第22話 トロン陛下との約束
トロン陛下についていくと、応接室のような一室に通された。
どこで伝えたのか、もしくは事前に用意していたのか、机の上にはすでに軽食が用意されている。
軽食と呼ぶには豪華すぎる気もするけれど。
「まぁ座れ。うむ。久々にお主の顔を見たが……詳しく説明してくれるんだろうな?」
「なんのことだか……と言いたいところですが、無駄でしょうね。ビオラのおかげです」
「ほ? ほほ! お主の妻のおかげとな!? それは俄然興味が増すのう! 何があったか申してみよ」
「難しいことはありません。妻が薬作りに類い稀なる知識と情熱があり、私のために薬を調合してくれた。それだけです」
トロン陛下とオルガン様の会話を、無言で聞く。
口なんて挟められるはずもないもの。
なんて思っていたら、トロン陛下が髭を撫でながら、私のことをジッと見つめてきた。
「ふむ。ビオラといったな? お主は確かデミヌエ男爵の娘じゃろう。男爵が薬の知識に長けていたなんてことは聞いたことがない。どこで学んだ?」
「恐れ多くもお答えします陛下。私の薬の知識の元は父ではなく母の手記です。その後は独学で……」
「ほぉ! デミヌエ男爵の今の妻は後妻だったな? 手記ということは、前妻の方か。彼女は一度だけ話したことがあるが、理知的で気持ちの良い女性だった。お主と同じ綺麗な黒い髪をしていたな」
「母のことを覚えていていただいて光栄です陛下」
トロン陛下の口から、お母様のことが出てくるなんて思いもよらなかったわ。
私が褒められるよりもずっと嬉しい。
ああ、ダメだわ。
涙が出てしまいそう。
「薬か……」
考え込むように、トロン陛下は呟いた。
オルガン様も私も黙って次の言葉を待つ。
「オルガンはとても優秀でな。こやつがいるおかげで、わしも安心していられるのだが、知っての通り馬鹿な噂が
「くだらないことですが、真実ですね。目障りな者を噂で失脚させようと考える者が、後を絶ちませんから」
「オルガンの言う通りじゃな。しかし、ビオラ。お主のおかげで、オルガンのくだらぬ噂は二度とわくことはないじゃろう。これはわしにとっても朗報じゃ」
トロン陛下は再び髭を撫でながら、一呼吸おいた。
笑顔を作り、私の目を見つめる。
表情の割に、深いシワに囲まれた目は威厳に満ち、私は目を逸らすことも出来ず、圧倒されそうになった。
「ビオラ。お主に一つ頼みたいことがあるんじゃが、聞いてくれるか?」
「どのようなご用件でしょう? 私に出来ることであればなんなりと」
「いかんな。オルガンもお主も堅くて肩がこってしまう。この老体にはたまったもんではない。そこで、この肩こりを和らげる薬を、わしに作ってくれんか?」
「肩こりを和らげる薬……ですか?」
私は頭の中で考える。
いくつか思いつくものがあるけれど、どれも屋敷の薬草を使わないと出来ない。
それにしても王族ならばきちんとしたお抱えの薬師もいるだろうに。
どうして私に薬を作らせたりするのだろう。
「そうじゃ。出来るか?」
「すぐには難しいですが、屋敷に戻ってから少しお時間をいただければ」
「構わん。もし気に入った薬が出来たなら、十分な褒美を取らすぞ」
「褒美に関しては結構でございます。陛下の役に少しでも立てれば」
「ふーむ。いらんのか? 例えば、この国では手に入らない、他国の薬草などはどうじゃ?」
「え!? それは……いただきたく存じます!」
私が答えると、トロン陛下は大きな口を開けて笑った。
まずいことをしたかと慌ててオルガン様の方を見ると、大丈夫という口の動きの後、困った顔をした。
「陛下。ビオラは真面目なのですから。あまりからかわないでいただきたい」
「ん? あっはっは。良いではないか。お主は反応が面白くないが、妻の方は良い反応をする。安心しろ。冗談を言ったわけではない。肩がこっておるのは事実だ。良い薬を作れば褒美もやろう」
「あ、あの! ありがとうございます! 一生懸命作りますので!」
「うむ。期待しておる。さて。さっきのことで二人とも踊る気などなかろう? 適当に食べて、帰ったら良い。どれ、わしも少し口にするかな」
トロン陛下が軽食に手を付けたのを確認すると、オルガン様は私にいくつか取り分けてくれた。
私が遠慮して食べられないことを見透かされていたみたいだ。
オルガン様が自分の分を取り分け、口に運んだのを確認してから、私もお皿の上の食事を口に運ぶ。
うん、美味しい!
トロン陛下とオルガン様の話は難しいものもあったけれど、私が参加しやすいように気を遣ってくれるが分かる楽しいものだった。
時間は瞬く間に過ぎ、帰る途中の馬車で、トロン陛下のための薬作りのレシピを考えていると、オルガン様が心配そうな目をして話しかけてきた。
「今日は大変だっただろう。まったく……陛下には困ったものだ。薬の件は、そこまで真剣にならなくてもいいんじゃないか?」
「ありがとう。でも、せっかくだから、頑張ってみたいの。薬作りは私の生き甲斐でもあるから」
「そうか。何か必要なことがあったらなんでも言ってくれ」
「うふふ。もう十分すぎるほど良くしてもらっていますよ。オルガン様」
私が本心を伝えると、オルガン様は柔らかな笑みを作り、私を抱き寄せ、優しく、そして力強く唇を重ねてくれた。
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