第32話 仲良くなれるわ

「もう十分ね。すっかり綺麗になったわ!」


 男性の左腕を見ながら、声を弾ませた。

 初め見た時は痛々しく赤く腫れ上がっていた腕も、今すっかり周りの肌と遜色ない状態に治っている。

 よく見ればうっすらと痕跡は分かるけれど、パッと見ただけなら誰も分からないくらいだわ。


「ありがとうごぜぇます。本当に。ありがとうごぜぇます。膝のぶつぶつも痛いのも、すっかり良くなりやした」

「そうね。でも、膝の方は疲れが溜まると再発する可能性があるから気を付けてね。出るのが同じところとは限らないけれど」

「ええ。ええ。きちんと休みます。そりゃあもう」

「それでは……これで全員ですね。正直……驚きました。まさか、全員の火傷の痕を綺麗に治すとは」


 カイオスが私に向かって言う。

 確かに、ここまで上手くいくとは確信が持てていなかったから、全員綺麗になって本当に良かったわ。

 手のひらがただれていた男の子は、男性よりも随分早く良くなった。

 やはり、傷ができてからの期間が短いと、治りが早いのかしら。

 それとも、若さのおかげかしらね。

 あるいはその両方かも。

 自分の手のひらが綺麗になっていくのが嬉しいらしく、会う度に元気な声で説明してくれていたのは、とっても可愛かったわ。

 いつか私に子供ができたら、あんな感じなのかしら。

 背中に何本もの痕が残っていた女性は、思いの外時間がかかったのよね。

 薬の種類を変えてみたり。

 女性自分は火傷の痕が見えないから、いつも良くなっているかどうか聞く彼女に、あまり効果がみられていないと伝えていた始めのころは辛かったわ。

 とても悲しそうな顔を見せるから。

 後から教えてくれたのだけど、彼女は結婚を考えていた男性に、初めて火傷の痕を見せたら、振られてしまったのよね。

 それを聞いたからというわけではないけれど、是が非でも治してあげたかったの。

 だから、効果のある薬が見つかった時は、彼女と一緒に手をついて喜んでしまったわ。

 他の人もすぐにうまくいった人も、なかなか難しかった人も、みんな最後には笑顔になってくれて。

 薬作りの勉強にもなったし。

 トロン陛下のお話をお受けして、本当に良かったわ。


「ビオラ様。物思いにふけっているところ、誠に恐縮ですが」

「あら、ごめんなさい。何かしら? カイオス」

されましたので、これからぜひお連れしたいところがございます。よろしいですね?」

「ああ。そうだったわね。もちろんよ。さぁ行きましょう。ハープ」

「失礼ですが、侍女の方は部屋でお待ちいただきます。一度、二人をお部屋にお連れした後、ビオラ様だけ私と」


 私はなんて説明したらいいか咄嗟の言葉が出なくて、ハープの目を見つめたままになってしまった。

 すると、ハープは意味ありげなウィンクをした。


「分かったわ。それじゃあ、部屋へ戻りましょう」

「かしこまりました。ビオラ様」

「それでは案内いたします」


 カイオスは言葉通り私たちを部屋まで案内した後、私だけを連れて廊下を歩き出す。

 ゆっくりとした歩調は、私の歩速に合わせてくれているのだろう。

 しばらく歩いた後、カイオスが立ち止まり、少し後ろを歩く私の方を振り向いた。


「ビオラ様の侍女、ハープと言いましたか。大変聡明な方ですね」

「どうしたの? 突然」

「彼女に本来の目的、ピアーノ殿下の話をされましたか?」

「いいえ。もちろんしていないわ。もしかして私が話したと疑っているの?」

「とんでもないことでございます。きっと彼女はピアーノ殿下のことを存じ上げないでしょう。しかし、彼女は私が初めに説明した偽の目的が嘘だと確信していますね」

「え? そんなそぶりは見せなかったけれど」

「だから聡明な方だと。きちんと弁えた方だと言っても良いかもしれません」


 ハープが褒められて嬉しいけれど、一体どこで嘘だと分かったのかしら。

 私の態度が嘘っぽかったのかも。

 ダメね。

 人を騙すなんて、向いてないみたい。


「ご自身の振る舞いのせいで分かったとお考えですか? それは、そうとも言えますし、違うとも言えますね」

「どういうこと?」

「実は、私も含めて、大きな思い違いをしていました。それが彼女に嘘だとバレてしまった要因です。まさか、侯爵夫人である貴女が、下々の者たちと、あのように気さくに話をされるとは思っていなかったのです」

「下々の者って……治療した人たちのこと?」

「ええ。そうです。身なりや振る舞いを見れば、彼らが貴族ではないことなど一目瞭然でしょう。そんな彼らに、貴女はまるで私と話すのと変わらない態度で話しかけていました。正直驚きましたよ。制止する間も無く、一人の女性から傷の由来を聞き出してしまった」

「ああ。そうだったわね。今思えば、王都の火事で火傷を負った人々を助けるとハープに伝えていたのに」

「何かあると分かったので、なおのこと深く聞かずに、自分のすべきことをしていたのだと思います。仕える者として、きちんと弁えている。当然そうあるべきですが、なかなかできることではありません」

「ふふ……ハープのことを褒めてくれてありがとう。とても嬉しいわ。私が褒められるよりずっとね」

「恐縮です」

「あなたが褒めていたことをハープに伝えなきゃ! 実を言うとね。ハープはあなたのことをとても悪く言っていたのよ。でも、きっと仲良くなれるわ!」

 

 私が両手を合わせて喜ぶと、なぜかカイオスは目を丸くして、珍妙な顔つきをした。

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