきたから。僅かな部下のみを率いて、圧倒的多数の敵の軍勢に飛び込み、必ず指揮官の首を刎ねてきた最凶の斬首戦術の達人こそが、彼なのだ。


「恐れるな、そして逸るな。お前達は俺とともに戦い、そして勝利する。だから俺に従い、そして俺とともに生き残れ」


 男が拳を天へと突き上げる。


「安心しろ…お前たちには俺の、カナンの騎士の加護がある!!!」

「「「ウォォォォオ!!!!」」」


 軍勢から歓声が上がる。


   “カナンの騎士の加護があらんことを”


 その強さと偉業から半ば神格化された“カナンの騎士達。初代から6代、それぞれが国の危機に現れその脅威を、当代最強の武力で打ち払った連合王国の英雄達の加護を願う言葉。それは戦場で戦う者達にとって最大の激励である。


 そして今、当代の“カナンの騎士”が、自分達にそのがあると明言した。故に彼等は、連合王国の騎兵達は歓声をもって最新の英雄の檄に応える。


 戦場を揺るがすほどの歓声に、彼等と相対する獣国軍の右翼だけでなく、連合王国軍を圧倒していた中央も、互いに牽制していた帝国軍と連合王国軍右翼も、思わず武器を振るうのを忘れ動きを止める。


 その様を見て不敵に笑った男は馬首を敵軍へと向け直し、突撃の準備を整える。

 

 そんな彼に、後ろから鈴を転がしたような美声がかけられる。


「相変わらず、素っ気ない演説ね、

「問題ない。士気は上がっただろう、


 男は振り返ること無く、その銀鈴の美声に応える。

 仮面の男をアレクと呼んだ声の主が、男の横に轡を並べる。


 仮面の男にエリカと呼ばれたその声の主は、その美声に違わぬ美女だった。肩の高さで切りそろえた輝くような白銀の髪と、宝石のように輝く金色の瞳。特徴的な髪色と瞳に負けない女神のような美貌を、悪戯好きの猫のように楽しそうに歪めながら隣の男に向けている。


「まあいいわ。貴方が歴史に名を残すような名演説をし始めたら、むしろビックリよ?」

「…そうか?」

「そうよ」


 極々僅かに不本意そうな声で問う男に、銀髪の美女はキッパリと答える。


「…まあいい、

「任せなさい、アレク私の英雄様


 いつの間にか、二人の後ろに騎兵が集結している。

 戦場で彼等と苦楽を共にした戦友達。仮面の男の下で地獄を経験し、そして生き延びてきた戦士たちが、彼の号令を待っている。

 

 先頭に立つ男は、仮面で隠された顔を不敵に歪め、右手に持った薙剣グレイヴを掲げ、この戦争の幕を引く号令を下す。


「突撃しろぉ!!!」

「「「「「ウォォォォオ!!!!」」」」」



ーーーーーーーーー


 これは、戦場で出会った二人の男女が数多の試練を乗り越え結ばれるまでの物語。


 これは一人の復讐鬼が、人間に戻るまでの物語。


 そしてこれは、一人の騎士が英雄になるまでの物語。




 物語は、1年前のある戦場から始まった。

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次回は1時間後に投稿予定です。


この作品はハーメルンで連載中の同名作の全年齢版リメイクとなっております。

細部は変更していますが、大筋は変更しない予定です。


 

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